第9話 大坂攻め

空想時代小説


 関ヶ原の戦いの後、慶長8年(1603)に家康は征夷大将軍となり、江戸幕府を開いた。2年後の慶長10年(1605)には、秀忠に将軍職を譲り、大御所として駿府城を居城とし力を誇示し、徳川幕府が確立したかのように思えていた。しかし、家康は大坂の秀頼が気に入らない。というか、母親の淀君が何かと反抗的な態度を見せたからだ。京で家康と秀頼が対面して和解したかのように思えたが、秀頼が家康の下座に位置したことなどが淀君には気にくわない。その淀君の意向をくんだ側近の大野治長・治房兄弟が浪人を召し抱え始めたのだ。その中には豪傑で知られる後藤又兵衛や真田信繁がいた。その浪人たちによって、次第に大坂は反徳川でつつまれていくのであった。

 政宗は、徳川の抑圧に耐えながら、葛西家・大崎家を抱き込み、北は南部家の一部まで食い込んでいた。出羽は上杉家・最上家がにらみあっており、そこに政宗が入り込む余地はなかった。南は白石までで、福島・会津は家康の六男忠輝が松平家領主となっていた。先年、政宗の長女五郎八(いろは)姫が嫁いでいる。政宗は後見人となって、忠輝を次期将軍にとも考えたが、粗忽な性格で政宗はこの婿が好きになれなかった。家康も乱暴者の忠輝には手をやいており、遠ざけることが多かった。兄の秀忠にいたっては、顔を合わせるのもいやな弟であった。


 慶長19年(1614年)10月に幕府から大坂攻めの指令がやってきた。大坂冬の陣である。政宗は、忠輝との合同で1万の兵を出した。大坂城を囲むということで、政宗は京都から大坂に向かい、大坂城の東北に陣をしいた。しかし、そこは水浸しの場所だった。大坂方が淀川の土手を切り崩し、平地を湿地帯に変えていたからである。

 政宗の戦は、土木作業だった。崩れた土手に土のうを積んで、流入する水を止め、たまっている水を木津川口に流す堀を造る作業だった。成実は、

「わしらは何しに大坂まできたんじゃ! これでは戦ではなく、土方ではないか!」

 とぼやいていた。それに対し、2代目片倉小十郎である重長が、

「成実殿、どうぞ無理なさらずに、陣でお休みくだされ。土方は我々若い者が行いまする」

「わしを年寄り扱いするか!」

 40台半ばの成実は、政宗につぐ高齢者だ。土方仕事はさすがにつらそうだ。

 12月に入り、大坂城の包囲がほぼ終わった。湿地帯もだいぶ水がひき、やっと歩けるようになった。大坂方が討って出てくる気配がないので、政宗勢は楽に包囲網に参加できた。

 12月3日。大坂城の南方で戦が始まった。前田勢が真田信繁の守る出丸に攻め込んだのだ。家康の命ではなく、前田の勇み足のようだ。散々の結果だった。

「重長、真田はやるの。さすが策士昌幸公の息子じゃ」

「成実殿、前田も必死でございました」

「前田も生き残りに懸命なのじゃ。利家公が亡くなって、息子の利長殿が謀反の疑いをかけられておったからな。我らはどうする? のう政宗殿」

 成実の問いかけに、

「今は様子見じゃ。いずれ我らの出番がこよう。その時まで力を蓄えることじゃ」

 成実と重長は無言でうなずいた。

 12月19日。大坂方との和議がととのった。きっかけは徳川の大筒である。湿地帯が乾き、大坂城の天守閣の近くまで大筒をもっていくことができたため、その砲弾が淀君の部屋近くの櫓を打ち崩したからだ。

 その後、政宗勢はまたもや土木作業であった。真田の出丸をぶち壊し、その材木や土を掘に埋めた。最初は外堀だったが、それが終わると内堀まで埋めた。徳川方の策略で外堀という口約束がいつのまにか総堀になっていた。外堀が総堀と聞こえたと徳川方の武将は平然と言い放っていた。

「狸親父の考えそうなことじゃ。これで大坂城は裸城。次に攻められたら落ちるな」

 政宗は、小田原で初対面した秀吉を思い出しながら権力のはかなさを感じていた。


 翌慶長20年(1615)4月、案の定、2度目の大坂攻めの召集がきた。またもや忠輝とともに大坂に向かった。大坂夏の陣である。

 5月6日。大坂城の東、道明寺近くに陣をはった。大将の秀忠は、大坂城の南に本陣を構えたが、隠居である家康は、道明寺の奥に陣取った。3000の旗本に守られているが大名で近くにいるのは政宗と忠輝のみであった。

道明寺付近は、もやに包まれていた。まるで川中島の戦いで武田信玄の前に突如上杉謙信が現れた状況と似ている。

 重長が政宗に話しかけた。

「ここで大坂方が出張ってきたら、混乱の極みでござるな」

「だな。家康はあわてよう」

 そこに成実が口をはさんだ。

「三方ヶ原で信玄に負けた時に、家康はちびったというが、そうなるかもな」

 そこに、家来が一人の農民を連れてきた。

「何事じゃ?」

「はっ、曲者なので、斬り捨てようとすると、真田の使者と申し、成実殿への文を持参したと申したのでござる」

「成実、お主は真田を存じておるのか?」

「はっ、以前高野山詣でに行った際に、お目にかかってござる」

「あーあの時か、景綱の霊を弔った時だな」

 政宗も高野山に行ったのだが、帰りは成実とは別行動だった。

「それで、その文は?」

 とその農民に聞くと

「着物の襟の中ですじゃ」

 と左襟に目をやった。手は後ろでしばられているので、自分では取り出せない。家来が小刀で襟を破り、その文を成実に渡した。成実は一読し、その文を政宗に渡した。

「殿、この者は?」

「うむ、使者を殺すわけにはいかんな。陣の外まで連れていき、逃がしてやれ」

「では、この文の内容に賛同いたすと」

と、その農民は落ち着いた声で政宗に問うた。

「お主、ただ者ではないな」

 政宗が怪訝な顔をすると、成実がその農民の顔をじっくり見て、

「お主、穴山小助ではないか?」

 と聞くと、

「さようでござる。成実殿、あの節はお世話になり申した」

「小助か。こちらこそ世話になった。政宗殿、小助は真田十勇士の一人。殺すには忍びない人物でござる。かといって放逐しては・・文に賛同いたすことに・・」

「うーむ、仕方ない。土牢におしこめておけ」

 穴山小助は、家来に連れていかれた。

 重長が政宗に声をかけた。

「して、文にはなんと?」

 そこで、政宗は重長に文を見せ、

「燃やせ」

 と一言発した。文には、(ともに家康をたおそうぞ)と書かれていた。


 半刻(はんとき)後、もやが晴れてくると、隣の忠輝の陣で声が上がった。

「敵襲か! 見てまいる」

 と成実が馬で走った。

「40半ばというのに、身の軽い奴じゃ」

「それが成実殿のいいところでござる」

「そうではあるまい。じっとしていられないだけじゃ」

 政宗と重長はニヤッと笑い合った。すぐに、重長の供の者が報告に来た。

「大坂方が、忠輝勢に攻め込んだようでござる。どうやら後藤又兵衛の一団でござる。成実殿は忠輝勢の助勢にむかうところ」

「大坂方の勢力は?」

「騎馬隊のみで100ほどかと、中央突破をはかったようでござる」

 政宗と重長は顔を見合って、

「陽動作戦だな」

と 二人で同時に言った。おそらく、別働隊が家康本陣をねらうと二人は考えていた。すると、伝令がやってきた。

「敵の騎馬隊が我らの陣の左側を走り抜けていきました。赤備えの六文銭でござる。その数300!」

「来たか! 小助はどうした?」

 そこに土牢の番人がやってきて、

「捕虜に逃げられました!」

「やはりな。おとなしく牢に入っている奴ではない。成実を呼び戻せ。戦闘態勢に入るぞ」

「して、陣の配置はどのように?」

重長が政宗に聞いてきた。

「うむ、家康公の陣の脇に鉄砲隊と槍隊を配置せよ。重長頼むぞ。わしは騎馬隊を率いて家康公の裏手に回る。成実が戻ったら、そこに来いと伝えよ」

「はっ、そこで相手は?」

「しれたこと。生き残った方じゃ」

 政宗の左眼がきらりと光った。

「それではいよいよ・・・」

「天下到来の時じゃ。待った甲斐があった」


 半刻(はんとき・1時間ほど)後、成実が政宗に合流した。前方では徳川の旗本勢と赤備えの真田隊が激闘をかわしている。最初は、真田勢が優勢だったが、体制を整えた徳川方が押し返している。

「成実、行くぞ」

「うむ、して相手は?」

「両方じゃ」

「よし、皆の者、敵は六文銭と葵の紋じゃ。両方ぶちのめせ!」

 成実が大声を発し、500の騎兵が突っ込んでいった。

 徳川はまさか政宗勢が攻めてくるとは思っていなかったので、右往左往している。真田勢は政宗が味方したと思ったのか、引き揚げていった。

 成実は、あわてふためく徳川勢の旗本衆を蹴散らしている。そんな中、家康と思われる集団が逃げ出すのが見えた。しかし、旗本衆がじゃまをして追うことができない。

「ええい、家康が逃げるぞ!」

と成実はわめいているが、家康が逃げた方向には重長が待ち伏せている。

 家康は近習に守られて半里ほど逃げたきた。もう年なので、鎧をつけての走りはさすがにしんどい。

 一休みしたところで、ダダーンという銃声がなり響き、二入の近習が倒れた。

「上様、敵に囲まれたもようでござる」

 近習の者が膝をついて家康に懇願するように訴えた。敗戦の将として腹を切れと言っているのである。

「うむ、ここまでだな。介錯を頼む。わが首は秀忠陣営に届けよ」

 それで、家康は腹を切り、近習の介錯を受けた。近習の武士は、家康の首を布にくるみ、自分は鎧を脱ぎ、農民の風体に似せ、秀忠陣営をめざした。

 数分後には、重長勢がそこにやってきた。首のない大将の鎧姿があり、家康の鎧ではないかと思い、その場をすぐに政宗に知らせた。

 四半刻(しはんこく・30分)ほどで、政宗らがそこに集まった。鎧の検証をするために、徳川方の旗本も連れてきている。

「重長、ご苦労であった」

「はっ、役目ゆえ。して鎧の検証は?」

「うむ、旗本は涙を流しておった。まず家康と見て間違いない」

「それでは、いよいよ秀忠攻めですな」

「だな。成実、兵を集め天王寺へ迎え。おそらくそこが戦いの舞台となる。わしは、諸将に文を書く」

「わかった。いよいよ天下分け目の戦いだな」

 と成実は目をキラキラさせて、その場を出ていった。

 重長はやや疑問をもっていた。

 (何か不安だ。何かある。家康がこんなに簡単に倒れるものなのか)

 そういう不安は、政宗ももっていたのではなかろうか。全くうかれていなかった。

 政宗は5人の将に文を書いた。

 前田利常・上杉景勝・毛利輝元・真田信繁そして豊臣秀頼である。皆、徳川になんらかの遺恨をもっている。反徳川を形成するのはそれほど問題はない。問題はその後である。

 政宗は五大老制の復活を提唱した。秀頼を君主とし、上杉を筆頭とした前田・毛利・真田そして政宗の5人の合議で政(まつりごと)を行おうと文に書いたのである。もちろん、そんなことは叶わぬことと政宗は思っている。しかし、今秀忠を討つためには、この4人に味方になってもらわねば勝てぬ。少なくとも敵になっては困るのである。

 前田利常は、秀忠近くに陣を張っている。その勢力1万5000。前田が敵になれば大きな壁となる。しかし、前田は徳川に虐げられ、兄利長は病床に伏せっており、今にも死にそうだ。この戦の鍵を握っているが、そこまでの力量があるか未知数だ。

 上杉景勝は、家康から京都守護を任されていた。その勢力5000。大坂からは離れているが、徳川勢として加勢したら手強い相手になる。5人の中では、もっとも年長だ。懐刀で以前に徳川討伐を政宗に進言した直江兼続も健在だ。

 毛利輝元は長州にいる。病気と偽って大坂には出てきていない。ただ、一族の毛利秀元を大坂に船でむかわせている。今は木津川口にいるはず。その勢力5000。秀元は輝元から全権を託されているが、どう動くかは未知数だ。

 真田と秀頼は大坂城にいる。その勢力3万。堀が埋められた裸城とはいえ、あなどりがたい。真田信繁は、大坂城の南側にある茶臼山に陣取っている。冬の陣の際には、家康が本陣としたところである。急造の真田丸といっても過言ではない。

 秀忠勢は、茶臼山の南方に陣を張っている。松平忠直・水野勝成ら3万の勢力で、豊臣とほぼ同数。政宗勢や前田らを合わせれば、10万までふくらむ算段だった。

 3日間、ふたつの勢力はにらみあったままだった。というか、どの将がどちらにつくかを見極める必要があったからだ。その間、政宗は大坂城の秀頼に謁見した。

 秀頼は20才を越え、やや太めだが、大きな体の持ち主であった。秀吉とは似ても似つかぬ容姿であった。淀君の父である浅井長政の血をひいているといえば、それまでだが秀吉に似ているところはひとつも見られなかった。だが、今はそんなことはどうでもいい。この戦に勝つためには、この秀頼の力が必要なのだ。

「秀頼公、この戦天下分け目の戦いです。秀頼公のご出馬があれば勝てまする。ぜひ、ご出陣を」

 と願いを出した。秀頼は前のめりで政宗の話を聞いていたが、側にいた淀君や大野治長は苦い顔をしている。

 政宗は、このまま大坂城にいたのでは毒されると思い、天王口の陣に戻った。

 3日目、前田から政宗に味方すると文がきた。前田の陣が大坂から秀忠へと向きを変えたのだ。それを見た毛利秀元も政宗に文をよこした。旧領の回復を条件に味方すると言ってきた。

 上杉からは文はきていない。得意の様子見のようだ。


 そして5月9日。運命の日がやってきた。

 秀忠の陣から大砲が撃たれた。大坂城天守閣にぶち当たる。それをきっかけに真田が攻め込んだ。政宗勢も側面から徳川勢に攻め入る。前田も攻め込んでいる。勝機があると思ったのだろう。秀頼本陣から日の丸の御旗(みはた)が出現した。秀頼本人が出陣した証しだ。豊臣方からは歓声が上がっている。そのまま優位に戦はすすんだ。

 半刻ほどで、砲台が真田勢に占拠され、徳川勢は南へ退却を始めた。豊臣勢からは鬨の声があがっている。

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