第29話 王女救出、大団円


「エリー! しっかりして! いやああ! だめ! しんじゃだめええ!」


 カルナリアさまが、あのかわいらしくお美しいお姫さまが、めちゃくちゃに泣きさけんでいます。


「い……いけません…………カルナリアさま……」


 胸の真ん中から短剣のつかを生やしたエリーレアは、きれぎれに言いました。


 床に赤いものが広がります。


「それ以上近づいては…………カルナリアさまのおみあしが……汚れて……」


「なにを言ってるの! そんなのどうでもいい! あなたが! このままじゃあなたが死んでしまいます!」


「……え?」


 エリーレアは、きょとんとしました。


 その声、その顔には、痛がるようすも、苦しむようすも、何もありませんでした。

 元気なままでした。


「これは………………ああ……」


 エリーレア自身も、かんぜんにゆだんして刺されてしまい、やられた、おわった、さようならカルナリアさまと心の中でおもっていたのですが。


 ぜんぜん、痛みもなにもなく、体はただおどろいてかたまっていただけでした。


 体を起こし、胸にささっている短剣が揺れ、抜け落ちていって……。


 そのあとから、血はまったく出ません。


「だいじょうぶです」


 エリーレアはやっと、何がおきたのかわかりました。


 着ていた服の、うちがわに手をいれました。


 とりだしたのは、白くて小さな、きらりと光る……。


「姫さまからいただいた……これが……まもってくれました……!」


 リィスの花の形をした、きれいなブローチです。


 むほんのことを知らせにきたレントが、カルナリアさまのおことばといっしょにわたしてきた、もしかすると形見のつもりだったのかもしれないあれです!


 エリーレアはそれを胸元に入れており。


 ディルゲのさいごのいちげきは、それにつきささって、エリーレアの肌には届かなかったのでした。


「エリー…………ああ、エリー! よかった!」


「カルナリアさま……!」


 エリーレアはうれし涙を流しながら、それでもゆだんはせず、ディルゲがもう本当にうごかないかどうかを確かめます。


 まわりも見ました。


 仲間たちは――ああ、やってくれました!


 テランスは弓つかいのバンディルを。

 レントも、ぼろぼろさんいえ『剣聖』さまに助けていただいたとはいえ、むちつかいのギリアにしっかりやりかえすことができていました。


 傷つきはしましたが、どちらも立っていて、つまりは勝ったのです。


「姫さま…………お助けに…………参りました…………」


「エリーレア……待っていました……あなたが来てくれるのを、ずっと……!」


 カルナリアさまもまた、エリーレアに負けずにうれし涙をほほに流しながら、飛びついてこようと――。


「おのれええええええっ!」


 そこを、うしろから、タランドン侯爵につかまってしまいました!


「きゃああっ!」


「おのれおのれおのれっ! ゆるさん、ゆるさんぞ! たかが五位や六位の騎士ふぜいが! この第三位、侯爵たるわしの夢はだれにもじゃまさせぬ! この美しい姫ぎみは誰にもわたさぬ、わしのものだああっ!」


「…………」


 カルナリアさまのお体をかかえこんでわめく侯爵に向かって。


 エリーレア、テランス、レントの三人は、おたがいを見て、うなずきあって、いっせいに倒した相手をのりこえて、近づいてゆきました。


「く、くるなっ! 侯爵に! ぶれいであろう! ぶれいもの! 誰か! 誰かある! お前たちのあるじがおそわれているのだぞ! 助けよ! 助けにこい!」


 わめきちらす侯爵のめいれいに、ぶきもたたかうわざもない女のひとにすぎない、壁ぎわににげていた女のひとりが、笛をとりだし、強く吹き鳴らしました。


「はははは! よくやった! これで、あるじが危ないと知って、騎士たちが駆けつけてくるぞ!」


 このタランドンの騎士たちは、たとえまちがっているとわかっていてもなお、あるじの言うことには忠実にしたがいます。


 自分たちのあるじがおそわれているところを見れば、それが顔見知りのテランスやエリーレアであったとしても、止めて、侯爵を守ろうとすることでしょう。


「では侯爵さま、彼らが来る前に、あなたからカルナリアさまを取り戻すことといたしましょう」


 でもエリーレアは笑って言いました。


「姫さま、少しだけお待ちください。すぐにそのすけべじじいをやっつけますので」


「エリーレア・アルーラン! そなたは第四位であろう! その身分でありながら、第三位たるわしの身に手をかけるつもりか!? そんなことが許されると思っているのか! そちらのふたりも! 第三位に手をかけて、そのあと無事にすむとでもいうのか!? 必ずやお前たちとそのあるじに罪がおよぶであろうぞ! わかったならば下がれ、ども!」


「……そういうことでしたら、わたくしならば問題ありませんね?」


 侯爵の腕の中から、意外な声がして。


「えいっ!」


 ぐっと侯爵のえりもとをつかみ、身をしずめると同時にひっぱって、侯爵の体がぐるんと回りました。


 どしん!

 背中から床に落とされます!


「ぎゃっ!」


「第一位のわたくしがやったのです。さあ罪に問えるものならどうぞ、第三位ふぜいの


 カルナリアさまが、両足ひろげ腰に手をあて、のびた侯爵を見下ろしどうどうと言いました。


「カルナリアさま……!」


「エリー、あなたといっしょにしたわざが、こんなところでやくにたったわ!」


 そうです、エリーレアはおてんば令嬢として有名でしたが、そのおてんば令嬢がお仕えするカルナリアさまも、実はそれに負けずに、こういうことが大好きな方だったのでした!


「いたたた……」


 でも、むちうたれた背中が、すぐにひどく痛くなって、うめいてへたりこみます。


「姫さま!」


 エリーレアは飛びついて、抱きしめました。


「ああ…………エリー……!」


「姫さま、カルナリアさまっ!」


 呼びかけましたが、エリーレアの腕の中で、カルナリアさまは痛みにくるしむばかりです。


「この薬を飲むといい」


 ふわりと、『剣聖』フィン・シャンドレンがあらわれました。


「エリーレア嬢たちの忠義もみごとだったが、つかえてくれるものたちを思う姫さまの、その深い情もまたみごと。すばらしいものを見せてくれたお礼に、この魔法の薬をさしあげましょうぞ」


 とても美しい手から薬を飲ませていただいたカルナリアさまは、たちまち傷がなおり痛みがなくなり、かがやくような美しさをとりもどします。


「ありがとうございます!」


「礼なら、そちらの者たちに言うといい。その者たちがいなければ、私はこの場にいなかった。したがってすべてはその者たち、そのエリーレア嬢のおてがらだ。よいものを見せてもらった。王国と、かわいらしいお姫さま、ゆうかんな女騎士に、祝福あれ!」


 言い終えると、とてもきれいな女剣士さまは、光と共に消えていってしまいました。


 本当にあのような方がいたのかどうか、夢でも見ていたのではないかとエリーレアはうたがいました。


「はぁ……あの方のおかげで、なんとか、勝てました」


 でもレントが、ぼろぼろにされた姿で言ってきたので、夢ではないことははっきりしました。


「ああ、レント……あなたも、来てくれたのですね。あなたはエリーのところに、ちゃんと着いてくれたのですね」


「カルナリアさま……よかった……よかったです……!」


 レントもまた、涙をこらえきれずに、その場で泣きに泣きました。


 カルナリアは彼も招いて、三人で抱き合い、ひたすら涙を流しました。


 そのようすを、満足して見下ろしていたテランスでしたが――。


「む。城の者たちが来たぞ」


 おおぜいの人の気配が押し寄せてきました。


 先ほどの笛を耳にして、あの閉ざされた通路を開いて、かけつけてきたのです。


 広場でたおされているたくさんのたちにおどろき、侯爵さまがあぶないと、殺気だって駆け上がってきました。


「まずいぞ。あのいきおいのあいつらが、倒れている侯爵を見たら、我々がどう言おうととにかくつかまえられて、ろうやに放りこまれてしまいそうだ」


「エリー、わたくしを前に出してください。みなに言って、とめさせます」


「いえ、まずはわたくしがあの者たちに話をして――」


「……ん?」


 レントが、お城の騎士たちが向かってくるのとはまったくちがう方を向きました。


「どうしたのです?」


 しかしレントが答えるよりはやく、お城の騎士たちがどやどやと押しかけてきてしまいました!


「侯爵さま!」「どういうことだ!」「お救いしろ!」「こいつらのしわざか!」「悪党どもだ!」

 とにかくわめいて、つかみかかってこようとして、テランスの顔を知っている何人かがとめようとしてくれますが、じりじりと人の壁がせまってきてしまいます。


 そのままだと、みんなつかまえられてしまいそうなところへ――。


「ああああああああっ!」


 レントがいきなり、ものすごい声をあげました。


「みんな! 静かに! あれを! あの音を聞けえええっ!」


 しん、となったところへ。


 はるか遠くから。


 ラッパの音が!


 それは、この国の王さまか、それに次ぐ者だけにゆるされた鳴らし方でした。


 このお城の、いちばん高い塔の上から、カンカンカンカンと甲高い鐘が打ち鳴らされました。


 みはりの者が、城じゅうに声をひびかせました。


「レイマールさまだ! 第二王子、レイマールさまが、となりの国、バルカニアから戻ってこられたぞおおおおっ!」


 そうです、むほんを起こしたガルディスの弟にしてカルナリアの兄、二番目の王子さまのレイマール殿下が、祖国の危機を知って、戻ってきてくれたのでした!


「……聞けええええぃ!」


 みなの気がそれたのを見抜いて、テランスがこれもすごい声をはりあげました。


「ここにおわすは、第一位貴族、むほんより逃れてこのタランドンを頼られた、カルナリア第四王女殿下その人であるぞ! このお方のお姿を、王宮で見知っている者はたくさんおろう! 控えよ!」


 テランスの知り合いが真っ先に、ははあっと声をあげて膝をつきました。


「ほ、本当だ……カルナリアさまだ!」


 そういう声が他のところからもあがりはじめて、押しかけてきた騎士たちは、ひとり、またひとりとカルナリアに向かって膝をついてゆきました。


「みなさま、お久しぶりですね。カルナリア・セプタル・フォウ・レム・カランタラです」


 カルナリアさまは、愛らしい笑顔を騎士たちに向けました。


「悲しくおそろしいむほんの手を逃れ、ここタランドンに助けを求めに来たのですが、侯爵は悪い心にとりつかれたのでしょうか、反乱を起こしたガルディス兄上と手を組んで、わたくしをとらえ、同じようにタランドンを頼ってきた人々もひきわたそうとたくらんでおりました。そこにたおれている者たち、そのような者たちがここにいることが何よりのしょうこです。その者たちは、わたくしを助けようと駆けつけてくれた、このエリーレア・アルーランやテランス・コロンブ、レント・フメールたちがせいばいしたのです。そして侯爵は、わたくし自身で、投げ飛ばしました。えいって」


 さいごのところで、カルナリアさまは投げるポーズをしてみせました。


 あぜんとする騎士たちですが――。


「おお、エリーレアさま! 確かに、カルナリアさまとごいっしょにおられた、アルーラン家のお嬢さまだ!」


 エリーレアのことも知っている者があらわれて。


 あらためて、倒されたあやしい者たちのすじょうがさぐられ、彼らを城に入れた者たちがつかまえられたのでした。


「タランドンの、ゆうかんなみなさまの、カラントを愛する心をうたがうことはありません。どうかわたくしや、レイマール兄様に力をかしてください。みなさまの力で、正しきカラントを取り戻しましょう!」


 おうっ! と騎士たちは力強く叫びます。

 侯爵をろうやに入れて、自分たちはレイマール王子のもとで反乱軍と戦うためのしたくにとりかかりました。


 輝くような美男子のレイマール王子が、これも強そうな騎士たちを引き連れて、お城に入ってきました。




「これでこの旅は終わり、われわれはそれぞれの道を行くことになるのだな」


「本当にありがとうございました、テランスさま」


 レントが深くあたまをさげました。


「いや、かんしゃするのはこちらの方だ。どのような修行でもおよばないを、たくさんさせてもらった。レントどののはたらきもみごとだった。あこがれの『剣聖』どのともめぐりあうことができた。どこかへ行かれてしまったようだが、反乱軍との戦いが終わったあとは、私はあの方を追いかけてみようと思う」


「あ~~、それで、なのですが……」


 レントは、このりっぱな騎士が仲間にくわわった時から思っていたことを、今こそおしすすめようとしました。


「あのエリーレアさまは、婚約者を放り出してこちらへ来てしまった、あのとおりのおてんばなのですが、テランスさまはいかがでしょう、ああいうお方のことは……?」


 しかしテランスは、レントのことばを聞くよりさきに、大きくのびをして言いました。


「とにかく、これでひと段落ついたから、私はカンプエール領に戻って、妻に顔を見せてこよう!」


「……え? 奥様がいらしたのですか?」


「む、言っていなかったか? 子供もすでに二人いるぞ」


「えええええええええええ」


 レントの計画はおわりました。


 かってな計画をもくろみ、すすめようとして、しっぱいした彼をよそに。


「……これでもう、ほんとうに、おわったのですね……」


「ええ、もうだいじょうぶ、こわいことは何もかもなくなったのよ、エリー! あなたのおかげよ!」


「よかったです、カルナリアさま……!」


「エリー……」


「カルナリアさま……」


 エリーレアとカルナリアさまは、手に手をとって、お互いを見つめ合って、目を深くうるませて、幸せにひたり続けているのでした。




 エリーレアの冒険は、こうして終わったのです。


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