第28話 女騎士、人の形をした獣と戦う


 テランスがバンディルをたおし、レントが傷つきながらもギリアをたおし、そして。


 エリーレアは、猫背の男ディルゲとにらみあっていました。


 もうおそろしい犬はいません。

 けれども、ひどく背中を曲げて、ほとんど顔が床につくほどのかっこうをしているディルゲは、この男がいっぴきのけもののようでした。


「てめえ……よくも……おれの犬たちを……おれの目的を……なにもかも……ぶちこわしてくれたな……」


「かわいそうなたちをころし、山を通るひとたちからお金をうばいとろうとして、自分の好きほうだいにすることが目的だなんて、ぶちこわされてとうぜんです。まず自分のおこないをはんせいなさい」


「うるせえ。おれたちのじゃまをするくそ貴族。死ね」


「自分のおこないがわるいのを、人のせいにする、その心はもっとも貴族からとおいものですよ。だからあなたたちはまともな人から相手にされないのです」


「うるせえって言ってんだ!」


 猫背の男、いえひとのかたちをしたけものが、向かってきました。


 予想どおり、かなりのはやさ。

 あの犬たちほどではないと思っていましたが、負けないほど、あっという間に近づいて!


「!」


 前に一度見ていたことが、エリーレアの命をすくいました。


 きらっ、と相手の体の近くでなにかが小さく光った次のしゅんかん、エリーレアは大きく飛びのきました。


 相手を切ってやろうとしていたのですが、剣を握るその手から腕、肩、なめらかなほほにまで、細い切れ目がはしりました。


 つつぅ、と赤いものがエリーレアのほほに流れます。


 糸のように細い、やいばでした。


 見たことがあり、そのおそるべき切れ味を知っていなければ、エリーレアは手首を切り落とされるか、首のいちばんふとい血管を切られて終わっていたでしょう!


「ちっ」


「たあっ!」


 エリーレアはぞっとする感覚におそわれてはいたのですが、きょうふに負けず、切りつけました。


 このやいばの糸は、とてもおそろしい武器ではあるのですが、剣や棒のようなかたさ、がんじょうさはありませんから、それをつかってこちらの剣を受け止めるというようなことはできません。

 両手を使ってぴんと張れば止められたでしょうが、ディルゲはそうはせず、両手両足ぜんぶを使って、まさにけもののように後ろににげました。


 しかしそのとき、またきらっと光って、エリーレアはとっさに剣から片手をはなします。

 危うく、指をきりとられるところでした。

 さがるついでにそれをねらっていたのです。


 あぶない、こわい。傷つけられるとカルナリアさまが悲しむ。カルナリアさまの前に出られない姿にされてしまうかもしれない……。


 そういうおそろしさに心をむしばまれましたが、相手の向こうに見えているむち打たれたカルナリアさまのお姿に、エリーレアの内側からごうごうと炎が湧き起こってきました。


 そのとても熱いものに身をゆだねて、ふたたび切りかかります。


 いえ、そうしようと見せかけて、横に動きました。


 すると、そのままならエリーレアがふみしめていただろうところを、きらっとしたものがまるく囲んでいるのが見えました。


 ディルゲは、さがるついでに床に糸を置いて、エリーレアがうかつにつっこんできたら、足首を切ってやろうとわなをはっていたのです。いっしゅんでそんなまねをする、やはりとてつもなくおそろしい相手です。


 エリーレアは剣を水平に振るいます。

 いえ、そう見せかけて、途中で体を横向きにして片腕で剣を突きこみます。体と腕のぶん、剣だけの長さよりさらに遠いところに届かせる、突きのです。


 相手の肩に刺さりました!


「シャアアアッ!」


 しかしディルゲの体がぐるんと回り、これまでけもののようにかがんでおりたたまれていた足が、とつぜん伸びて、おそってきました。

 蹴りです。蹴りわざ。


 くらってしまいました。ガツッと頭の中に音がしてひばなが散って、見えているものすべてがゆがみます。

 倒れはしませんでしたが、よろめいて、なんとかふみとどまって、剣をかまえなおします。


 左のこめかみに熱いものを感じました。

 汗ではないものが流れおちてゆきます。鉄くさいにおい。血です。


 ここでされたらまずいところだったのですが、ディルゲも肩を刺された痛みでそれ以上は動けず、地べたからこわい目でエリーレアを見上げるばかりです。


「この、くそアマ……その鼻と耳、きりおとして、みにくいツラにしてやるぜ……」


「あなたにはそんなことをする必要はありませんね。さいしょからみにくいのですから」


 されたディルゲが怒りにほえ、エリーレアもまた気合いをこめてするどい声を放ちました。


 ――その向こうで、カルナリアさまが起き上がっていました。


 背中がひどく痛むでしょうに、体を起こして、こちらを見て、笑顔をつくって。


(がんばって、わたくしのエリー!)


 王女さまの声が聞こえます。

 エリーレアには聞こえます。


(見ていてくださいカルナリアさま、こんなやつなどやっつけて、すぐそちらへまいります!)


 エリーレアも、笑いました。

 自信たっぷりに、大好きな王女さまに、笑いかけました。


「なに笑ってやがんだぁぁぁぁ!」


 それを、自分がばかにされたと思ったディルゲが、まっかになっておこります。


 誰かを信じ、信じてもらったことがないから、わからないのです。


 信じてもらうことが、思ってもらうことが、相手を思うことが、どれほどの力になるのかということを。


 エリーレアはまっすぐディルゲに向きました。


 剣をかまえました。


 こまかなかけひきも、こてさきのわざも、なにもなく。


 きほんどおりに、しっかり持ってしっかりると、あたまの中をそれだけにして。


 相手のぶきも、わざも、きたない手も、なにひとつ気にすることなく。


 自分とともにたたかって、自分をささえてくれる仲間たちと、自分を見守ってくださる、待っていてくださる、カルナリア姫さまのことだけを感じながら。


「いやあああああああああああっ!!」


 気合いと共に、踏みこんで、振りおろす!


 ディルゲは、やいばの糸をはり、体をずらし、エリーレアの目をべつな方へむけようとしと、いろいろなことをいっしゅんでやってきました。

 ふつうの、腕のいいだけの剣士なら、そのどれかに引っかかってやられていたかもしれません。


 でも、エリーレアの剣は、思いは、心は、それらすべてを断ち切りました!


「ぎゃああっ!」


 けもののようにものすごい前かがみになっているディルゲの、たくさん悪いことをしてきた、罪ぶかいあたまを、剣はみごとに切りさいたのでした。


「やったあ!」


 エリーレアが勝ったと、カルナリアさまがよろこびの声をあげます。


 エリーレアも、手につたわってくるかんしょくに、このおそろしい悪者をできたと、あんしんしました。


 ですが、まだはやかったのです!


「ぐがあああっ!」


 まさにけもののさけびをあげて、ディルゲが動いて、でもけものではなく人が作った短剣がその手ににぎられていて!


 地べたからまっしぐらに突きこまれて、剣をふりおろしきったエリーレアの胸につきささりました!


「あ…………!」


 やいばが、エリーレアの胸のまんなかにめりこんでゆきます。

 ささって、ふかぶかと……体に……。


「ざまあ…………みろ…………!」


 にたりと笑って、ディルゲはいきたえました。


 そのあとから、エリーレアもがくりとひざをつきました。


「エリーーーーーー!!!!」


 カルナリアさまがさけびます。


 とびおきて、かけてきます。

 むちのいたみもわすれて、ひっしになって。


 そのはげしいさけび声を耳にしながら、エリーレアは……。



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