第27話 戦士レント、鞭振る美女に立ち向かう


 テランスとバンディルがにらみあっているのと同じときに、別なところでは、レントとむちをかまえたギリアがにらみあっています。


「こんどは、だまされないぞ。お前がどれほどきれいな顔をして、男の目を引くかっこうをしていようとも、その中身がきたならしいものだということはもうわかっている」


「ははは。そう言いながらも、さっきはあの『剣聖』とやらに鼻の下をのばし、今だって、あたしの胸とか脚とかちらちら見てるよねえ。人をきたならしいなんてよく言えたもんだ」


「だまれ。お前がどれだけいい女でも、カルナリアさまをむち打った、それだけでぜったいにゆるすわけにはいかない」


「ゆるさなければどうするの? ん? その体とおんなじくらいちっちゃな剣、あたしにぶっ刺す? やくにたつの、それ?」


「もちろん。こいつでお前をすぐに、もう二度とわるいことができないようにしてやる」


 レントは短剣をにぎって、みがまえました。


 ギリアはあたまの悪いこどもを見るように、よゆうたっぷりに笑いながらむちを軽くふります。それだけでもう、ヒュンヒュンと恐ろしい音がなります。


 そのむちを本気ではなてば、前に犬のどうたいを吹っ飛ばしたように、木のえだを折りくだいたように、レントだってかんたんに骨を折り体をくだいてしまうことができます。


 レントは、もとから小さい体をさらに小さく丸めて、どこを打たれてもだけならたえてやると歯をくいしばり、両手で短剣をしっかりにぎって、まっしぐらにギリアにつっこもうと力をためます。


「いくぞおおおおおおお!」


 この体のどこからこんな声が、とおどろくほどの強いさけびをあげながら、レントはしました。


 でも、まっしぐらにギリアに向かうとみせかけて、いきなり小さなふくろを投げつけました。

 あの目つぶしです!


 ビュッ!

 風切り音がして、黒いものがひらめいて。


 ふくろが、レントの手をはなれたばかりのところでくだかれて、中のこなが飛び散りました。


「げほっ! ぐえっ!」


 自分が浴びてしまったレントは、目を閉じてよろめきます。


 その手元に、ヒュンとするどい音がひとつ飛びこんできたかと思うと、握りしめていたはずの短剣が、空中にとんで、回転しながらきらきら光りました!


 むちです。

 ギリアはむちで、ほんのわずかな、点のようなすきまをみごとに打って、レントの手にあてて、短剣を飛ばしたのでした。


「さっき、犬に投げたの見てたからね。あんたみたいなやつは、まともに向かってくるふりをしてそういうことするもんさ。見え見えすぎて白けるよ。もっとおもしろいことやりな」


 こなが目に入って、目をあけられずよろめくレントを、真上からむちが打ち、さらに横からもこぶしで殴るようにむちが打ち……。


「ぐあっ! ぎゃっ!」


 ビシッ、バシッ。

 ギリアはそれはもう楽しそうに、レントをころさずに、ひたすら痛めつけ続けるのでした。


「うう……ぐ……ううう……」


 とうとうレントは、体中ぼろぼろにされて、倒れてしまいました。

 ひどい痛みに、うめくばかりになってしまいます。


「で? 王女さまをむち打ったから何だっけ?」


 レントをいたぶり続けて、楽しくて楽しくてこうふんし、息をはずませたとても色っぽい姿で、ギリアは近づいてきて言いました。


「…………」


「あれ、もう何も言えないか。ざんねんだねえ。これでも向かってくるがあるなら、ちょっとくらい、いいおもいをさせてやってもよかったのに」


 を作り男をゆうわくするようにギリアは腰をくねらせました。


「っ!」


 レントが飛び起きました!


 でもそこへすぐ、ビシッと、これまでで一番大きなむちの音がして。


 レントの体に、黒いすじがにも――そう、むちがぐるぐると巻きつけられていたのでした。


「はい、それもおみとおし。あたしがゆだんしたところへ、飛びつこうとしたんだろう? あんたみたいなのがそういうことするの、あたりまえすぎて、あきちゃったよ」


「いいや、引っかかったのはお前のほうだ」


 レントが、まだまともに目をあけられないまま、さんざん打たれて血が流れているひどい顔で、いいました。


「お前が知っている、お前と同じような、ていどのひくいやつらとこの私をいっしょにするな。私は、こんなでも、エリーレアさまに負けぬほど、カルナリア王女さまのことをおもい、王女さまにひどいことをしたお前に怒っているのだ」


「へえ。怒ってたらどうするんだい、お貴族さま!?」


「こうするのだ!」


 レントは、ぐるぐる巻かれて両腕とも使えない姿にされてしまったまま――さらにぐるぐる、自分からまわりはじめました!


 それにより長いむちがまきとられて、自分もギリアに近づいていって……。


「はいはい。それもみんなよくやること。どれ、その首をへし折ってやっても、まだえらそうなこと言えるかどうか、ためしてやろうかい」


 ギリアはもう片方の手にもむちを持っています。

 それを振り上げ……ぐるぐる回るレントの、首の骨を折ってやろうと、こんどこそ本気の、いちばん強い打ち方で放ちます!


 ですが、その瞬間!


 レントは――ギリアに近づくのではなく、反対方向に回り始めたのでした。


「なにっ!?」


 それは、ぐうぜんですが、反対側でバンディルと戦っていたテランスがやったのと同じこと。


 あれほどに怒り、気合いをこめていたというのに、相手に向かって行くのではなく、ぎゃくの方向へにげたのです!


 そしてそのせいで、ギリアのむちは、当たりはしましたがいりょくが弱く。


「おおおっ!」


 こんどこそ本気でほえたレントは、そこだけは動かせる首をふりあごを使って、ギリアのむちをはさみ、とらえました!


 そしてぐるぐる回り――左右りょうほうのむちを、どちらもほどほどに自分の体に巻きつけた姿で止まります。


「ぐっ、こ、このっ、チビが!」


「おまえだぢと、わだじだぢが、ぢがうのは……」


 さんざん打たれている上に、今のいちげきで喉もやられて、赤いものをはきながらレントはにごった声でつげます。


「わだじは、おまえを、だおず必要はないどいうごど!」


 痛みと苦しみに震える足をぐっと踏ん張って、体に巻きつけたギリアのむちを二本とも、その手からうばおうとしました。


 ギリアはとられてたまるかと、こちらもふんばります。

 二本のむちがぴんとのびきります。


「わだじは、勝だなぐでも、いいっ! おまえの、ぶきを、ごうじで、づかえなぐじてやればっ……なかまがっ! ながまがっ、かならずっ、おまえをだおしっ、カルナリアさまをおすくいずるどっ、信じでいるっ!」


「ふ………………ふざけるなっ! なにが仲間だ! ぶっころしてやる!」


「――その忠義と、人を信じる心もまた、みごと」


 低い、うつくしい女のひとの声が流れて。


 レントのかたわらを、さわやかな風がかけぬけました。


 ヒュッと、小さな、風を切る音だけがしました。


 目がほとんど見えず、くるしく、息をするたびに血を口からたらすレントには、何がおきたのかよくわかりません。


 けれども、体にまきついていたむちがゆるんで、はずれたことははっきりわかりました。


「お前の剣だ。さいごは、お前がやるべきだろう」


「ぼろぼろさん……いえ、『剣聖』、ざま……」


 レントの手に、持ちなれた短剣が渡されました。


 にぎって、できるかぎり目を開きました。


 ゆがみ、ぼやけてしか見えませんが、その先にギリアがいることがわかりました。


 足を引きずり、レントは進みだしました。


「ひっ! く、くるなあっ! いやだあ! たすけておくれ! おねがいだ! ね、な、なにしてもいい、あたしに、したいこと、なにしてもいいからさあ!」


「したいこと……そうだな」


 レントは、ひとかけらのよこしまなものもなく、な男の声でいいました。


「わが姫君を傷つけた、そのむくいを受けさせるのが、今の私のしたいことだ!」


 そのまま、体ごとギリアにぶつかっていって。


「ぎゃあああああああ!」


 数多くの男をだまし、わなにはめ、ころしてきた、ずるがしこくて悪い女の、さいごでした。


「おみごと」


『剣聖』さまの声がして、レントの顔を水で洗ってくれました。


 目がまともに見えるようになると、レントがとどめをさすまえに、ギリアの両腕が切り落とされていたことがわかりました。


「これは…………ありがとうございます。色々とぶれいなまねをしたというのに、助けていただくとは」


「いや、お前が、体は小さくとも、知恵を使い自分にできるかぎりのことをして、ゆうかんに戦ったからこそ、私も助ける気になったのだ。だからこれは、お前がやりとげたことだよ、カルナリア王女さまの騎士、レント・サーディル・フメールどの」


 最強の剣士、美しき『剣聖』さまはそう言って、レントのことを心からほめたたえたのでした。


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