第26話 騎士テランス、弓つかいと戦う


 とうとう、対決のときがきました。


 相手は、中央にむちつかいのギリア、その左右に犬つかいのディルゲと弓つかいのバンディル。

 その後ろに、むちはほどかれたものの背中を打たれたひどいありさまで動けないカルナリアさまと、その体を持ち上げて人質にするタランドン侯爵。


 こちらは、中央にエリーレア、その左右にテランスとレント。

 そして後ろに、階段をのぼってきた黒髪の美神、『剣聖』フィン・シャンドレンがあらわれました。


 後ろにいる者はともかく、まず三人対三人のあらそいです。


 時間にすればほんのわずかでしたが、おたがいに相手のとくいな武器を見て色々考えて、勝つために立っている場所をわずかずつ変える、目には見えにくいたたかいをはじめていました。


 三人と三人、数は同じでも、悪党三人はみなそれぞれ同じくらい強いですが、エリーレアたちはものすごく強いテランスとおせじにも強くはないレントというがありますので、誰が誰をどのように相手にするかで、戦いのけっかが大きくかわります。


 たとえば、いっしゅんでもテランスのうごきをとめて、レントにふたりが同時にかかれば、たちまち三対二になってしまいます。そうなると次はエリーレアに二人が同時に向かってきます。


 ぎゃくにエリーレアたちも、もっとも弱いレントがロープのわざか何かで相手の二人をいっしゅんでも動けなくすることができれば、エリーレアの剣とテランスの力で、相手をあっという間にやっつけることができます。


 そうさせないように、そうされないために――。


 じりじりと動く中で、しぜんと、一対一が三組、という形になってゆきました。


 もっとも大きく強いテランスは、やはり相手の中ではもっともたくましい弓つかいのバンディルと。


 レントは、猫背の男ディルゲと。――もう犬はいません。


 そしてエリーレアが、むちをかまえるギリアと対決することに…………なりそうだったのですが。


「エリーレアさま。あの女は、私が相手をいたします」


 レントが言い出しました。


「だまされてしまったりを、ここで返してやりたいのです」


「……わかりました。わたくしも、あの猫背の男には色々思うところがありますので、かわりましょう」


 エリーレアとレントは場所をいれかえ、向かい合う相手をかえて……。


 じりじりと、それぞれの仲間ともはなれてゆきます。


 みな、他の仲間なかまが助けに入れないくらいにあいだがひらいたところで……。


「たああっ!」

「やぁぁぁぁっ!」

「ゆくぞ!」


 全員が強い声をあげ、相手に向かっていきました!




        ※




 ギリギリと、が引きしぼられる音が鳴ります。

 バンディルが、肩や背中の服がはじけ飛びそうなほどに筋肉をふくれあがらせて、つがえた矢をテランスに向けています。


「見事だ」


 テランスは、のひとりが持っていた、それなりに大きいですが古びた剣をかまえつつ、相手のことを心からしました。


「すばらしくきたえられた体。みがき抜かれたわざ。これまでいくどか見せてもらったおそろしい腕前。……それほどの戦士でありながら、なぜそのように、ろくでもない相手に味方してあさましいはたらきをやっている。その腕があれば、どこの領主であってもよろこんでくれたであろうに」


「なに、かんたんな話だ。お前たちとちがって、このおれには、も貴族の血が流れていないからな。この国では、貴族ではない者はとして扱われない」


「なにを言う。とても強かったり、魔法の才能があったり、頭が良かったりすれば、養子にむかえてくれる貴族の家はいくらでもあるはずだ」


「それが気に入らんのだよ。なぜ貴族にみとめてもらわなければならんのだ。おれはおれだ。誰をねらい、誰をころすかは、おれが決める。おれがころした相手を、やとったやつの手柄になどされてたまるか」


「ということは、これまでころしてきた相手は、お前自身でころそうと思った相手ということか。それで今まで何人ころしてきた」


「いちいちかぞえてなどいない。気が向いたら、てきとうにそのへんのやつを的にしてすることもある」


「ひどいやつだ。ゆるすわけにはいかん」


 テランスの大きな体が、いかりでさらにふくれ上がってゆきました。


 それをバンディルはわらいます。


「おれにはこの弓の腕がある。それを思うぞんぶん使いまくることのなにがわるい。人をころす力があるのだから、ころすのはとうぜんだろう?」


「わかった、もういい。ならば、この私にはお前を切る力があるのだから、私に切られるのもとうぜんと受け入れてくれるな?」


「やれるかよ、でかぶつ」


 言われたテランスは、わらいました。


 あいてをばかにする、いじの悪いわらいかたでした。


「まえに山のなかでやられたし、先ほどもやった、三本同時にはなつわざを、なぜここでやろうとしない。ここであれをやられていたら、私の腕は二本しかないのだから、ふせぎようがなかった。私の仲間たちまでにねらわれたら、さらにどうしようもないというのに」


「ぬう……」


「答えてやろう。お前の弓は大きく、使う矢もふつうのものではない。したがって、そんなにたくさんは持っていない。それを、『剣聖』さま相手に何本も使ってしまった。今のそれが、さいごの一本なのだ」


 バンディルの顔がおおきくゆがみました。

 そのとおりなのでした。


「よくねらえよ。そのさいごの矢で、よろいもつけていないこの私をころせなければ、かならず私はお前を切る。騎士のほこりにかけて、罪なき人たちをころしてきたむくいを受けさせる」


 テランスは身を低くして、剣を体の前にななめにかまえました。

 飛んでくる矢をはじき飛ばすつもりのかまえです。


「そのなまくら剣ごと、大穴あけてやる!」


 バンディルがかまえる弓矢の、矢のせんたんのが細かく動きます。

 ふるえているのではなく、大きな体をしているテランスの、ねらう場所をかえてみせるかけひきです。頭をねらうか、ねらいやすいか、あるいは足をつらぬいてこのあともう何もできなくなるようにしてやるか。テランスにかんがえさせまよわせて、気がそれたいっしゅんに射抜く、悪いやつとはいえきわめてすぐれた弓つかいのわざでした。


 テランスもまた、こまかく足を動かして、や剣のいちをわずかに変えて、バンディルのねらいを見ぬいてはそれをはずしてきます。

 そうしながらじりじりと近づいていきます。


 すぐれた戦士どうしの、空気がこおるようなやりとりが続いて、ついに……!


「!」


 するどい気合いとともに、矢が放たれました!


 ゴウッ!

 山の中でなんども聞いたとてつもない音、太い木のすらつらぬき通す、おそろしいの矢が、テランスにおそいかかり……!


「ハッ!」


 これもするどい気合いの声をテランスは発し、ヴンッという、ハチのうなりのような重たいな音が鳴り――。


「ぐあっ……!」


 バンディルが、弓をとりおとしました。


 そのあとから、まっかな血がぼたぼた流れました。


 その喉に、短剣がつきささっていました。

 テランス自身のもの、先ほどまでもっていたつくりの良いものです。


「て……てめえ…………騎士のくせに…………!」


 にらまれたテランスもまた、倒れていました。

 あおむけに。空を向いて。


 ――やったことは、こうでした。


 矢が放たれたしゅんかんに、テランスは、前に突っこむでも剣でふせぐでもなく、うしろに――騎士なのに、まうしろに飛んで、背中から床に倒れたのです。


 どうじに、手にしていた剣を、投げつけていました。

 ヴンッというあの音は、それが回転しながら飛んでゆく音でした。


 テランスが死にものぐるいで突っこんでくるものと思いこんでいたバンディルは、あわててそれはかわしたのですが、その後にまっすぐ投げつけられた短剣をかわすことができずに、やられたのです。


「騎士が……剣を……手放すなんて……」


「ひろいものだからな。私の、本来の剣だったらやらなかった。そのばあいは、私の方がやられていただろうな」


 起き上がったテランスの顔には、唇の横から、額にかけて、たてに真っ赤なすじがはしっていました。

 バンディルの矢にえぐられたのです。

 後ろに飛んでをよわめたのに、それでもこんなにもえぐられてしまう、ほんとうにおそろしい矢でした。


「修行のせいかだ。旅に出る前の私だったら、こんな戦い方はできず、したがってなすすべなくつらぬかれていただろう」


「そういうのは、俺たちのやりかただ…………くそ騎士が……!」


 最後までにくたらしく言うと、バンディルはどうと倒れました。


「お前のようなものを生かしておいて、これからもたくさんの人をころさせるわけにはいかん。そのためにならどのようなやり方であっても勝つのが、民を守る、騎士たるもののやくめというものだ……とはいえ、あこがれの『剣聖』どのが見ている前で、ぶざまな真似をしてしまったな。まだまだ修行しゅぎょうが足りん」


 テランスもまた、強敵との戦いでどっと疲れが出て、床にころがったまま、ふかく息をつきました。



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