第25話 道を開いてもらったエリーレアは駆け上がる


『剣聖』フィン・シャンドレンは、剣のさやを地面に転がしました。


 粗布あらぬのをぎっしり巻きつけてある長いそれは、エリーレアが前に見た、棒だと思ったものでした。


 しかし、そこから抜かれた剣の、まがまがしいほどのみごとなきらめき!


「な、なんだよ、お前、なんだあ、こら、やるのか!?」


 けおされたたちが、あとずさります。


 しかしひと呼吸おくと、相手がこれも女のひととわかって、みるみるやる気を取り戻してきました。


「わけがわからんやつが増えたところで、どうってこたあねえ! それもとんでもなくいい女だ! てめえら、やっちまえ!」


 ですが。


「道はひらく。行け、エリーレア」


 フィンが言い、に――エリーレアにはそう見えたのですが――と踏みこみ、その頭上の剣が動いたと思った次の瞬間。


「…………え?」


 たちの口から、まのぬけた、きょとんとした声が漏れて。


 すぱっ、すぱっと、その体が切れて、たおれてゆきました。


『剣聖』はさらに動きます。


 美しい姿にふさわしい、きらきらした宮殿の大広間でののように、右に左に、に、なめらかに、まわりに誰もいないかのように動いてゆきます。


 そのたびに、たちが。


「え」

「あれ……俺のうで……」

「おまえ、くび、どこいった?」


 すぱっ。

 ひゅっ。


 はげしい音などなにひとつしないまま、次から次へと、切られて、倒れて、動かなくなってゆくのでした。


 あまりのことに、エリーレアもさすがにと立ちつくしています。


「何をしている。姫さまを助けるのだろう? 行け」


 ハッとして、エリーレアは首をふって気をとりなおしました。


「テランスさま! レント! 行きますよ!」


 エリーレアも剣をふるってひとり倒しました。


 テランスは、しがみついていたやつらがおどろいて気の抜けたところを、まとめて吹っ飛ばしました。自分の短剣もひろいあげました。


 レントもまた、押さえつけられていたところから抜け出して、ごろごろ転がってから起き上がりました。



「ぼろぼろさん! いえ、『剣聖』さまだったのですね、ありがとうございます!」


 エリーレアはフィン・シャンドレンにお礼を言って、階段の方へ走り出しました。


「剣聖どの。色々とご無礼をおわびします。のちほど教えをこいたい!」


 テランスも、まさかいっしょに旅してきた謎のひとが、その生きざまにあこがれた『剣聖』本人だったとは思いもよらず、とりあえず頭をさげ、落ちていたそうな剣をひろいあげてエリーレアに続きます。


「こんなにきれいなひとだったんだなあ。う~~ん」


 レントは、馬の上でこのひとが女だとわかった時のことを思いだしている、鼻の下をのばした顔をしました。


 そこに、切りたおした者を、『剣聖』がけり飛ばしてきました。


 レントは悲鳴をあげて逃れ、あわてて先のふたりのあとを追いました。


「お、おい、待て、待ちやがれ!」


 とつぜんものすごく強い女剣士があらわれたので、あわてたたちは、まだまともに相手できそうなエリーレアたちに追いすがりました。


 そこへススッと『剣聖』が追いすがりヒュッと長剣を振るうと、また何人かがまとめて倒されます。


「てめえ! ぶっころしてやる!」


 テランスと同じくらい大きな男が、体にかけていた太いを、びゅんびゅんふりまわしはじめました。


 まわりに味方がいるので今まではやらないでいたのです。


 そんなものが当たれば、さしもの『剣聖』でも……といういきおいだったのですが。


「おそい」


 が通りすぎたにふみこんだ長剣のひとふりで、男の腕が切り落とされ、つづいて男そのものがまっぷたつになりました。


「うわあああっ! だめだああっ! にげろおっ!」


 叫んだの胸を、ものすごい音と共に、太い矢がつらぬきました!


 壁の上で、あの弓矢の男バンディルが、大きな弓をかまえていました。


「チッ、かわされたか」


 こんどは指に矢を三本はさんで、同時に放ってきます。


「まてっ、おれたちがいるんだぞ!」


 バンディルはかまわず矢を放ち、ふたり、くしざしにされました。


 しかしかんじんの『剣聖』は、その手の剣で矢を叩き落としていました。


「山の中では、剣を使えなかったからな」


「くそおっ!」


 さらに何本か矢をはなちますが、すべてかわされ、あるいは切り落とされてしまいます。


「もういい、それよりあいつらだ。のぼってくるぞ」


 猫背の男ディルゲが言いました。


 テランスが、レントと同じような小柄な男をつかまえ、持ち上げてにしながら、階段にしてゆきます。


「や、やめてくれ、たすけてくれえっ! ぎゃあっ!」


 階段の上にいる者たちは、いのちごいなどまったくして、その男にやりを突きさし、つらぬいたをテランスにとどかせようとしました。


「えいっ!」


 そこにレントが、小さな包みを投げつけます。


 上にいる相手にあたると、パッと中身の粉が飛び散りました。


「犬におそわれた時のためによういしておいた、目つぶしだ! どうだ!」


 目にこながはいった相手に、テランスは死体を押しつけて、さらに肩からとつげきしました。


「うおおおおっ!」


 バランスをくずした相手の足をつかみ、引きずり下ろして、下へ投げすてます。


 そのかたわらを、風のようにエリーレアが駆け上がりました。


 グガアッ!

 はげしい声をあげて犬がかみついてきます!


「ごめんなさいねっ!」


 使われているだけのに罪はないのですが、おそってくるので仕方ありません。

 エリーレアの手からもまた、レントが投げたのと同じ目つぶしが飛んで、犬の鼻先で飛び散って、ギャンと悲鳴をあげさせました。


 そこへ剣を突きこんで、まず一頭やっつけます。


 続いて、暗い目をした剣士が切りつけてきたのを、かわして、切りこんで、受けられて――そこにまた別な犬が!


「てやああっ!」


 階段の下から、テランスの腕がつきあげられました。


 剣ではなく、こぶしです。かためにかためた、げんこつです。


 そのものすごいこぶしが、エリーレアのふとももにかみつく寸前の犬を、下からぶんなぐって。


 決して軽くはないはずの大型犬が、たかだかと空中に舞い上がりました。


「すごい……!」


 あらためてエリーレアは、『騎士の中の騎士』とカラント王国に名高い、この騎士がどれほど強いひとなのかを思い知りました。


 目の前の相手も、テランスのものすごい腕力わんりょくにおそれをなし、いっしゅんエリーレアから注意をそらしました。


「はぁっ!」


 エリーレアの剣がひらめき、はげしい音をたてて、相手の剣が手からはじけ飛びます!


 すぐにエリーレアは剣を振り下ろし、相手のにぴたりとつきつけました。


「まいった……私の負けだな」


 相手は両手をあげ、こうさんしてきました。


「そう言ってくれるのなら、ころすことはしません。両手をあげたまま、うしろに下がって、はなれていなさい」


 エリーレアは相手をそうさせて、階段をのぼりきりました。


 テランスもすぐあとからのぼってきます。


(犬は、もう一頭いたはずだけど……)


 見回してみると。


 階段の、下にいました。


 ぼろぼろさん、いえ『剣聖』フィン・シャンドレンを追いこんできた一頭は、そちらにいたのです。


 そして――たくさんいたたちが、もうほとんど切りたおされている、とてつもない光景の中から……。


「よし、よし」


 フィン・シャンドレンの、犬をあやす声が聞こえてきたのでした。


 とはいっても、その犬が、先の黒い犬と同じようになでられているわけではありません。


 さっきまで『剣聖』さまの身をつつんでいた、呪いのかかったぼろ布。

 それで、いったいどうやったのか、犬をつつみこんで、しばりあげていたのでした。


 うごめいているそれを、『剣聖』さまは、抜き身の剣を片手に持ったまま、たくさん人を切ったばかりだというのにぜんぜんそういう気配を感じさせず、のんびりとなでているのでした。


 本当にものすごい腕前うでまえで、それでいてどうにもよくわからない人です。


 でも、今はとにかくカルナリア王女さまのところへ!


「ぐぎゃっ!」


 エリーレアのうしろで、きたない悲鳴があがりました。


 さっきした剣士が、エリーレアに飛びつこうとして、その足をレントにひっかけられてぶざまに転んだところでした。


「こういうやつは、と言ったとしても、信じてはなりません」


 レントは相手のてのひらに短剣を突きさし、もう片方の手も足で踏みにじってやりました。


「これでもう、にどと剣は持てない。わるいこともできなくなった。ひきょうものには末路まつろだ」


 痛みにうめくそいつを、階段の下へつきおとしました。

 ごろごろ転がり落ちて、あちこちが折れて、動かなくなりました。


 さあ、もうじゃまは入りません。


 エリーレアたちが駆け上がった階段の上の露台バルコニーは、下の広場ほどではないですが、それでも何十人もかくれていられるくらいの広さはあります。


 カルナリアさまを城のひとたちの目に入れさせないためでしょう、侯爵を守るための騎士はもちろん、ひとそのものがほとんどおらず、侯爵のための椅子やテーブルと、何の武器も持っていない女がふたりいるだけ。


 ですがそこに……。


「ほんと、使えねえやつばっかりだなオイ!」


「来たね、お嬢さま……あたしの鞭でそのきれいな顔をぐしゃぐしゃにされる覚悟はできたかい?」


「ころす。俺の矢で。お前ら全員」


 犬つかい、鞭つかい、弓つかい――おそろしい三人、もっともあぶない三人が待ち受けていたのでした。


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