第24話 大ピンチに、まさかの人物が正体をあらわす


 エリーレアは、レントとテランスの姿をみて、とてもおどろきました。


 そのうしろで、がしゃんと重たい音がして、廊下に鉄格子がおりてきました。

 もう元来た場所へは戻れません。


「エリーレアさま、わなです! ここからにげないと!」


「いかん! こちらもだめだ! 閉じこめられたぞ!」


 レントもテランスも、出てきたところをふさがれてしまったようです。

 もうどこにも逃げ道がありません。


 そして、長いかべの上に、人が姿を見せました。


「はっはっはっはっ!」


 高笑いしたのは、このお城のあるじ、白髪しらがあたまのタランドン侯爵ジネールそのひとです。


 そしてそのかたわらに、きらきらとかがやくような、とてもとてもうつくしい女の子が!


「カルナリアさま!」


 エリーレアは叫びました。


 見まちがえるはずがありません。

 あの方のために、自分はここまで来たのです。

 あの方をお救いするために、自分は駆けてきたのです。


 カラント王国第四王女、カルナリアさま!


 王女さまの両手は、しばられてしまっています。

 そこからのびるなわのはしは、侯爵が持っていました。


「エリー!」


 カルナリア王女さまも、の声で叫びました。


「ああ! 来てしまったのね! でもいけません! にげて!」



「タランドン侯爵閣下! これはどういうことか、せつめいしていただこう!」


 テランスが、お腹にひびく大きな声をあげました。


「ふはははは、せつめいもなにも! お前たちは、わしの命をねらいにきた、であろうが!」


 侯爵の横に、三つの人影が姿を見せました。


「あなたたちは!」


 猫背の男。

 色っぽい異国の女。

 弓矢を手にしたするどい目の男。


「このしんせつな者たちが、さきに知らせてくれたのだ。をぬすんで逃げようとするふとどきものたちが、城に入ってこようとしているとな!」


「何がしんせつだ!」レントがどなりました。「そいつらは、人をわなにはめたり、たくさんの人にめいわくをかけたり、好きほうだいしている悪党どもじゃないか!」


「なにをいうか、ぶれいものめ」


 侯爵はにやにや笑って言いました。


「わざわざお前たちがしのびこんでくると教えてくれた、忠義ちゅうぎのものたちだぞ。そのてがらにを与えてやろうとした。するとこのものたちは、お前たちがつかまり、首をはねられるところをこの目で見たいと望んだのだ。ゆえに、それをかなえてやることにしたのだよ」


(それを姫さまに見せつけるつもりですね! そんなこと、されてたまるものですか!)


 エリーレアはこのままではころされてしまうと、逃げ道あるいは侯爵のところにかけ上がれる道はないかと見回しました。


 長く続く壁のはしのところが階段になっています。

 そこから上へあがれるのはまちがいありません……が。


「バウッ!」


 太くこわい犬の声がして、枯草のかたまりのようなものが、そこから転げ落ちてきました。


 いえ、人でした。

 ぼろ布をかぶった――つまり。


「ぼろぼろさん!?」


 先にお城に入りこんでいたのが、犬にで見つかって、ここへ追い立てられてしまったようです。


「ああ…………だめか…………!」


 レントがくやしがりました。


 エリーレアもです。

 これまで何度も助けてもらったように、ここでもぼろぼろさんが、ほかの人には気づかれないところで何かをやって、助けになってくれるのではないかとひそかに期待していたのです。


 しかし犬のせいで、かくれきることができず、こうして同じところに追いこまれてしまいました。


「さあ、楽しませてもらおうではないか」


 ぼろぼろさん、犬につづいて、階段の上から、ぞろぞろと人がおりてきました。


 身分の高い、ものごとのわかった騎士ではありません。

 この城のあちこちを守る、された兵士ですらありません。


 さまざまな格好の、かなりうすぎたない、そしてよくない雰囲気をした者たちが、それぞれ棒や古びた剣、やりなどを持って、広場につぎつぎと立ちました。


 たくさん感じていた人の気配は、こいつらだったのです。


「ろうやに入れていたたちよ。このタランドン侯爵をねらうふとどきものを退治たいじすれば、罪をゆるしてやると伝えてある」


 五十人はいるでしょうか。

 みな、相手が少ないことでたっぷり、きれいな女の人であるエリーレアを見てニタニタと笑っています。


「その女も、好きにしていいと言ってある」


「やめなさい!」


 カルナリアさまが、泣きながら叫びました。


「エリーに、そんなまねをしたら、ゆるしませんからね! ぜったいに、あなたをゆるしません!」


「ゆるさなければ、どうするのかな?」


 侯爵は、カルナリアさまをぐいっと引きよせました。


 としよりとはいえ男の人の力に、な女の子にすぎないカルナリアさまはとてもかないません。


 侯爵はカルナリアさまの体に腕をまわし、抱きすくめて、ふわふわした髪のにおいをかぎました。


「ああ、かぐわしい。たまらぬ。このかわいらしいお方が、これから、助けはもうに来ないと思い知って、して、わしのものになるのを受け入れるのだ。くくく」


「その手をはなしなさい、けがらわしい!」


 エリーレアは心の底からおこって、どなりつけました。


「そうだ、はなせ、へんたいじじい!」


 レントも腕をふりあげてわめきました。


 しかし、どれほどエリーレアたちがおこってみせたところで――。


「へへへ……」

「おんなだ、おんな……」

「ろうやを出られるんだぜ、たった三人、やっちまうだけでよぉ……」


 じわじわせまってくる、何十人もの男たちをどうすればいいのでしょう。


 山賊のときとはちがいます。相手はさいしょからこちらに向いていて、隠れる場所も投げつける石もありません。


 エリーレアは剣を抜きました。

 テランスも、大剣は手放してしまいましたが、身を守るための短剣は持っており、それをにぎり、もう片方の手はものすごくかたくていたそうなを作りました。


 しかし相手は、人をころしたりおそったりしてろうやに入れられていた、つまりこういうになれているやつらです。


 さらに、何十人というこいつらをどうにかしたとしても、階段のところにはこいつらを連れてきたのだろう牢番や、暗くつめたい目をした剣士がいます。

 せいせいどうどうとした騎士ではなく、侯爵がたくらむ悪いことをてつだうための、きたない仕事をする者でしょう。


 その上で、あの大きな犬が三頭いて、あの悪い三人組までいるのです。


「こりゃあ……さすがに…………だめかも……」


 いちおうは短剣をかまえたレントが、あきらめかけました。


「かこまれたらおしまいだ。みんな、壁ぎわに。できるだけ私が守り、あの階段のところまでなんとか進む。それしかない」


 テランスが、やはり彼も勝ち目のないことをわかった、青い顔をしながら言いました。


「お前たち! 壁には近づけるんじゃないぞ! そこでは見えないからな!」


 上から声がとんで、きたならしい男たちはそのとおりに、壁にそってぞろぞろと進んできて、エリーレアたちをそちらに近づけなくしてしまいました。


 このままでは、侯爵のねらいどおり、やられるところをたっぷり見物されてしまいます。


(どうすれば……どうすればいいの……!?)


 さすがのエリーレアも、この場を切り抜けてカルナリアさまをお救いする方法が思いつかず、が心に広がってきました。


 そのときでした。


「えいっ!」


 カルナリアさまの声がして。


「うぎゃあっ! いたいいたいいたいっ!」


 侯爵がわめきました。


 カルナリアさまが、その小さなお口で、侯爵の手にかみついたのでした!


「ぐぎぎ……!」


 カルナリアさまは、なお姿ににあわぬうめき声をもらし大粒の汗をにじませて、ひたすら侯爵の手に歯をくいこませます。


「は、はなせっ、いたいっ、こらっ!」


 侯爵がもう片方の手でむりやりカルナリアさまのお口をこじあけ、かみつくのをやめさせました。


「エリー。助けにきてくれてありがとう。あなたはわたくしの、いちばんたいせつな人です」


 カルナリアさまは、痛みにひぃひぃ言っている侯爵をよそに、下の広場に立つエリーレアに、とても優しい笑顔を向けられました。


「強いあなたが大好きよ。…………さようなら」


 そして走り出しました!


「あっ!」


 かみつかれた時に、侯爵はカルナリアさまをつかまえているなわを、手放してしまっていたのです!


 カルナリアさまはそのまま露台バルコニーの上から身を投げました。

 頭を下にして石だたみの上に落ちることで、誰にも身をけがされることなく、いやなものを見ることもないところへ行こうとしたのでした。


「あーーーーっ!」


 エリーレアは絶叫しました。


 ビシッ!

 ですがその寸前で、きつい音とともに、カルナリアさまのお体に黒いものが巻きついていました!


 むちです。


 ひかえていたギリアの手から放たれた黒いむちが、カルナリアさまをとらえていました。


「やれやれ、あの女だけでなく、そのご主人さまも、とんだだねえ」


 ぐいぐいとカルナリアさまは引き戻され、立っていることもできずに倒れてしまいます。


「よけいなまねをしないように、がひつようだね」


 ビシッ!

 またむちの音――。


「あーーーーーっ!」


 カルナリアさまの悲鳴!


 背中を、もう一本の鞭で打たれたのです!


 もちろん手加減はしているでしょう。しかしとてつもない痛みが、小さなお体をおそい――。


「うあああああああっ!!」


 エリーレアはさけびました。


 腹の底から、心の底から、いかりだけになって、叫びました。


「お前たち! そこを動くな!」


 剣の切っ先を突きつけ、声をぶつけます!


「今からそこへ言って、お前たちに、罪をつぐなわせる! ぜったいに許さない!」


 そして、すぐそこまで来ている、きたならしい男たちに向きなおりました。


「道をあけなさい! じゃまをするなら切ります!」


 しかし男たちは、へらへらと笑うばかりでした。


「おうおう、元気がいいねえ。でもな、姉ちゃん。この相手に――」


 最後までいわせず、エリーレアは剣をふるいました。


「ぎゃあっ!」


「ほ、本当に切りやがった!」


「このくそアマ! やっちまえ!」


 どもが血相を変えて、いっせいにおそいかかってきます。


「ぬうん!」


 テランスが、ものすごいこぶしを振るい、ひとりをふっとばし、さらにそいつが他のやつにあたって数人まとめて転がりました。


 それにひるんだところへ、エリーレアはさらに剣を振るい。


「そいつをつかまえろ!」


 レントが、ほとんど地面をはうようにちょろちょろと動き回って、手にした短剣でちょっとずつ相手のどこかを切ってはにげるという、やられるほうとしてはとてもいやな戦い方をはじめました。


「でかいやつはまともに相手するな! 横とか後ろから、いっせいにかかれ! その姉ちゃんは――」


 指示をだす、このたちの頭目とうもくだろう相手に、エリーレアは切りつけました。


 ですが持っている剣で受けられました。


「へへへ。いやあ、男の騎士ならこれまで何人もぶちころしてきたんだけどよ、なまいきな女騎士ってやつははじめてでな、いっぺん、やってみたかったんだよ!」


 逆に切りつけられました。


(強い!)


 一対一でも勝てるかどうか。

 こんなやつがいるのに、さらに他にも、テランスと同じくらいに体の大きな者や、これまで何人ころしているのかわからないひえびえとした気配をただよわせている者もいるのです。


 でも、ひるんでいる場合ではありません。

 カルナリアさまのところに行かなければ!


 しかし――ああ、他の仲間たちが。


 テランスが、さらに何人かは飛ばしたのですが、腕と腰、足にも、五人にいっせいに飛びつかれてしまいました。

 はげしくあばれましたが、その手から短剣がうばいとられてしまって。


 レントもまた、同じように小さくびんしょうなやつに組みつかれ、さらに他のやつに押さえつけられて、万事ばんじきゅうす。


 …………それでも!


「ああああああああああああっ!!」


 エリーレアはほえました。

 けもののようにほえました。


 カルナリアさまへの、ありったけの想いをこめて、ものすごい声をはりあげました。


「どけえええええええええええっ!!」


 相手が、たとえこの倍いようとも、自分ひとりで全員切りたおして、姫さまをお助けしてみせる!


 強いやつらがしんけんな顔になり、それぞれの武器をかまえ、そこにエリーレアはし、血の雨が――。


 そこへ。


 ふわりと。


 場にそぐわない、やたらとやわらかな風と、動きがありました。


 たたかう者たちの真ん中に。


 風をはらんで、ふわりと布をふくらませた、ぼろぼろさんが降り立ったのでした。


「ついに、呪いがとけた」


 低めの、しかしすばらしくきれいな響きの、女のひとの声が流れ出てきました。


忠義ちゅうぎ親愛しんあいを見るまでは、布ははずせず、口もきけないのろいをかけられていたのだが、ここでようやく、それにめぐりあうことができた。ありがとう、エリーレア嬢、カルナリア王女殿下」


 ばさっ。

 ずっとその身をおおっていたぼろ布がとりはらわれて。


 中からあらわれたのは、背の高い、つややかな黒い髪とすばらしい体をした、その身の丈ほどもある長い細剣をたずさえた女の人でした。


 そのお顔は、まさに女神さまがあらわれたかのような、この世のものとも思われない美しさ!


 たちも、エリーレアすらも見とれる中、女神はすらりと長剣を抜いて、頭の上にかまえて言いました。


「我が名はフィン・シャンドレン。『剣聖』と呼ばれている者」


「!?」


 エリーレア、そしてテランスが、おどろきのあまりものすごい顔になりました。


「呪いをといてくれたお礼に、この雑魚ざこどもは私が片づけよう」




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