第23話 城内潜入・エリーレアとテランスの場合
(レントも、テランスさまも、うまくいきますように)
エリーレアは成功を祈りながら、タランドン城の廊下を歩いてゆきました。
レントは、とてもめはしがきき、頭もまわります。とっさの時にパッと動けることは、自分自身ではおくびょうなだけといっていますが、ほんとうはとてもすごいことなのです。
テランスは、あのどうどうとした姿ですし、あの強さですし、そもそも自分といっしょにカルナリアさまを助けようとしているということは知られていないのですから、普通のお客さまとしてタランドン侯爵に面会できるのではないでしょうか。
もっともあぶないのが、エリーレアなのです。
エリーレアは女のひとにしては背が高く、剣がじょうずなのでしせいもよく、何より見た目がとてもきれいなので、レントのようにものかげにかくれながらこっそりお城の中をさぐる、というようなまねはとてもできません。
ですので――ここまで来るあいだに、やり方はかんがえてありました。
かくれずに、どうどうと歩きます。
いかにも貴族らしく、お嬢さまらしく、女騎士らしく。
そして、行き交う人たちの中から――。
「……そこの方」
何人か見かける、そろいのお
お城のしたばたらきですが、その中から、ぎりぎりで貴族ではあるという人を見定めて、声をかけました。
「よろしいですか。呼ばれてこのお城に来たのですが、まよってしまいました。あなたたちをまとめている人か、侯爵さまの
エリーレアは、この国でいちばんえらい、第一位貴族のカルナリア王女さまのおそばに仕えている、第四位貴族です。アルーラン領に戻ればお嬢さまお嬢さまと誰もがうやまってくれる身分です。
タランドン侯爵のお子さまがたと同じ身分であるエリーレアのことを、相手の女の人は、すぐに本物の貴族だと見ぬきました。
平民ではわからなかったでしょうが、貴族だからこそ、ほんものの貴族かどうか、
それをねらっての声かけでした。
「はいっ、こちらへ!」
相手はとてもきょうしゅくし、すぐエリーレアを奥へ案内してくれました。
うまくいくかどうかはかけでした。失敗したならば、すぐ騎士を呼ばれてしまったかもしれませんが、どうやら成功したようです。
「
エリーレアは、自分のお母さまよりももっと年上の、目つきのきつい女の人のところに連れていかれました。
「どなたですか?」
エリーレアはていねいに礼をしてから言いました。
「失礼します。お耳を」
この女のひとからは、はっきり言って、いやな感じがしていました。
正体をあらわしたあのギリアと同じような、悪いことをしている人間のけはいです。
でも、だからこそうまくいきそうなのです。
エリーレアは、同じ部屋にいる他のひとたちには聞こえないように言いました。
「とくべつな女の子をお守りする役目につくよう、お手紙をいただき、こちらに参りました」
「まあ。…………」
相手の目が、エリーレアを上から下まで見回しました。
「なるほど。確かに。こころえてもいますね。ではこちらへ」
おおあたりのようです!
こころえているというのは、じじょうをわかっているということです。他の者に知られてはならないことを、聞こえるように言ってしまうようなおろかなまねをしない、ということです。
この年配の
だからこそ当然、侯爵がいちばんほしがっていた、とてもうつくしい、高貴な少女――カルナリア王女さまのことも知っていました。
そしてエリーレアのことを、王女さまともあろう
それにふさわしい、身分の高さと腕の立つ気配、そして他の者にもくてきを知られることのないように小声で言ってくる用心ぶかさ。
合格でした。
――当然でしょう。
エリーレアは、本当に、カルナリア王女さまのいちばん近くにお仕えしていた女騎士なのですから!
「お名前は?」
他のひとが誰もいない、がらんとした廊下に出てから、はじめてエリーレアは聞かれました。
「エリーレアと申します。エリーレア・センダル・タランドン。マルゼール城主クレルモ・タランドンの娘にございます」
これもあらかじめ用意しておいた名前でした。広いタランドン領の、南の方のお城の、ほんとうにいる城主さまの名前です。タランドン侯爵家は古くからある家柄なので、一族はたくさんいて、そのひとり。
「なるほど。マルゼールからなら……わかりました」
エリーレアが実際に旅をしてきたばかりのようすであること、この大きなお城で迷ってしまったことも、逆にうらづけになったことでしょう。
「こころえているあなたなら、言うまでもないでしょうが、これからあなたに守っていただく方のことは、いっさい他のひとに言ってはいけません。本人はいろいろ、とんでもないことを言うでしょうが、それはすべてうそですので、気にしてはなりません。あなたのお父上や家族、すみなれた土地のことをつねにおもいだすように」
すっかりエリーレアをしんようしたらしく、カルナリアさまをお守りするにあたっての注意を教えてくれました。
親や家を思えというのは、失敗したらばつをあたえて、たいせつなものをうばってしまうぞというおどしです。
やっぱり悪いひとだ、とエリーレアは心の中で思いました。
その悪い年寄りは、誰にも見られないようになっているとくべつな通路を進んでいって、あるところで立ち止まりました。
「ここから先は、あなたひとりでゆきなさい。一度中庭に出ます。その先にある塔に、あなたが守るべきひとがいます。守っている者に『エラルモ河の水がやっとぬるくなってきた』と言いなさい。それがあいことばで、それを言わないとぜったいに入れてもらえません」
「わかりました。ありがとうございます。いっしょうけんめい、つとめさせていただきます」
エリーレアは田舎から出てきた女剣士のように言うと、
確かに、先の方は明るくなっていて、中庭に出るようです。
念のためふりむいて、
(さあ、いよいよ……まずはカルナリアさまのところに行って、閉じこめているやつらをやっつけて、テランスさまやレントを呼んで、逃げ出して……)
手順を考えつつ、エリーレアは外に出ました。
「…………え?」
中庭と聞いていましたが、広場でした。
地面はかたいいしだたみ。
ぐるりと、ひとのせたけの倍はある高さの壁が張り巡らされていて。
横の方に幅広い階段があり、そこから上に行けるようにはなっていますが……。
さっき言われた、塔というものはどこにも見あたりません。
そして妙なことに、人の気配がするのです。
姿はみえないのに。
たくさんの人がいる感じが、そこら中からします。
エリーレアの胸が、いやな風に打ち始めました。
ここはまずい、逃げた方がいいと思い、別な出口を探して見回すと。
自分がやってきた通路とはまったくちがうところから、飛び出すようにはやあるきで出てきた者がいました。
とても小柄な、男のひと――。
「レント!?」
おどろいて呼びかけると。
レントの方も、こちらに気づいて、ものすごくおどろいて。
「エリーレアさま!?」
そしてさらに、自分を見るレントの視線が、もっと上にあがっていって。
気配にエリーレアが振り向くと。
「なにっ!?」
さらにちがうところからこの広場に入ってきた、とても大きな体の、旅姿の騎士が――テランスが立っていたのでした!
※
テランスは、顔見知りの騎士たちと親しくおしゃべりしていました。
「なあテランス、むほんはどうなっているのだ?」
「都が落とされて、国王陛下が亡くなられたと聞いた。じきにこちらにも反乱軍はやってくるだろう。戦いのしたくは大丈夫か?」
「テランスよ、誰に言っている。俺たちはタランドンの騎士だぞ。こういうときのために、いつもきびしくきたえているのだ」
「うむ、さすがだな。俺も、いちどカンプエール領に戻って、侯爵さまにゆるしをいただいてから、兵士たちをつれてこちらにえんぐんに来るぞ」
「おう、お前が来てくれるなら百人力だ!」
話しながらさぐりを入れてみましたが、この騎士たちは、カルナリアさまはもちろん、逃げてきた貴族の人たちが集められて、もうじきまとめてつかまえられてしまうだろうということも、ぜんぜん知らないようすです。
(ふうむ。ここは、少しうそもまぜることになるが、強引に広めておくか)
「ところで、ここに来るとちゅうで、カルナリア王女さまがタランドンにのがれてこられたと耳にしたのだが」
「王女さまが? そんな話は聞いていないが」
「ではあれは俺のみまちがいかな。ガイアスどのはわかるだろう。カルナリア王女さまの
「ああ、もちろんだ。あれほど強い方はそうはおられぬ」
「傷ついたあの方らしいお姿を、遠くから目にしたのだが」
「なにっ、ほんとうか」
「もしかしたら、むほん人どもから王女さまをお守りしつつ、ここまでたどりついたのかもしれない。もしそうなら、何としても守らねばならないな」
「当たり前だ! あのかわいらしい王女殿下を守るのは、この国に生きる我ら騎士のぎむというものよ!」
騎士たちはみな腕に力こぶをつくって、やる気をみなぎらせました。
彼らはテランスと同じく、都にあがって、カルナリアさまをお見かけしたことがあるのです。
(王女さまを助け出したら、この者たちは味方になってくれそうだ)
安心しつつ、テランスはさらに色々と話をしようとしましたが――。
「テランス・コロンブさま。侯爵さまが、お会いになられるお支度がととのったとのことです。どうぞこちらへ」
小姓の少年がやってきて、テランスを奥へ連れてゆきました。
「こちらです。見晴らしのよい、外の見えるところで、テランスさまから旅のお話をうかがいたいとのことです」
その先には侯爵本人がいるということで、テランスは剣をはずして渡すように求められました。
えらい人に会うのならとうぜんのことではあります。
少しためらいましたが、テランスは剣も弓矢も、城の者にあずけました。
(まさか、いきなりこの俺をつかまえるということはないだろう。つかまえて、俺がすぐカンプエール領へ戻ってしまったと言っても、俺の知り合いのあいつらは、何のあいさつもなく出て行くのはおかしいと思ってくれるだろうし)
気持ちを落ちつけて、テランスは侯爵と話をするべく、広場に進み出ました。
広く、がらんとした場所でした。
片側が長く続く
それにしても、ここに誰もいないというのはおかしなことです。案内の者、けいびの者などがいるのがふつうです。
この広場には、他にも出入りする場所があります。
そのひとつから、人が出てきました。
みおぼえのある、すらりとした女の人です。
さらにその向こうからも、これもみおぼえのある、小柄な男の人が!
「レント!?」
「エリーレアさま!?」
そのふたりは、お互いに気づいて、おどろきの声をあげました。
がしゃん!
テランスのすぐ後ろで、重たい音がしました。
廊下に、がんじょうな鉄格子がおりていました!
「なにっ!?」
エリーレアも、おどろいた顔でうしろをふりむきました。
彼女が出てきたところも、同じようにふさがれたようでした。
レントの出てきたところも。
「これは…………わなだ!」
「はっはっはっはっはっ!」
たかわらいとともに、長くのびる壁の上に、人影があらわれました。
タランドン侯爵ジネールさまがそこにいて。
かたわらに、手首をしばられた、かがやくようなきれいな女の子――カルナリア王女さまが!
「カルナリアさま!」
「エリー!」
ふたりはお互いを呼び合いました。
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