第22話 城内潜入・レントの場合


「おお! 『騎士の中の騎士』と名高い、テランス・コロンブどのをお迎えできるとは、光栄であります!」


 タランドン城へ入るための橋の手前です。

 城に入ろうとするあやしい者を見つけ出すのになれた、するどい目をした門番たちが、テランスを前に笑みをうかべ、しました。


 テランスは、ここタランドン領のおとなりのカンプエール領の騎士。修行しゅぎょうの旅に出る前から、何度かこのお城に来たことがあって、この門番たちも彼のことを知っているのでした。


「東ではが起きているのだが、ここタランドンは、さすがに何ともないな」


「はい、むほん人どもなど、ひとりたりともふみこませません!」


「頼もしいぞ」


 テランスに言われて、門番たちは少年のように目をかがやかせました。


 誰もがあこがれるりっぱな騎士であるテランスのとなりには、しっかりフードをかぶったすらりとした者がいるのですが、とした騎士が従者をつれていることになんの不思議もありません。


 またテランスを案内してきた騎士エミールも、小柄な従者を引き連れているのですが、こちらも門番たちはまったくうたがうようすがありませんでした。


 問題は――。


(ぼろぼろさんは……?)


 エリーレアは気をもみました。


 馬に、あのおかしなぼろ布をかぶった姿がまたがっていたら、あやしいなんてものではありません。どんなな門番でも、ぜったいに止めて、なにものか問いただすでしょう。


 お城へ乗りこむのは危ないので、ついてきてはいけないとはっきり言って、後に残るよう言ったのですが……とちゅうまでは、ふらふらと、みんなの後についてきてしまっていました。


 でも今、門番に見えるところに、あのぼろ布すがたが見あたりません。


(あきらめたのでしょうか……)


 エリーレアがそう思ったところへ。


「ほーい、ほーい、ごめんよぉ、通るよぉ、ほーい」


 かけ声と小さなかねの音を鳴らしながら、荷馬車がぞろぞろとやってきました。


 お城ではたくさんの馬を飼っています。そのえさのをはこんできた馬車です。


(…………あ)


 荷台にたくさん積んでいる、干し草や野菜くずをまぜてかため、ひもで縛ったのかたまり……その中に、たてに細長いあのぼろ布が混ざっているのを、エリーレアは見ぬきました。


 別な門番たちが荷台を調べはしましたが、ぼろぼろさんに気がついたようすはありません。


 そのまま、テランスたちよりも先に、荷馬車の列は橋を渡っていってしまいました……。


(ええと…………どうしましょう?)


 困りましたが、だからといってどうすることもできません。よびとめることも、追いついてあぶないから帰るようにいうことも、今はむりです。


 ぼろぼろさんが危ないことに巻きこまれないよう、幸運をいのるしかエリーレアにはできませんでした。


 ……ただ、に混じって入りこむなどという、ぼろぼろさんにしかできないやり方を見てしまい、あわてたりあきれたりしたおかげでしょうか、お城へ入りこむということへの、こわい気持ちはどこかへ行ってしまいました。


 ぼろぼろさんのおかげです。


「さあ、行くか」


 門番たちとのおしゃべりを終えたテランスが声をかけて、橋を進みはじめました。


 橋の先の、お城の門そのものを守っている門番は、第七位ではありますが貴族の者で、平民はよほどの理由がなければお城に入れてくれません。

 しかしテランスは第四位のりっぱな貴族、むしろ橋のたもとの門番よりもあっさりと、テランスにして、通してくれたのでした。


「では、私はここまでです。……あなたがたに良き風のおとずれがありますように」


 騎士エミールが、案内としてついてくるのはこれ以上は無理なので、別れをつげます。


 これから自分のあるじである侯爵に立ち向かうことになるエリーレアたちに、がんばれとかうまく行くようにとは言えませんので、ただただ、幸運をいのってくれました。


 エリーレアは、声を出すわけにはいかないので、できるだけていねいに、心をこめて、礼をしました。


 そして、エミールがひとりで去ってゆき、お城の中へテランスを連れてゆく役目の人が来るまでのわずかな時間――この時をのがしてはなりませんでした。


「行きますよ、レント」

「はい、エリーレアさま」


 テランスはなにひとつ気づいていないふりをして、馬をおり、旅でこわばった大きな体を派手にあれこれ動かしてほぐすことで、人の目を集めてくれます。


 それに隠れるようにして、エリーレアとレントはそれぞれ、旅人らしいマントは外して、お城の者だと見えるようなかっこうで、右と左にわかれてゆきました。


「おお、テランスどの!」

「本当にテランスだ!」


 声の大きな、体も大きい、騎士たちがぞろぞろとやってきます。

 みな、テランスの知り合いでした。


「久しぶりだな、みんな!」

「おぬしが修行の旅に出たとは聞いていたが! ほんとうに従者なし、ひとりきりなのだな! すごいことだ!」

「ははは、おかげでずいぶんときたえられ、さらに強くなったぞ。このあとどうだ、手合わせでも?」

「おう、のぞむところよ! しかし、せっかくだ、侯爵さまに見ていただくのはどうだ? も起きているところだし、強い者が城に来ていることは、たいそうよろこばれるぞ!」

「それはありがたい。せっかくたちよったのだ、侯爵さまにもぜひごあいさつさせていただきたい」


 テランスは騎士たちと親しげにやりとりしつつ、仲間ふたりのせいこうをいのりました。




       ※




 レントは、ものかげからものかげへ、かくれひそみながら進んでゆきました。


「さて、カルナリアさまが、もしつかまえられているのだとすれば、侯爵はどこに閉じこめるか……侯爵がユルので、おそれおおくもカルナリアさまを自分のものにしたいとねらっているのなら、地下のろうやに入れることはないだろう……それだと行くのがたいへんだものな。自分だけはすぐに行ける、奥の方にある塔とか、きびしく守られているお部屋だろうなあ……どうやって入りこもうかなあ……」


 あれこれかんがえていると、野菜やくだものを運んでいる、したばたらきの者たちに出くわしました。


「わっせ、わっせ」

「急げ、急げ! まだたっぷり残ってるんだぞ! 早くはこばないとまにあわないぞ!」

「ひぃぃ、まったく、貴族さまがたくさんいらっしゃるなんて、聞いてないぞ、いつもの三倍は運んでるのにまだ足りないなんて!」


(ほう、この城に逃げてきたけれどもそのままつかまってしまったという人たちのためのものか。つかまえたとはいえ貴族だ、平民のようにろうやに放りこんで何も食べさせない、なんてわけにはいかないものな。これはありがたい)


 レントはそれにまぎれこみ、とりわけ重そうな箱をひぃひぃ言って運んでいる者に手をかしました。


「手伝えと言われてきた。これをはこべばいいんだな」

「おう、たすかる!」


 レントは身分は貴族ですが、いくらでも平民のように振る舞うことができます。いま着ているものも、貴族らしくないふつうの服です。見た目だって全然えらそうではありません。

 なので、運ぶ者たちにまぎれこんでも、誰もあやしいと思いませんでした。


(これはありがたい。たべものなのだから、台所へ運ぶのはまちがいない。そこではきっと、カルナリアさまにお出しするとくべつなお料理をこしらえているにちがいない。いちばん腕のいい料理人を見つけて、そいつが作っている料理を運んでいくあとをつければ――)


 なんとかなりそうだぞとうれしく思いながら、重たい箱をいっしょにもって、廊下をすすんでいくと――。


「うわっ!?」


 先頭の者が立ち止まりました。


 台所へゆくためには、いちど中庭に出て、そこから大きな煙突の立っている建物に入らなければなりません。


 その中庭の、建物の入り口のところに、とても大きな、おそろしげな犬がいて、通りかかる者に近づいてにおいをかいでは、悲鳴をあげさせているのでした。


「な、なんだよ、あれ!?」

「さっきはいなかったよな?」


 こわごわ近づいた、したばたらきの者たちのリーダーが、犬のかたわらに立つ棒を持った兵士に聞いてきました。


「怪しいものが入ってきていないか、見つけるための犬だそうだ。ふだんからここではたらいている者なら、なにもされないから、気にしないで入っていいってことだが……」


(ま…………まずいっ!)


 レントの心臓が、はれつしそうなほどに打ちました。


 その犬にはみおぼえがありました!

 あの猫背の男が連れていたうちの一頭です!


(あ、あれがいるってことは、あの男も、つまりギリアや弓のやつも、ここにいるってことじゃないか!?)


 あの悪党どもがどうしてお城にいるのかはわかりませんが、それをかんがえるのはあとです。

 まちがいなくあの犬は、レントのにおいをかぎとって、おそってくることでしょう!


(ここで逃げ出すとあやしまれる、どうする、どうする、それにこのことをエリーレアさまにも伝えなければ、ああ、どうする、どうしよう!?)


「お、俺ぁ、むりだ、小さいころ犬にひどくかまれたことあって、どうしても犬はだめなんだよぉ!」


 ――レント者が、悲鳴をあげました。


 いっしょに重たい箱を持っていた相手です。


(ありがたい! 風神さまに感謝を!)


 レントは心からお礼をつげました。


「俺もだ!」


 すぐになさけない声を出し、顔もゆがめます。


「あんなでかいのは、こわくてだめだ! ここまでならなんどでも運ぶから、あとは頼むよ、みんな!」


 二人して、運んでいたものを地面において、後ずさりました。


「行こうぜ、きょうだい!」

「お、おう!」


 レントはもうひとりをうながして、もと来たほうへもどってゆきました。


(よし助かった、ちがう道をさがそう)


「ひっ!?」


 犬がこわい者が、また悲鳴をあげました。


 もどっていった廊下の、先のほうにも、さっき見かけたのと同じくらい大きく、おそろしい犬がいます!


(あれも、猫背のやつが連れてた犬だ!)


 レントは血の気が引きました。


 前にもうしろにも犬がいるかたちになってしまいました。


 まさか、見つかってしまったのでしょうか。

 でもそれなら、すぐに吠えて、おそいかかってくるはずです。


 では、まだ、逃げられます!


「……すまん」


 すばやく見回し、犬が苦手な彼を見捨てることになるのをわびてから、横にのびる通路に入りこみました。


「こらっ、ここから先は貴族しか入っちゃだめだ!」


 兵士がふたり、棒を斜めに組み合わせて道をふさぎましたが。


「第六位、レント・サーディル・フメールである!」


 いっしゅんで、背筋をのばし顔つきをえらそうにして、ふところから自分の家の紋章がついている短剣をとりだして見せました。


 レントはこれでもれっきとした貴族であり、やろうと思えば貴族らしくふるまうこともできるのです。


「失礼いたしました、フメールどの!」


 兵士たちはすぐ棒を立てて道をあけ、けいれいしてくれました。


 胸をなでおろしながら、えらそうな歩きかたで先へ進んで、さてここからどうしようと考えていると。


 グルルルル…………と、犬のうなり声がしました!


「なっ!?」


 三頭目が、すぐ後ろにいました!


 心臓が口からとびだしそうになりましたが、がまんして、ひめいをあげないようにして、あわてて走りだすこともしないで――どういうことかはまったくわかりませんが、犬はまだうなっているだけで、おそってきてはいないので、まわりの者たちにあやしまれないように、とにかく人がたくさんいるところにまぎれこもうと、で進みました。


 レントには、このお城のつくりはぜんぜんわかりません。

 とにかく人の声がするほうへ、人のけはいが多いほうへといそいだのですが……。


 グルルルル、といううなり声が、増えました。


 うなり声だけです。

 姿もよく見えません。

 でもまちがいなく、すぐ近くにいます。


 さっき見た他の犬たちも、集まってきたのでしょうか。


(ど、どういうことだ、どうなっているんだ……!?)


 レントはもうれつに冷や汗を流しながら、おそろしさでふるえる足をとにかく動かして、うなり声のしないほうへ、しないほうへと急いでゆきました。


 そうするより他にありませんでした。


 ゆく先が明るくなりました。

 建物の中から、外に出るようです。


 広場になっていて、そこにはたくさんの人がいる気配がします。

 でもはなやかな感じはしませんから、貴族が集まった場所ではなさそうです。


 兵士が集められてでもいるのでしょうか。


 ほんとうなら、まずはものかげからようすを見て、それから広いところにでていくべきなのですが。


 犬のうなりに追われているいまは、そうするどころではなく、しかたなくレントはいきなり広場に踏みこみました。


「………………えっ!?」


 そしてものすごくおどろきました。


「レント!?」


 エリーレアが、そこにいたのです!


「なにっ!?」


 それどころか、テランスまでも!

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