第21話 目指すお城に死の罠がしかけられる


「カルナリアさま……!」


 エリーレアたちは、タランドン城が見えるところまでやってきました。


 カルナリア王女さまが逃げてきたことをタランドン侯爵がかくしてしまい、ついていた騎士たちはにせものだということにされてしまった今、王女さまにお仕えしているエリーレアもまた、おたずね者として捕まってしまうかもしれないのです。


 そうされないために、気持ちは風のようにカルナリアさまのところへ飛んでいたのですが、馬の脚をおさえて、やたらと急いでこの領の騎士たちにおかしいと思われないように、普通の旅人のふりをしてどうにかここまでたどりついたのでした。


 タランドン城は、カラント王国全体でもこれほどにりっぱなお城はほとんどない、タランドン領の人たちみんながに思っているすばらしいお城です。


 そのふちを川が流れており、きらきらと光っています。


「あの橋の上で囲まれたら、逃げようがないな」


 川には橋がかかっており、お城に入るためにはどうしてもそこを通らなければなりません。


「どうやって、門番の目をごまかすかですね……」


 そこへ、馬を勢いよく走らせて、騎士エミールが追いついてきました。


「大体、わかりました」


 彼と、先の街で騎士ユーグをつかまえたタランドン領の騎士たちは、上からのめいれいに逆らうことはできないにしても、エリーレアの話を聞いてタランドン侯爵のやっていることもおかしいと思ってくれるようになって、できるかぎり協力してくれることになりました。


 彼らは、あちこちに馬を走らせて、騎士ユーグのなかまたちがどうなったのか、つかまったのならどこにつれていかれたのか、お城に王女さまがいらっしゃるようすはないかなど、エリーレアに代わってたくさん調べてくれました。


 そしてエミールは、わかったことをまとめて、伝えにきてくれたのです。


「ユーグどののなかまは、八人いたというお話でしたが、そのうちの六人は、つかまって、ろうやに入れられています。ひとりは、ユーグどのと同じようににげたのですが、ざんねんながら、とちゅうで……見つかって、あばれたために、で突きころされてしまったということです」


「ああ……」


 その者の名前は、エリーレアは聞かないようにしました。

 どの名前であっても、よく知っている相手なのです。

 聞いてしまったら、自分をおさえられなくなって、ひとりだけでもお城へしてしまうことでしょう。


「お城に、王女さまがいらっしゃるというお話は、まったく伝わっておりません。ですが、とてもなお食事や服、それも女の子向けのものを、侯爵さまがこっそり求められたとのことです。侯爵さまのお子さまもお孫さまもみな男ですから、おかしな話です。また、から逃げてこられた貴族の方々が、この領内にしんせきがいたり知り合いがいたりするのに、いっさい関係なく、みなお城のある場所に集められているという話です。レントどののお話が正しいのでしたら、それは逃げてこられた方々をまとめて反乱軍に引き渡すためかもしれません」


「このままでは、カルナリアさまだけでなく、そのかたたちもあぶないのですね……ならば、お城に入りこんで、まずカルナリアさまをお助けしてから、その方たちもまとめて……侯爵さまを……」


「それは、私は聞いてはならないことです」


 騎士エミールは言いました。


「私は、騎士にされる時に、侯爵さまに忠誠をちかっております。それをうらぎるわけにはいきません。聞いてしまったら、私はエリーレアさまであっても、おとめしなければならないのです」


「わかっています。タランドン領の騎士さまたちは、そのように忠義にあつい、本当にすばらしい方ばかり。そのあなた方が、わたくしのためにここまでしてくださることに、心よりかんしゃしています」


「もったいないお言葉です。私たちこそ、自分たちのやくめを守ってはいますが、なれている場所でそうしているだけにすぎません。お仕えするお方のために安全なところから飛び出してこられたエリーレアさまの勇気の、足元にもおよびませんよ」


「それは私も同じきもちだ」


 うなずきながら、テランスが言ってくれました。


「だからこそ私も、こうしてエリーレア嬢のお役に立てるのが、とてもうれしいのですよ」


 テランスはエミールと馬を並べ、エリーレアとレント、そしてぼろぼろさんがそのうしろに続きました。


 作戦は、こうでした。


 このタランドンの隣の領、カンプエール領の騎士であるテランスが、旅から戻ってきて、タランドン領を通りかかったので、侯爵さまにご挨拶しようとお城へ。

 エリーレアは、テランスの従者のふりをします。

 有名な騎士であるテランスが、従者を連れていることに何の不思議もありません。ひとりきりの修行しゅぎょうの旅に出ているという話を知っている者がいたとしても、まあ話のほうがだったのだろうと勝手に思いこんでくれるでしょう。


 エミールは途中でテランスと出会って道案内をかって出た騎士。

 レントはそのエミールの従者のふりをしていっしょにお城に入ります。


 そのあと、まったくうたがわれていないはずのテランスが侯爵や他の者たちの注意を引いているうちに、エリーレアとレントがカルナリア王女さまのいばしょを見つけて、お助けする……というものです。


「あ、あまりにもすぎて、こわいです。うまくいくでしょうか……」


 レントが、いつものおくびょうさから、ふるえて言い出しました。


「だいじょうぶです。わたくしとあなたがカルナリアさまのところへ向かったということを知っているひとは、このタランドン領にはいないはずですし、テランスさまがわたくしたちとご一緒してくださっていることも、だれも知らないことです。なので、気づかれることはないでしょう。ぎゃくに、気づかれないうちにできるだけのことをやらなければならないのです。気づかれたら、たくさんの騎士や兵士に囲まれて、つかまっておしまいですよ」


「うわあ、こわいなあ。でもそのとおりですよねえ。しかたないなあ。ばれないように、風神ナオラルさまによき風向きをお祈りしましょう」


「お城に入ったら、レント、わたくしよりもあなたの方がやくに立つと思っていますよ。あやしい場所を見つけたり、かくされているところにするりと入りこむのは、あなたはとてもとくいなのですから」


「でもエリーレアさま、王女さまがつかまっているのでしたら、そこには男は近づくことはできないでしょうから、やはりエリーレアさまでなければならないと思います」


「そうかもしれませんし、あなたが見つけるかもしれません。何がどうであってもいいように、心のじゅんびをして、力をあわせましょう」


「はいっ!」


 ですが、じつはエリーレアもまた、胸がひどくどきどきして、こわい思いでいっぱいでした。


(だいじょうぶです、わたくしたちのことは、まだ知られていないのですから……!)


 それをたよりに、エリーレアはふるえそうになる足を軽くひっぱたいて、フードを深くかぶって顔をかくし、テランスの従者のふりをしてその後ろについていくのでした。






        ※






 その、タランドンのお城の中で、侯爵の怒りの声が響きました。


「なんだと。しくじっただと。しかもばれただと。もうわしごのみの女の子を連れてこられないだと。ふざけるな!」


 お城の、いつも侯爵が人と会うためにつかう、のための部屋ではなく、もっと暗い、誰にも見られることのない、ひみつの部屋でした。


 真っ赤になってどなる侯爵の前には、三人の男女がひざまずいています。


 あの、猫背の男と、弓矢の男、そしてむちつかいのギリア。


 この三人は、山賊どもをひきいて女の子をさらっては、ユルのである侯爵のところへこっそり連れていくやくめを果たしておりました。


 そして、この三人は、ただ侯爵のためにはたらいていると言うだけではなく――。


「やくたたずめ! お前たちのようなものをよこしたも、人を見る目がないにもほどがある!」


 そうなのです。この三人は、を起こしたガルディス王子が、先にあちこちの領に入りこんでさわぎを起こさせ、内側からめちゃくちゃにするためにさし向けた、とても悪いのために動いている者たちなのでした。


 猫背の男は、実はある貴族のおやしきをおそって、たくさんの人をころし、火をつけてから、飼われていたを逃がして、犬たちを使って追いこんで、あの山にいすわるようにしていたのです。


 そうすることで、あの山を越えることができなくなった、むほんから逃げる貴族たちをたくさんつかまえることができるはずでした。


 そのもくろみを、エリーレアたちにだいなしにされたのです。


 ほかのふたりも同じような、おそろしい者たちでした。


 むちつかいのギリアは、そのきれいな顔とみりょくてきな体で、女の人を助けようとする心正しい騎士さまをわなにはめて、反乱軍と戦えないようにしてしまうやくめ。


 弓つかいのバンディルは、反乱軍と戦うために山を越えようとする者たちをひそかにころす、あるいはギリアのわなにはまった相手をこれもころすやくめ。


 みな、これまでに何人も何人も、たくさんのひとをころしていました。


 山で猫背の男をとてもあぶないやつだと感じたレントは、本当に正しかったのです。


 しかし今、そのとてもあぶない者たちが、侯爵のところにやってきていました。


「エリーレア・アルーランだと?」


 そう、自分たちのじゃまをしてくれた、にくたらしい女騎士のことを侯爵に告げて、つかまえさせるために。


「エリーレアといえば、カルナリアさまの側仕え、とても仲良しの女騎士、有名なおてんばお嬢さまではないか。わしも見たことがあるぞ。王女さまはまるで姉を見るようなお顔をなされていた。なるほど、そうか、王女さまが助けを求めていたエリーというのは、あのエリーレア・アルーランのことだったのか」


「はい。どうやら、アルーラン領に戻っていたところを、むほんの知らせを受けて、飛び出してきたようなのです」


「勇気はあるが、でもあるな。カルナリアさまが西へ、つまりわしのこの城へ逃げこもうとした、ということを知ってのことか。ということは、ここへ来ようとしているのかな?」


「まちがいなく。でなければまっしぐらに西へ向かうことはしないでしょう。ですからわれわれは、侯爵さまのところに先にきたのです。われわれのもくろみをだいなしにしてくれたあの女どもは、ただ追いかけて、おそって、ころすだけではとても足りない。このお城にはいりこんで、王女さまに近づいて、うまくいったと思いこんだところで、何もかもひっくり返してやりたいのです」


「なるほど。わかるぞ。それはじつにおもしろい。カルナリアさまも、たよりにしているエリーが目の前でとらえられ、仲間ともども首をはねられるところを見れば、あきらめて、わしのものになるのを受け入れるだろう。おお、そうぞうするだけでたまらぬな。よし、じゅんびをととのえよう」



 ……エリーレアは自分たちのことがばれていないと思っているのですが、実はこのように、先回りした三人のせいで、すべて知られて、わなが用意されてしまっていたのでした!


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