第20話 意外なところで意外な相手に会う


「見えました! あれがタランドンのお城です!」


 エリーレアたちの前に、地平線のむこうにそびえる、とても大きなお城の塔がうっすら見えてきました。


 山の関所を出てから、二日がたっています。


 タランドン領は広いので、急いでもそれだけかかってしまうのです。


 関所からここまで案内してくれた騎士エミールが、タランドン城がどれほどりっぱで守りのかたいところなのかをじまんします。


 この二日の間に、彼とは仲良くなっていました。


 エミールはエリーレアの美しさと気高さにすっかりむちゅうになり、テランスの強さとさらに上を求めつづける心にふかく感じいっていました。


 もちろん、カルナリア王女さまの元へ駆けつけたいというエリーレアのねがいは真っ先に伝えてあります。


 なので、ここまで来る間にも彼は、あちこちの村や街で人から話を聞いて、カルナリアさまたちがタランドン領に入っていないか、それらしいお方がいらしたうわさはないかと、聞いてまわってくれていました。


「もうじき日が暮れます。今日はあの街で泊まり、明日の朝はやくに出発すれば、夕方までにタランドンのお城にとうちゃくできるはずです」


「わかりました。色々とありがとうございます」


 この領の騎士であるエミールがいてくれるので、宿や食事もすぐ用意してもらえて、たいへん助かっています。

 エリーレアたちだけだったら、まず宿をさがすところからはじめなければならなかったので、どうしても時間がかかってしまったことでしょう。


 この日も、街に入ってすぐに、宿屋ではなく町長さんの家に案内してもらえて、第四位貴族ということでたいそう歓迎してもらえました。


 エリーレアは、身分を持ち出していい思いをするのは好きではありませんでしたが、カルナリアさまのもとへ駆けつける前につかれてしまうわけにはいきませんので、がまんして、よく休ませてもらいます。


 ごあいさつしようとしてくる町長さんたちには、あちこちを旅していてたくさんのことを知っているテランスと、おもしろおかしく場をもりあげることがうまいレントが相手をしてくれて、とてもたすかりました。


 ぼろぼろさんは――町長さんの家に入るまではいっしょにいたはずなのですが、そのあとどこにいるのかわからなくなってしまいました。

 きのうもそうでした。

 朝になればちゃんと姿を見せますし、とめてもらったところのものを盗んだりかってに食べたりはしていないようなのですが、ほんとうによくわからないひとです。


「えっ!?」


 ですが、この日は、ちがいました。


 エリーレアが休ませてもらった部屋の、窓をたたく音がしました。


 悪いやつが、女の人であるエリーレアをねらってきたのかもしれないと、剣に手をかけしんちょうにようすをうかがうと――。


 窓の外に、ぼろぼろさんがいたのです。


「どうしたのですか?」


 ぼろ布に開いた穴から出てきたきれいな手が、街の方を指さしてから、エリーレアを手招きします。

 それも何度も、急いだ方がいいとばかりに。


 このひとは、正体はわからないままですが、これまで何度もだいじなことを教えてくれました。

 エリーレアはしっかり剣をたずさえ弓矢も持って、外に出ます。


 その姿を見たレントがすぐに続いてきて、テランスはエミールに話をしに行きます。


 エリーレアは、ぼろぼろさんの後について町長さんの家を出ました。


 外は陽が沈んだばかりで、空はまだぎりぎりで赤い色を残しており、街のあちこちでかがり火がたかれて、家に帰る人たちがその光をたよりに歩いています。


 そんな中で、ふつうではない気配がしました。

 、いえ誰かが暴れているわけではありませんが、それよりももっとこわい、ただならぬ感じがします。


 町長さんの家のすぐ近くの、この街の騎士たちのしょです。

 案内してくれたエミールも、さいしょにそこに顔をだしあいさつしたので、エリーレアもそこにいる人たちの顔は知っていました。


「何がおきたのですか?」


「あっ、これは、アルーラン家のお嬢さま!」


 騎士たちはけいれいしてくれます。


「はい、つい先ほど、こちらへ逃げてきたを、追いかけてきたとなり街の騎士といっしょに、つかまえたところなのです! とても強いやつで、数人がかりでやっとつかまえて、しばりあげて、連れてきました。あぶないです、ちかよってはいけません」


 確かに、しょの奥の方から、けもののうなりのような声と、大きなものがしきりにうごめき、もがく物音がしていました。


「まあ、それは、大変でしたね。ごくろうさまでした」


 エリーレアはここではいちばんえらい貴族なので、ある程度はえらそうにしなければなりません。

 おたずね者がつかまったというのならそれでいいと、町長さんの家にもどって休もうと考えました。


!」


 そこへ、レントの声が飛びました。


 美しい女の人で剣士で身分も高くとにかく注目されるエリーレアのかげで、こっそりしょの中に入りこんで、つかまえられた者の顔を見に行ったのです。


 その途端に、エリーレアでも聞いたことがないほど、つよくてするどい声をあげたのでした。


「隊長どの! この者はおたずね者であるとのことですが、は!? どのような罪でつかまえられたのですか!?」


「お、おう!?」


 レントにすごいけんまくでつめよられた隊長は、追いかけてきたというとなり街の騎士に困り顔を向けて、その騎士が言いました。


「うちの街にまわってきた手配書によると……第四王女、の騎士を名乗る、盗賊の一味であり、むほんに乗じてタランドン領へ入りこんできた者たちゆえ、ぜったいに逃がしてはならないと……」


「なんですって!?」


 今度はエリーレアが声をあげました。


「その人の顔を見せてください!」


 テランスほどではありませんが、とても大きくてたくましい体つきをしている男の人でした。


 武器もよろいも全部はぎとられて、さんざんに殴られたりたたかれたりした、ひどい姿ですが――その顔を見るなり、エリーレアの目は真ん丸になって。


 相手もまた、目も口もいっぱいに開いて、ものすごく驚きました。


「ユーグ! 騎士ユーグではありませんか!」


 口にかませられていた縄ごと、相手もモガモガ叫びます。


「この方は、ユーグ・ファスタル・アルーラン! 盗賊どころか、わたくしエリーレア・アルーランの遠いで、第六位貴族、本物の、第四王女カルナリアさま付きの親衛しんえい騎士ですよ! すぐこのなわをほどきなさい!」


 騎士たちはびっくりぎょうてんしましたが――すぐに、しんけんな顔になって言いました。


「いえ、たいへんもうしわけないのですが、我々はタランドン領の騎士であります。第四位貴族の方であっても、ちがう領の方の言うことをきいて、上からの命令にさからうわけにはいきません」


 その場の全員が、姿勢をただし、両手をうしろに回したうえで真横に並んで、つかまえた者を勝手ににがすようなことはさせないと、自分たちの体でを作りました。

 エリーレアに手を出すつもりはないけれども、言うことをきくつもりもない、たたいたり切ったりするならお好きにどうぞ、というのたいどです。


 エリーレアもレントもいっしゅん、剣を抜きかねないほどおこりましたが――気持ちを落ちつけました。


「わかりました。ここはタランドン領ですから、あなたたちが正しいですね。仕方ありません。いえ、あなたたちはとてもりっぱです」


 身分が上の貴族が相手でも、すじみちを曲げることはせず、たとえ一方的におこられ、切りつけられることになろうとも、自分たちの役目をはたそうとするタランドンの騎士たち。

 ここはこういう人たちが守っている、とてもしっかりした領なのでした。


「それなら、ときはなてとは言いませんが、せめて口のなわをほどいて、話せるようにしてはいただけませんか?」


「それくらいならば……」


 口を自由にしてもらえた騎士ユーグに、エリーレアは水をもらって、飲ませてあげました。


「本当に、エリーレアさまなのですね……!?」


「ええ、アルーラン領に戻っていた時に、このレントがのことを知らせてきて、カルナリアさまが心配で、すぐ西へ向かって、ここまで来たのです」


 逃げ出す時までカルナリア王女さまといっしょにいて、途中から別行動をとったレントのことも、騎士ユーグはもちろん知っていました。


「おお、レントどの……あなたが、エリーレアさまに伝えてくださったのですね……なんというめぐりあわせだ」


「ユーグどの。他の方々は!?」


「われわれは、からかろうじて逃れて、タランドン侯爵さまを頼って西へ急いだ……だが、反乱軍のやつらが追いかけてきて……追いつかれそうになって、途中で何人かずつ、後に残って、足止めして……戦いの音は聞こえたが、どうなったかはわからない……三十二人いたわれわれ親衛しんえい騎士は、タランドンについた時には、八人になっていた……」


「なんてこと……」


 エリーレアもレントも、ひとりひとりをよく知っている騎士たちを思って、うなだれました。


「カルナリアさまは!? ご無事なのですか!?」


 そしてエリーレアは、いちばん知りたいことをたずねます。


「はい、カルナリアさまはご無事で、どうにかタランドン領とのさかいの川を越えたのですが……そこで、が起きたことを利用して入りこむが出ているからと、ほんものかどうか調べるということで、ある小屋に押しこめられまして……ガイアス団長と、カルナリアさまだけが外に呼ばれ……それきり、戻ってこなかったのです……」


「な……!」


「そしてとつぜん、われわれはにせものだ、盗賊がばけているのだと決めつけられ、捕まえられて……私はあばれて、のがれたのですが、他のものがどうなったのかはわかりません……あとは、道もわからないまま、ひたすら逃げて、何とかタランドンのお城へと思ったのですが、ここでつかまってしまい……このように……」


「そうでしたか……ありがとうございます。今のわたくしには、あなたをしゃくほうさせることはできませんが――かならず、カルナリアさまのもとにたどりつき、あなたのことも解放させます」


 エリーレアは騎士たちの隊長に言いました。


「聞いた通りです。ほんとうにこの人はカルナリア王女さまをお守りする親衛しんえい騎士のひとりで、都から逃れてどうにかここにたどりついたのです。それがどうしておたずね者にされてしまっているのかはわかりませんが、事情がはっきりするまで、ひどいことはしないようにお願いいたします」


「わかりました。捕らえるときにおけがをさせてしまったことはおわびいたします。また、なわをほどくわけにはいきませんが、貴族のかたとして、ていねいにあつかうことをおやくそくいたします」


 それ以上のことをのぞむのは、今はむりでした。


「本当に、どうして、おたずね者などに……領に入ってすぐ、本物の王女さまがいらしたのだと、侯爵さまに伝えられたはずでしょうに……侯爵さまは、なぜ、おうたがいになり、捕らえる命令などを……」


 エリーレアが考えこみ、他の騎士たちもふしぎそうにする中で。


「あ」


 と、小さな声があがりました。


 あとからやってきたテランスと、騎士エミール。


 今の声は、エミールがもらしたものでした。


「どうしたのですか?」


「い、いえ……」


 顔色をわるくして首を振ります。


 これはなにか知っているなと、エリーレアはこわい顔をして近づいていきました。カルナリアさまのことなのですから、どんなものでも、手がかりを見つけなければなりません。


 とちゅうからではありますが、大体の話はわかったらしいテランスも、エミールのうしろに立って、肩に手を置き、にがさないようにします。


「え、いや、ちがいます、私は、なにも知りません!」


「まだなにもきいていませんよ? ……なにか知っているのですね?」


「いえ! なにも! まったく!」


 エミールは、仲間たちもおどろくほどに、あわてふためき、ひどい汗をかいて、しきりに首を振りたくりました。


 エリーレアたちの眉が寄り、みなこわい顔になります。

 ぜったいに何かあります。聞き出さなければなりません。


 ですが、そこを、トントンとつつかれました。


 ぼろぼろさんです。


「うわっ!? 何だそいつは!?」


 おどろく騎士たちは放っておいて、エリーレアはぼろぼろさんに向きました。

 このひとが動くときは、かならずなにかがあるのです。


「今度はどうしたのですか?」


 ぼろ布の中から、きれいな手が出てきて、手の平を上に向けました。


 なにか出してきたのかと思いましたが、ちがうようです。


「……同じようにしろ、ということでは?」


 レントが言って、自分の手の平をぼろぼろさんと同じように上に向けて、さしだしました。


 ぼろぼろさんが、そちらにスイッと動いて、レントの手をきれいな手で握ると――。


「あひゃっ!?」


 レントの手の平に、指で、字をかいたのでした。


「ひゃっ、くすぐったいっ、ひっ、かんべんっ!」


 やられてみるとわかりますが、だれかに手の平をいじられるのは、とてもとても、くすぐったいものです。


 それでもぼろぼろさんはレントの手をはなさず――レントも、もだえながらも、がまんして……。


「…………あ。なるほど。そういうことか」


 レントはすぐ、エリーレアとテランス、そしてテランスにつかまえられているエミールをして、他の騎士たちに聞こえないように背中を向けかがみこませました。


 そしてとても小さな声で言ってきます。


「いえない。はじ。ぼろぼろさんはそう書いてきたのです。つまり、口には出せない――他の人たちに聞かせることができない、この領とか街とかのはじになることなのですね?」


「うう……」


 エミールはうめきましたが、ひみつはかならず守りますとエリーレアがやくそくすると、しました。


「実は……関所の、女の子を買い取っていたやつが……前に、言っていたのです……われわれの主君であるタランドン侯爵さまは……実は、ユルのらしいぞ、と……」


「!」


 

 それは、自分はおとななのに、おとなの女の人ではなく、まだおさない子供が大好きな、とても困った、良くないしゅみの人のことです。


 エミールが口に出せなかったのもしかたのないことでした。

 自分たちのお殿さまの悪口、自分が住む領の恥をさらすことになるのですから……。


「………………」


 その一方で、エリーレアもまた、相手にまけずに血の気をなくした、ひどい顔色になってゆきました。


 タランドン侯爵さまが、ユルのであるのなら。


 カルナリア王女さまという、とびきりきれいな、そしてが起きてたよる相手もいない、ユルのにとって最高のが、自分のところに逃げてきたのなら……いったい、どのようなまねをしでかすか……!


 いえ、王女さまの親衛騎士たちをひきはなし、つかまえたことで、侯爵のねらいはあきらかでした。


「姫さまが、あぶない!」


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