第14話 レント、色香に惑わされ罠にはまる
「ああっ……!」
あまりのことに声も出せないエリーレアでしたが。
その目の前で、くしざしにされたぼろぼろさんが、動きました。
苦しそう、あるいは赤いものがあふれてくるというようなことはいっさいなく。
ひら、ひらと、ぼろ布を持ち上げ、動かしました。
「だいじょうぶ……と、言いたいみたいです」
ギリアを見ないようにしているレントが、ぼろぼろさんのその動きを読みとってくれました。
「どうやら、あのぼろ布に穴があいただけで、体にはあたっていないようです。ギリアさんと同じく」
「そうですか、よかった」
エリーレアは胸をなでおろしました。
ぼろぼろさんが、ゆっくりと前に出てきます。
ぼろ布に刺さっている矢が、飲みこまれてゆきます。
放たれた矢は、岩に突き刺さっていました。
おそろしい
体に当たったら、命はなかったでしょう。
「ご無事なのですね!?」
エリーレアが泣きそうな声をかけると、ぼろぼろさんはうなずいて――。
ぼろ布の、穴の開いたところから、人の指が――手が出てきました。
しなやかで長い、女の人の手でした。
思っていたよりもずっときれいな。
「ああそうか、
レントがその手に見とれた後、うなずきながら言いました。
「どういうことですか?」
「この布には呪いがかかっていますよね。めくろうとすると、こちらがすごくいやな感じにおそわれる。棒でめくろうとしたり、短剣で切ろうとしても、やっぱりいやな感じにおそわれてしまう。外してあげようという気持ちに、呪いが向かってくるのです。でも遠くから撃った矢なら、それも外してあげようなんてぜんぜん考えていない相手のものですから、呪いがはたらかないのです」
「ああ、それで……もしかしてぼろぼろさん、あなたは、それをねらって飛び出したのですか?」
出てきた手が、そうですというしるしを作りました。
声を出せない呪いの方はまだそのままのようです。
さらにぼろぼろさんは、ずり、ずりとぼろ布を動かして、前と後ろにあいた穴が、右と左にくるようにして、そこから両手を出しました。
それでやっと色々なことができるようになったようですが、どちらの手もとてもきれいだったので、何ともおかしな感じでした。
「無事か、みんな」
テランスが、弓矢をかまえてまわりをけいかいしながら、近づいてきました。
「相手は逃げたようだが、ゆだんしてはいけない。場所を変えて、ちがう方向からねらってくるかもしれない。はやくこの場をはなれた方がいいだろう」
「その通りですね。ではギリアさん、安全なところまでわたくしたちがお守りしますので、ふもとへ――」
「いいえ、お気持ちはたいへんうれしいのですが」
ギリアは、きっぱりと言いました。
「すぐそこに、探していたものがあるのです。それを見つけたところで、弓矢でおそわれたのです。はるばるここまで、母のためにやってきたのですから、それをとらなければ、戻るわけにはいきません。お願いします、それをとってくるまで、守っていただけないでしょうか?」
「困りましたね。あんなおそろしい弓つかいにねらわれながらというのは、とても危ないです」
「その通り。先ほどまでは、ギリア嬢、あなたというおとりに近づく相手をねらってきたので、かくれ場所を見つけることができたが、そうではなくなると、いつ、どこからこうげきされるかわからない。それはとても危ないことだ」
テランスも、むずかしい顔でうなりました。
「そこを、どうにか、助けていただけませんでしょうか?」
悲しい顔で、ギリアはうったえてきました。
「レントさま、どうか、どうか……!」
泣きそうなひとみをきらきらさせて、ほとんどはだかになってしまっている体をぐいぐい近づけて、レントにおねがいしてきます。
「いやあ、その、エリーレアさま、テランスさま、すぐそこだというのなら、いそいで、パッと、取ってくるのはどうでしょうか……」
だらしない顔をしてレントは言い出しました。
「せっかく、遠い国からわざわざ来たのですから……その気持ちは、私にもよくわかりますし……人助けも、大切なことだと思いますし……あぶないことは私がやりますから、行きませんか?」
「まあ、レントさま、ありがとうございます!」
ギリアがレントの手をとり、きれいな顔をよろこびでいっぱいにして、するとレントは真っ赤になって、こちらももうとてもうれしそうにしました。
「おまかせください。美しいひとのためにはたらくのは、男のつとめというものです」
聞いたことのないえらそうな声、見たことのないキリッとした顔でギリアに言いました。
「あきれた」
「やれやれ」
エリーレアとテランスはそれぞれ困った顔をしました。
でも確かに、お母さまのために遠くまで来た人のねがいを、危ないからとことわってしまうのは、いい気持ちはしません。
エリーレアも、カルナリア姫さまをお守りしようとこうして西へ向かっているのですから、誰かのために遠いところまでやってきたその気持ちはとてもよくわかります。
「仕方ありませんね。他の山賊たちがやってこないうちに、急いで取ってくることにしましょう」
「ギリア嬢、めあてのものは、どこにあるのですか?」
レントが、キリッとした顔のままギリアにたずねました。
「あちらです。見つからないように、木のかげをつたって行きましょう」
呼び止めるよりも先にふたりが行ってしまったので、エリーレアとテランスはさらに困りました。
「仕方ありませんね。ぼろぼろさん、もうしわけないのですが、馬をお願いできますか?」
どこから山賊の弓が
ぼろぼろさんは、ぼろ布からとてもきれいな手だけが出ているふしぎな姿で、三頭の馬をまとめて連れてきてくれました。
「あれです。あの木の、根っこのところに、白いものがあるのが見えますか」
思っていたよりもずっとはやく、それこそけもののようにびんしょうに動くギリアが、止まって、レントに言いました。
「あ、はい、ええ、ああ」
レントは、先をいくギリアについていくのがやっとで、しかもギリアの、ちゃんとした男の人なら見てはいけないところがたくさん見えてしまうので、とにかくまともに前を見ることができず、何度も木に顔をぶつけたり転んだりして、さんざんなことになっていました。
「あれですね、あの、きらきらした」
右、左、そして奥と、三方を大きな木に囲まれた、くぼみのようになっている場所でした。
たくさんの落ち葉が積み重なっているその向こう、奥の木の根もとに、そこだけ光っているような、真っ白なものがありました。
「あれは、この山にだけ生える、とくべつなコケなのだそうです。あれが、母のやまいに効くのです。あれを取ることさえできれば、すぐにここから逃げ出して、山をおりてゆきます」
「ふうむ。まわりを木に囲まれて、弓つかいにねらわれにくい場所ではありますが」
「だからこそでしょう、あれを見つけた、このあたりで、矢を射かけられたのです。あそこに入りこまれるとまずいのでしょう」
「なるほど」
レントはうなずき、後から追いついてきたエリーレアとテランスにもその話をつたえました。
「たしかに、入ってしまえば、身をかくす木の根もたくさん盛り上がっているし、弓つかいひとりだけではやりづらい場所ですね」
「ではギリア嬢、あなたはここで、エリーレアさまとテランスさまに守ってもらっていてください。この私が、すばやくあそこへ駆けこんで、風のようにまいもどってまいります」
どこまでもかっこうつけて、レントはギリアに言いました。
「いえ、これは私のやるべきことですから、私が」
「いえいえ、私が。女のひとを危ない目にあわせるわけにはまいりません」
先ほどもエリーレアに同じようなことを言ったのですが、ふんいきが全然ちがいました。
「さあ、行ってきますよ。見ていてください、お美しい方!」
レントは、ギリアに力強くいうと、言葉とはぎゃくに、できるだけ体を小さくして、ネズミのように地面をはって走り出しました。
作戦をうちあわせることもしないでいきなりそうされたので、エリーレアとテランスはあわてて左右に目を向けます。
ゴウッ!
また、あのおそろしい矢の音がしました。
「うひゃあああっ!?」
いちおうは右に左にちょろちょろ動いてねらいをつけにくくしていたはずの、レントのすぐ近くに矢がつきささりました。
「痛ぁぁぁぁっ!」
足をかすめたようです、レントは悲鳴をあげてころがりました。
「レントさま!」
ギリアが飛び出してしまいました!
レントにおおいかぶさって、わずかな布がはだけてしまうのも気にせずに、かかえおこして、安全な場所へ逃げこもうとします。
すなわち、白いコケの生えているところ、三方向を木に囲まれている場所です。
「そこか!」
テランスが矢の放たれた場所のけんとうをつけて、矢を放ちます。
するとこんどは、エリーレアとテランスがいるところに、すごい音をさせながら矢が飛んできて。
ベキッ!
たてにしていた木のみきをつらぬいて、するどいやじりが、エリーレアの顔のすぐ近くに突き出してぶるぶる震えました。
「まずい! ここの木ではたてにならないぞ!」
エリーレアもうなずきました。
つらぬかれたのは、まわりにある中では一番太い木だったのです。このままではやられてしまいます。あの白いコケのある、とても大きな木のかげしか、安全なところはありません。
「あなたは逃げてください!」
後ろのぼろぼろさんに言っておきます。馬を三頭も引いているので、いっしょに来ても隠れられません。先ほどの岩のところに戻ってもらう方がいいでしょう。
エリーレアとテランスは飛び出して、とちゅうでまた恐ろしい矢におそわれましたが、さいわい当たることはなく。
「こちらへ!」
てまねきするギリアのところへ転がりこみました。
「ふう、たすかった」
「このあと、どうするかですね」
レントの傷をみながらエリーレアは言いました。
「あのコケを……!」
ギリアが奥へ進み、白くきらきらしたかたまりに手をのばしました。
そのとき、エリーレアはとつぜん、とてもいやな感じをおぼえました。
あの矢が飛んでくるのでしょうか。
いいえ!
とつぜん、地面がなくなりました。
「うわあああっ!?」
レントやテランスが叫びます。
エリーレアも心臓が止まったような心地になります。
落ちていきます!
どしん!
つめたい土の上に落ちました。
まっくらです。
上から、枯れ葉がどさどさ降ってきます。
上のほうだけが、明るくなっています。
木でできたふたが見えました。
おとしあなです!
「ははは、引っかかったね!」
あなのふちから、ギリアがのぞきこんできました。
その顔つきは、さきほどまでのかわいそうな女の人とはまるでちがう、とても悪いものでした。
「ギリアさん!?」
「エリーレアっていったかい。あんたみたいな女がいるからめんどうかなと思ってたけど、ばかな男がいてくれてたすかったよ!」
「う、うらぎったのですか!?」
レントがあわてて叫びます。
「うらぎるもなにも、あたしはさいしょから、あんたらの言う山賊のひとりなんだよ。だまされたお前がわるい」
ニヤニヤ笑うギリアの横から、もうひとつ、男の顔がのぞきました。
大きな弓を持っていました。
この男が、おそろしい矢を放ってきた相手にちがいありません。
「お前たちをころすのはかんたんだ」
低い声でいい、弓を向けてきます。そのとおり、かくれる場所のないこの穴の中では、かんたんに矢でころされてしまいます!
「だが、まだころさない」
男の横からもうひとつ頭が――ひとのものではなく。
「バウッ!」
前にも聞いた、犬のほえ声がしました。
「こいつが知らせてきてな。お前ら、俺たちの仲間をひどい目にあわせたんだって? そいつが、お前らは自分がころすから、それまでつかまえておけって伝えてきたのだ」
「あしのはやい犬を先に走らせて、自分もこっちへ急いでいるだろうから、明日には来るさ! そうすればお前ら、みなごろしだよ! あはははは!」
ざんこくなことを言いながら、ギリアは楽しそうに笑うのでした。
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