第13話 異国の美女を助けて弓矢を撃ち合う


 細くけわしい山道をいそいで登ってゆくと、たいらでひらけた、ひとやすみするにはよさそうな場所に出ました。


 木はまばらにしか生えていなくて、日光がたっぷりさしこんでいます。


 ちょっとした広場のようなその場所の、ある木の根元に、女のひとが座りこんでいました。


 いえ、ちがいます。座っているのではありません。


射抜いぬかれているのか……!?」


 女のひとの頭の上に、水平に、棒が突き出ています。


 枝ではありません。

 矢です。

 弓で放たれた、太い矢が、つきささっているのです。


 それが女のひとの、体には当たりませんでしたが、服をつらぬいて、うしろの木にとつきささっているために、女のひとは動けなくなってしまっているのでした。


「お助けくださいまし……どうか……」


 その女のひとは、エリーレアたちに気づいて、弱々しい声で言ってきました。


(ちがう国の人だわ!)


 エリーレアは口には出さずに驚きました。


 肌の色が、自分たちとちがうのです。

 たっぷり日焼けしてそうなるよりもさらに濃い色をしています。

 ずっと南の方の国のひとです。


 着ている服や、身につけているものも、自分たちカラントのものとずいぶんちがいます。


 服をかれて、外そうとしたりもがいたりしたせいでしょうか、あちこちて、とてもかわいそうな姿になってしまっています。


「ね、あんなきれいなひとが、大変でしょう!? 助けてあげなければ!」


 フムン、と鼻息も荒くレントが言いました。


 あきれましたが、それはそれとして、助けてあげなければならないのはそのとおりです。

 エリーレアは駆けよろうとして――。


「あぶない!」


 テランスにかばわれました。


 テランスは左腕に、小さいですが丸くかたい盾をつけています。

 それがはげしい音を立て、火花がちって、何かが宙にとびました。


 とっさに地面にふせた、その後からそれが落ちてきました。


 矢でした。

 普通のものよりずっと太くて長い、おそろしいもの。


 すごいいきおいで飛んできて、自分たちをころそうとしてきたのです。


「ねらわれている! みんな、あの岩のかげへ!」


 エリーレアとレント、ぼろぼろさんも、馬をひっぱり大きな岩のかげにころがりこんで、体を小さくしました。


「強く、うまいやつだ。すごい威力だ。ふせいだ腕が、折れてもおかしくなかった。ひどくしびれている」


 テランスの左手がぶるぶる震えていました。


「娘さんをさらわれたあの方たちも言っていましたね。護衛ごえいの者が、弓矢でころされてしまったと」


「まちがいない、こいつのしわざだ。その娘さんを、いやあちこちで女の子をさらっているのは、こいつらだ」


「だいじょうぶですか、みなさん」


 岩の向こうから、異国の女性が心配そうに声をかけてくれます。


「はい、けがはありません」


 男のひとの声ではこわがらせてしまうかと思って、エリーレアが答えました。


「よかった。私は、母のを治す草がこの山にあると聞いて、南からやってきたのです。ところが遠くからすごい矢を撃たれて、このように動けなくされてしまいました。私をたすけようと、ついてきた者たちががんばってくれたのですが、ひとり、またひとりと射られて、みんなころされてしまって……ああ……!」


「山賊め。きれいなひとをにして、助けにきた人たちを狙うとは、なんてきたない手をつかうやつなんだ」


 レントがはげしくおこります。


「しかし、今の話からすると、相手はひとりだけのようですね」


 エリーレアはテランスと相談しました。


「仲間が他にもいるならめんどうだったのですが、どうもそうではなさそうです。どう思われますか、テランス様?」


「ほとんどの山賊は、先ほどわかれた、あのおおぜいいる方を狙って、そちらに行ったのかもしれませんな。そいつらが戻ってくるまで、われわれをここににしておくつもりでしょう。それならひとりだけでじゅうぶんです」


「では、急いで助けてあげないと。あんな恐ろしい弓つかいに狙われ、顔も出せないでいるこんなところに、山賊たちがぞろぞろやってきたら、どうすることもできずにつかまっておしまいです」


「そのとおりです」


 テランスは、自分の弓を手にしました。


「私が返してやれば、向こうも隠れなければならなくなって、あのひとを助けるすきを作ることができるでしょう。ただ、相手がどこにいるのかを見つけなければ」


「ここはみはらしがよく、相手は暗いところに隠れているのですものね。狙いほうだいです。さて……」


 エリーレアも自分の弓を手にしつつ、どうしようかと考えました。


「ぼろぼろさん、ひとつお願いできますか」


 エリーレアは、自分のマントを外して、丸めて、フードをかぶった人のあたまのように見せかけると、それを自分の剣の先につけました。


「これを、ようすを見ようと顔をのぞかせた感じに、岩から突き出させてください。相手がそれを狙っててきた場所を、わたくしたち三人で見つけます。そこにテランス様が射返して、そのすきに、わたくしとレントが右と左からべつべつに走って、あのひとを助けにいきましょう。相手はひとりなのですから、もしすぐ次の矢をはなってきたとしても、どちらかひとりはあのひとを助けることができるはずです」


「ひ、ひぇぇ……」


 自分がやられるかもしれないと聞かされたレントは、おびえる声をあげましたが――。


 ぐっ、とあごを引き顔をひきしめました。


「いえ、いけません。エリーレアさまをあぶない目にあわせるわけには。ねらわれるなら私です」


 しんけんな顔で、言いました。


「その『顔』を出すのと一緒に私が飛び出します。『顔』か私か、どちらを狙うかで迷うでしょう。迷ってた矢などあたるものですか。それで相手の居場所いばしょがわかります。あとはお願いいたします」


「そんな! いけません、あなたをおとりにするなどと!」


「いえ、カルナリア姫さまは、あなたが傷ついてしまったら、とても悲しく思われることでしょう。姫さまにお仕えする者として、そんなお顔をさせるわけにはいきません」


 こわがりながらも、レントは笑ってみせました。


「ここを無事にきりぬけて、姫さまの元へ駆けつけるのが、エリーレアさまのお役目です。それ以外のあぶないことは、この私におまかせください」


「でも……」


 エリーレアはどうしても、誰かをあぶない目にあわせて自分は安全な場所にいるということを受け入れられません。


 すると、エリーレアの肩を、ぼろぼろさんがポンポンと叩きました。


「どうしました?」


 ぼろ布の表面が盛り上がって、どうやらテランスの方をさしている様子です。


「テランスさまのように、弓矢のじゅんびを……ということではないですかね」


 ぼろぼろさんの言いたいことを読みとるのがうまいレントが教えてくれました。


「時間をかけてはいられないのはその通りですね。わかりました。ではとにかく、そのにせの『顔』を出して、相手のいばしょを見つけましょう。どうするかはその後で」


 エリーレアとレントとテランス、それぞれが岩の別々なところからようすをうかがい、相手を見つけるじゅんびをしました。


 そしてぼろぼろさんが、岩の真上に、にゅっと『顔』を突き出させます。


 ビュッ!

 すぐにするどい音がして、『顔』を太い矢がつらぬきました!


 今です、相手の場所を見つけるのです――と、三人が目をこらした時でした。


 ふわっと、風が舞うような音と気配がして。


 ぼろぼろさんが、岩の真上に飛び上がっていました。


「えっ!?」


 そのまま、すぐ反対側へ降りてしまって。


 ビュゴォッ!

 もっとすごい音がして、岩が震えるほどのいきおいで、矢がうちこまれてきました!


 あっという間でした。

 ふつうの射手いては、最初の矢を射たら、次の矢をとりだし、つがえてから射るという手間をかけるのですが、この相手はさいしょから次の矢を持ったまま射てきて、すぐに次の矢を放つことができたのでした。

 エリーレアの計画どおりにしていたら、つくりものの『顔』を射られたからとゆだんしてほんものの顔を出した三人の誰かが、射抜かれてしまっていたかもしれませんでした!


「そこだっ!」


 テランスが身を乗り出し、矢を放ちました。


 こちらもものすごい音を立てて飛んでいきました。


 エリーレアも、ぼろぼろさんの動きにおどろきはしたのですが、自分のやるべきことを忘れはしません。心配ですが今はそれよりも!


 テランスの矢が飛んでいった先で、目には見えませんが、何かが動き、あわてる気配がしました。


 エリーレアは、テランスのように強い矢を放つことはできませんが、正確に射ることなら負けません。


 木立の向こう側に隠れている、相手の気配に向けて……。


 ひょうっ!

 高い音を立てて、エリーレアの矢は飛んでゆきました。


 狩りのときのように、えものに当たったという感じはしませんでしたが、相手が動いて、逃げ出したような気配を感じました。すごく近いところに届いたようです。


「レント! あのひとを!」

「はいっ!」


 すぐにレントが、身をひくくして、ただでさえ小柄な体をさらに小さくして、地面をはうネズミのように、異国の女のひとのところへ走っていきました。


「そこだああ! 見つけたぞおおおお!」


 レントを狙わせまいと、テランスが大きな声をあげながら、ぎりぎりと次の矢をつがえて弓を引き、あまり狙いはつけずにすぐ放ちました。


 お返しのように、向こうからも矢が飛んできましたが、これもあわてているのか、先のものとは全然ちがって、岩のずっと上を通りすぎていっただけでした。


「これは、いけません! エリーレアさま、助けてください!」


 レントがあせった声で呼んできて、エリーレアはテランスにをまかせて、身をひくくして走りだしました。


「すみません、こうするしか、はやく助ける方法がなくって!」


 異国のひとを助けるために、レントは服をやぶいて引っぱったのですが。


 そのせいで、相手のひとは、ほとんどはだかになってしまっていたのでした。


 確かにこれは、レントに見せてはいけない姿です。


 エリーレアは自分の上着を脱いで女のひとにかけて、急いで木のかげに連れこみました。そこなら弓矢には当たりません。


「ああ、たすかりました。ありがとうございます。私は、ギリアと申します」


 異国の女のひとはそう名乗りました。


「おけががなくて何よりです。おともの人たちは残念でした。わたくしはエリーレアと申します。この者はレント、あちらの方は騎士テランス様と、もうひとり――っ!」


 エリーレアは、ぎゅっと心臓が締めつけられたようになりました。


 ぼろぼろさんが――あのぼろ布が、身を隠していた岩のこちら側で、太い矢ににされていたのでした!


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