第11話 みんなで猫背の男をやっつける


 猫背の男は、エリーレアたちがいなくなったことで安心して、道をふさがれて困っている人たちに向きなおりました。


「さあ、おまえら、通りたければ金を出せ。かってに通ろうとするなら、おれの犬たちがしないぞ」


 とおせんぼされた人たちは、とても腹を立てたのですが、猫背の男が岩の上にいて手も何もとどかず、石でも投げてやろうとしたらすぐ犬がこわいうなりを上げるので、何もできずにおびえるばかりでした。


 そこへ、地響きがせまってきました。


 馬の走る音です。


 道の上から!


「どけええい、犬ども!」


 雷のようなすごい声をあげて、テランスが馬で駆け下りてきます!


 犬たちは、犬としては大きくて強いのですが、一体になった人と馬の大きさ、重さにはとてもかないません。


 ふみつぶされ、あるいははね飛ばされる前に、横に逃げて道をあけました。


「そうれっ!」


 突っこんできたテランスは、かけ声をあげて、何かを高々と放りなげました。


「うひぃぃぃぃっ!」


 レントでした!


 小柄とはいえ人間ひとりをかるがると投げるテランスの力はとんでもないものです。


 馬の勢いも合わせて、高く、たかぁく飛んだレントは、岩の上の猫背の男、そのもっと上を飛び越えてゆきました。


 そしてそのとき、バッと、いっぱいのなわを、ばらまいたのです!


「うわああっ!?」


 猫背の男はびっくりしました。

 いきなり、たくさんのが落ちてきたように見えたのです。


 その手が動きました。

 ヒュンヒュンときみょうな音がしました。


 落ちてくるなわが、まだ空中にあるうちに、スパッ、スパッと切りさかれていきました!


 目に見えない、いえとても細い糸のようなものをふり回したのです。

 縄がそれで次々と切られたのです。


 何も知らないままこの男とあらそっていたら、気がつかないうちにこれを巻きつけられて、チーズを切るように首を切り落とされていたかもしれません。とても危ない相手なのでした。


 エリーレアはそれを見てから、飛びました。


 テランスの後ろから、同じように馬で駆け下りてきていたのです。


 いつものようにくらにまたがるのではなく、両足そろえてくらの上にしゃがみこむ、曲芸のような乗り方をしていました。


 そして、レントが投げられて縄がばらまかれたそのしゅんかんに、自分も岩の上めがけて飛んだのです。


 猫背の男は、上からふってくる縄に気をとられ、こわい武器をそっちに向けていました。


「たあああああっ!」


 そこにエリーレアが、横から飛びつきました。


「なにぃっ!?」


 いたい目にあわせよう、というつもりではないので、殺気がなく、猫背の男は気がつくのが遅れました。


 エリーレアは、落ちてくるなわを、男の体にぐるぐる巻きつけました。


「なっ! おいっ! ふざけんな! この!」


 男は暴れて、まだ動かせる片手で服の中から短剣を抜きました!


 ……ですが、その腕もまた、別な方向からなわを巻かれ引っ張られて、短剣が音を立てて岩の上に落ちて、さらに下へ転がり落ちていきました。


「たすかりました! ありがとう、ぼろぼろさん!」


 エリーレアのさらに反対側から、ぼろぼろさんも岩に上がってきていたのです。


 二人がかりで、猫背の男をしばりあげます。


 気のせいでしょうか、ぼろぼろさんの手つきが、かなりでした。もしかすると親子のことでおこっているのかもしれません。


「てめえら! もがっ!」


 腕も足もぐるぐるに縄を巻かれ、いもむしのようになった男は、口にも縄をかませられて、うめくしかできなくなりました。声で犬をあやつるかもしれなかったので、そうしておかないとあぶないのです。


「お見事です」


 馬をみごとにあやつって勢いを止め、戻ってきたテランスが、いもむし男を受け取り、地面へおろしました。


「思っていたよりもずっと、あぶないやつでしたな」


「うまくいきました。レントが縄をたくさん持ってきてくれたおかげです」


 そのレントは、テランスに投げられて空を飛んだあと、茂みにおっこちて、髪から服から草の葉まみれにしてよろよろと出てきました。


 そしてぼろぼろさんが、岩からすべりおりて回りこみ、主の危機にグルルと激しくうなっている犬たちの首に、ひょい、ひょいと縄を巻きつけて、木につないでしまいました。


 ほんとうにこの謎のひとは、けものには、人間だと思われていないようです。エリーレアにもテランスとその馬にもレントにも恐ろしげにうなる犬たちが、ぼろぼろさんには何もうならずに縄を巻かれてゆきました。


 そのようすを見たいもむし男が、おどろき、何か言いましたが、エリーレアは無視して、足止めされていた人たちを呼びました。


「みなさん、ここはもう通れるようになりました。この男は、ふもとへ連れていって、本当に領主さまから関所をつくるゆるしをもらっているのかどうか、確かめてください」


「わかった」と、登ってきた人のひとりが言いました。


「うそつきだったら、ろうやに入れる。でももし、本当だったら?」


「そのときは、わたくしがあやまりますので、追いかけてきてください。逃げもかくれもいたしません」


 そしてエリーレアは、しばられているいもむし男に聞こえないように、目の前の人にだけ名前をしっかりおしえました。


「は、ははあっ!」


 相手は、エリーレアが第四位貴族、アルーラン家のお嬢さまだと知って、その場でひれふしそうになります。


 アルーランはここのすぐ隣の領ですから、街から街へ行き来しているような人はみんな知っているのです。


「誰にも言ってはいけませんよ。特にあのしばられている者には。わたくしたちは、ひみつの旅をしているのですから」


「わかりました! おまかせください! あんなやつが、ほんとうに関所をつくるおゆるしをいただいているわけがありません! 二度とこんなばかなまねができないように、しっかりろうやに入れてやります!」


 犬たちは、かわいそうですがつないだままにしておいて、食べられるところにあの肉をいくつか置いておきました。

 飼い主が正しいことをしていればされ戻ってくるでしょうし、飼い主がろうやに入れられたなら、街の人たちがそれぞれ脚をしばってふもとへ下ろし、どうするのか決めるでしょう。


「では、あとはおまかせします。ふもとの街のひとたちにも、ここが通れるようになったと、早くつたえてあげてくださいね」


「はいっ! ありがとうございました!」


 それからエリーレアは、かわいそうなたちのことも話をして、親子いっしょに埋めてあげてほしいとお願いします。


「けがをした子供を守りながらふるさとへ帰ろうとしていたとは、かわいそうなやつだったんですなあ。わかりました、おまかせください!」


 これでもう何の心残りもなく、エリーレアは気持ちを西へ向けました。


(姫さま、エリーは必ずあなたのもとへ参ります!)






 山をおりて、そちらがわの街でもけものがこわくて同じように足止めされていた人たちに、山のけものがいなくなったことを伝えます。


 そのついでに、むほんがどうなっているのか、西のタランドン領はまだ無事なのか、そういう話も聞いておきます。


「あの……東からいらしたのですよね……」


 下級ではありますが貴族だろう夫婦が、エリーレアに声をかけてきました。


「山の向こうがわで、女の子をつれているやつらを見かけませんでしたでしょうか。われわれの娘が、さらわれてしまったのです」


「まあ、それは心配なことでしょう。娘さんは、おいくつですか?」


「十二歳です。八歳の妹と一緒に、街の外できれいな花がいっぱい咲いたのを見に行くと出かけて……もちろん、護衛ごえいはふたりつけていたのですが、その者たちは弓矢でころされて、妹は残されて、姉だけが……!」


「ひどい! そんな、この地の領主さまは……ああ、が起きたから、ほとんどの強い人たちが出陣してしまっているのですね……」


 山のけものを退治に行けないのと同じことが、こちらでも起きていたのです。


「われわれが来るとちゅうでは、そのような話は聞きませんでしたし、さらった女の子を運んでいるようなやつらを見かけることもありませんでした」


 テランスも、人さらいどもにはたいそう腹を立てて、心配するご両親にしっかり言いました。


「そのような者ども、見かけ次第、すぐに退治してくれましょう。娘さんも取り戻します」


「おねがいします、おねがいします……!」


 涙ぐんで言う夫婦に、エリーレアもテランスも、強く約束し、また悪いやつらを必ずやっつけることを誓うのでした。



「ううむ……」


 ですが、こういうことにはむしろものすごく反応し、泣きながら同情しそうなレントがずっと静かなままで、そのあともなにやら考えこんで、うなり続けています。


「どうしたのですか?」


護衛ごえいをころして娘さんをさらったというのに、妹さんを残しておいたというのがどうにもふしぎなのです。そういうことをする悪いやつらというのは、とにかく女の子ならからさらっていくものなのですが……」


「言われてみればおかしいな、確かに」


 テランスも言いました。


 エリーレアには人さらいなどという悪いやつらの気持ちなどわかりませんので、だまって聞いています。


「いやな感じがするのです。女の子をさらっているのではなく、十二歳ぐらいの女の子をねらっているのでは」


「十二歳だけ、だと?」


「われわれが来たほうにはそういう者は出ておらず、こちらがわ……西に、そういう人さらいたちがあらわれた。そして、西へお逃げになられているカルナリア姫さまもまた、十二歳であらせられる……」


「まさか、むほん人どもが、姫さまをねらって!?」


 エリーレアは、冷たい水を浴びたように、一気にいやな気持ちになりました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る