第10話 恐ろしい猫背の男、道をふさぐ


 猫背の男は、に突き刺した刃物をぐりぐりと動かしました。


 は叫び、もがき、食らいついた犬を吹っ飛ばして腕を振り回しましたが、背中のがわにいる猫背の男にはとどきません。


 痛みと苦しみで区別がつかなくなったのでしょう、見えるところにいたエリーレアにつかみかかってきました。


「あぶない!」


 駆けつけてきたテランスが、剣を振るいました。

 その大剣はものすごい威力で、の首をはねて、エリーレアを救いました。


「ありがとうございます。……」


 エリーレアはお礼を言いましたが、すぐに悲しくの親子を見やります。


「よーし、よーし、よくやったぞお前ら」


 猫背の男は、自分自身もけもののように、顔がほとんど地面につくほど背中をまるめた姿で、犬たちをほめます。


 四頭いる、そのどの犬の牙も、の血に濡れています。


「しっかり、かみ殺したな。これで、飼い主が出した賞金はおれのもので、けものを退治したもおれのものだ。こいつらの毛皮はいいねだんで売れるだろう。いいことだらけだ」


 うれしそうに言うと、その次にエリーレアたちを振り向いて、にらみつけてきます。


あるのか? おそわれてたお前らを助けてやったんだぞ。お礼のひとつくらい言うもんじゃないのか、ああ!?」


「…………」


 エリーレアは何も言いませんでした。


 口をひらいたら、ひどいことを言ってしまいそうだったので。


 テランスも、悲しそうに剣の血をぬぐい、さやにおさめました。


「飼い主、賞金ということは、おまえは、貴族にやとわれている者か?」


「ああそうだぜ。この山の、もっと南の方の領主さまからたのまれて、そこのおやしきから逃げたこいつらを追いかけてきたんだ。つまりおれにを言うってことは、領主さまにを言うのと同じってことだ。わかったらさっさと行きな。分け前がほしいなら、ちょっとくらいはくれてやってもいいけどな」


「けっこうです!」


 剣や色々な道具を身につけなおしたエリーレアは、もうこの猫背の男を目にすることすらいやになって、涙をこらえて背を向けました。


 かわいそうなたちに祈りをささげ、とっととこの場所を離れようと思ったのですが――。


「あ! こら、お前、なに勝手なことを!?」


 猫背の男のあわてた声に振り向くと、ぼろぼろさんが、さきほど積み上げた中から肉を取って、犬の一匹に食べさせていました。


 ぼろ布越しにつまんで、食べさせて、その頭をなでてやっています。

 犬も尻尾を振っていました。


 こういう犬は、飼い主ではないひとからはエサを食べないものなのですが……さっきの、に肉を食べさせたときもそうでしたが、ぼろぼろさんはこのかっこうのせいで人と思われないせいか、フッと相手の気を抜いて何かをすることがとてもうまいようです。


「おれの犬になにしてやがる!」


 男はぼろぼろさんをろうとしましたが、ぼろぼろさんはするりと下がってしまい、男はからぶりしてよろめきました。


 ぼろぼろさんはさらにするする下がってきて、エリーレアとテランスの後ろに隠れてしまうのでした。


「ちっ。ふざけたやつだぜ。もういい、行っちまえ」


 ちょうど馬を引いたレントが登ってきたこともあって、エリーレアはその通りに、さっさとこの場を離れることにしました。


「行きますよ、テランス様!」


「お待ちを、お一人ではいけません」


 エリーレアは呼び止められても無視して、自分の馬のたづなを引いて山道をぐいぐい登り、見晴らしのいいとうげに出ました。


 そこで思いっきり声をあげました。


 つかまえられていたところから逃げ出し、ふるさとへ戻ろうとしたの親子はかわいそうでした。

 でも人をおそったのはいけないことだというのもその通りで、自分たちだって退治しようと山を登ってきたのですから、猫背の男のしたことが間違っているとは言い切れません。

 だからとにかく、くやしくて、悲しくて、たまらないのでした。


「エリーレア嬢。お気持ちはわかりますが、世の中のきまり、さだめというものです」


「わかっています。わかっているつもりです。わたくしだって貴族です。ほんとうの貴族は、たくさんの人を守らなければならないのですから、この道をみんながとおれるようになったのなら、それでいいのです……」


 それでもエリーレアは、自分が傷つきながらも子供を治そうと必死の母や、激しくあばれて妻と子を守ろうとした父の姿が頭から消えてくれなくて、また大きく声をあげました。





 何とか気持ちを落ちつけて、峠をこえて、今度は道をくだってゆきました。


 この山を下りて、さらに西へ行って、あとひとつだけこれと同じような山を越えればタランドンです。そこにはカルナリア姫さまも逃げこもうとしているはずです。


 自分の使命は、とにかく姫さまの元へ参上して、お守りすること。

 エリーレアは思いを新たに先へ進もうとして――。


「あら、レントとぼろぼろさんは?」


 うしろの二人がついてきていないことに気がつきました。


 少し待って、それでも来ないので戻ってみると。


「ひぃ、はぁ、お待ちを、エリーレアさま……」


 ぼろぼろさんを乗せた馬を引いて、レントが息を切らせて峠にあらわれたのでした。


 その背中には大きな荷物をせおい、体には右から左から、縄をいっぱいに巻きつけています。


「肉はともかく、果物は、もったいないので持ってきましたよ。この縄だって、捨てておいたらあの男が自分のものとして売っぱらうだけです。お気持ちはわかりますが、せっかくお金を出して買ったのですから、せめてふもとまで持っていきましょう」


「まあ、あきれた」


「それに、エリーレアさま、あの猫背の男ですが、私にはどうにも、ひどく悪いやつに思えてならないのです」


「いい人ではないのはわかっています」


「そういうことではありません。これはおくびょうな私のです。あの男、よくばりでいじわるというだけではない、もっと恐ろしい、たちの悪いやつな気がしてなりません。貴族から依頼を受けてを追ってきたというのも、どこまで本当か」


「もしかして、自分でを開けて逃がしておいて、賞金をかせごうとしたとか?」


「ありえます。でもそのていどじゃなくて、もっと悪い……邪悪じゃあくな感じがするのです。気になったので、こわかったのですが、わざとぐずぐずして、様子をうかがって、まちがいないと思いました。あれはとんでもなく恐ろしいやつです」


「あなたが遅くなったのは、それもあってのことでしたか。でも、あなたのは信じますけれど、そういう感じがしたというだけでは、どうすることもできませんね。それにもう、関わることもないでしょうし――」


 エリーレアがそう言ったときでした。


 バウッ!

 恐ろしげな犬の声が聞こえてきました。

 かすかですが、人の悲鳴も!


 急いでひきかえしてみると、あの犬たちが横にならんで山道をふさいでいて、猫背の男は岩の上でえらそうに腕組みしているのでした。


「ここであばれていたけものは、おれさまがやっつけた。だからここはおれの場所だ。通りたければ、金をおいていけ」


 エリーレアたちの後から登ってきた人たちが、そう言われて足どめされて、文句を言ったら犬にほえられたのが、さきほどの声なのでした。


「お待ちなさい! あなたは何をしているのですか!」


 エリーレアは怒鳴りました。

 自分がを退治したことにするというのはまだしも、それで他の人たちからお金を取ろうとするのはまちがっています。


 でも猫背の男はすずしい顔で、一本の矢を見せつけてきました。


「これが見えるか。あのに刺さってた矢だ。このは領主さまのものだ。つまり俺は、このあたりの領主さまの許しを得て、ここに関所をつくったんだ。関所をつくるのは、領主さまのお仕事のうちだ。そうだろう、貴族のお嬢さま?」


「その通りです! でもその矢を持っているからといって、あなたが領主さまから関所をつくっていいとゆるされたということにはなりません! 他の方があてたものを抜き取って、勝手にそう言っているだけではないのですか!?」


「なんだコラ。やんのか。おれがにせものだとでもいうのか。というか、お嬢さま、あんた……そんななりで、まともな従者もつれてないが、、何者だ?」


 猫背の男の目が、それまでとまったくちがうものになりました。


 レントが言っていたのはこれか、と肌で感じる、とてもこわくて危険な気配です。


「わ、わたくしは、エリ――」


 負けてたまるかと、お腹にいっぱいの力をこめ相手の目をにらみ返して、堂々と名乗ろうとしたのですが。


「すじは通っている。ここは引こう」


 テランスがいきなり言い出して、大きな体をエリーレアの前に出したので、名前を言い切ることができませんでした。


 テランスは――レントもいっしょになって、そのままエリーレアを斜面の上へ引き戻してゆきました。


「あいつに名乗ってはいけない。人をころすことを何とも思っていない上に、名前を知ったらずっとうらみ続けて、家にもめいわくをかけてくるやつだ」


「私もそう思います。あれは、船着き場のあらくれ者どもとはまったくちがう、危ないやつです」


「ではどうしろと!? あのような真似をして、通る人からお金をまきあげるのを見すごせというのですか!?」


「いや。ああいうやつには、口でどうこう言うのではないやり方のほうがいいのですよ」


 そしてテランスは、作戦をエリーレアに教えてくれたのでした。


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