第08話 一行は山で危険な獣と戦う
人がいっぱいの街で、どうにか宿を取ることができました。
「ひひ、だそうです」
レントが旅人たちの間をまわって、どのような獣が出るのかを聞いてきてくれました。
「ひひ、ですか?」
「はい、
「そういうものが相手となると、剣よりもまず弓矢、それから盾と、あみのようなものがあった方がいいでしょうね」
「とにかく相手を捕まえなければ、ひたすら飛び回られて、狙われ続けますからね」
エリーレアとテランスは作戦をねりました。
次の日の朝、必要なものを集めて、出発しました。
自分たち四人だけです。
相手が頭のいいひひとなると、大勢でまとまって山に入ると隠れてしまって、あとから来る弱い人たちを狙うだろうと思われたからです。
まずは言い出したエリーレアたち四人が進んでいって。
少し後から、弱いふりをした、実際はそれなりに戦える人たちがやってくることになっていました。
エリーレアたちをひひが襲ってくれば、後ろの人たちが応援に来てくれますし。
後ろの人たちが襲われたのなら、エリーレアたちが駆け戻って、はさみうちにする計画なのでした。
「それにしても、たまりませんなあ。朝めしをしっかり食っておいてよかった」
レントが漂うにおいに鼻を鳴らしていいました。
エリーレアもテランスも、今日はみな歩きです。
馬には、それぞれ香りの強い果物や、ちょっとだけ火を通して匂いをたてた生肉などが積んであります。
街で用意した、ひひが好む食べ物を、いっぱい運ばせているのでした。
このにおいでひひを呼び寄せ、姿を現したところをやっつけるのです。
街を出てすぐに、道は上りになりました。
左右に木々や岩が迫る、山道を進みます。
山の、東側から登ってゆくので、背中から陽の光が射しこんで、行く手はよく見えています。
木立の合間はもちろん、細い道の上に覆いかぶさるような木の枝などによくよく気をつけながら足を運びます。
「いやな感じがしますねえ。見られているような」
おくびょうで、だからこそ色々なことに早く気がつくレントが、不吉なことを言ってきました。
「みんな、気をつけて。もうじき、現れます」
レントのそういうところを信用して、エリーレアは言いました。
エリーレアはいつもの剣ではなく、弓を手にしています。
これはこれで、けいこを重ねていて、それなりの腕前ではあるのでした。
テランスは、これも剣ではなく、長い棒を持っています。
棒の先には
レントはたくさんの
あみは手に入らなかったので、ひひが出た時に、輪にしたそれを投げつけ、引っかけ、木の上や遠くへ逃げられないようにするつもりでした。
ぼろぼろさんは、一行のいちばん後ろから、フラフラ揺れるように歩いていて、何を考え何を思っているのかさっぱりわからないままです。
「出たあっ!」
やはりここでもレントが、まっさきに気づきました。
山をけっこう登っていったところで、行く手の岩の上に、大きな獣があらわれたのです。
灰色でした。でもその毛皮のふちが、陽の光をあびるときらきらして、見ようによっては銀色とも見えるのでした。
人よりもずっと太く長い腕をした、大きな体。
見たこともない大きなサルが、岩の上からこちらを見下ろし、牙をむいて、ギーーーとこわい声をぶつけてきました。
いかくです。これからお前たちをおそうぞ、とこわがらせているのです。
巨大ひひは、すぐに姿を消してしまいました。
「この先の、森の中で、襲ってくるでしょうね」
「待ち受けていますな、あれは」
エリーレアとテランスは言い合いました。
そのとおりに、岩を回って、太い木がたくさん立ち並ぶところに入ったとたんに、ぶわっといやな気配がして、けもののにおいが流れてきて、太い腕がおそってきたのです。
「危ない!」
ねらわれたのはエリーレアでした。
ゆだんはしていなかったのですが、見ていない方からいきなりあらわれて、腕をのばしその先の爪でエリーレアを引っかこうとしてきました。
テランスが棒でふせいでくれなかったら、きれいな肌にふかぶかと傷がきざまれてしまったことでしょう。
「ありがとうございます!」
エリーレアはすぐに弓を向けましたが、ひひは太い木の向こうがわにまわってしまい、そこからするすると上へ登っていって、他の木に飛び移って、見えなくなってしまいました。
「あんなに、はやいとは!」
「すぐにまた、どこかからおそってくるぞ。これは思っていたよりもずっとやっかいだ」
エリーレアもテランスも、いやな汗をかきました。
「ううむ。どうも気になる」
レントがなにか考えこんでいました。
「どうしました?」
「あいつ、いちばん強くてあいつにとってはきけんなテランスさまでもなく、いいにおいをさせている食べ物でもなく、エリーレアさまをねらってきましたよね。もしかして、弓矢がおそろしいものだと知っているのではないでしょうか」
「これまでに、誰かに矢で射られて、いたい思いをしたことがあるのかもしれませんね。それなら次もまた、わたくしをまっさきにねらってくるでしょう」
エリーレアは目をかがやかせました。
「これはいいことに気づいてくれました。ではわたくしが先にゆきますから、テランスさまもレントも、わたくしをねらってくるところを捕まえてくださいな」
「エリーレア嬢、いけません、女の人をそんな、おとりに使うなど」
「いいえ、テランスさま。来るとわかっているのなら、そんなに危ないことはないのです。逆に、ねらいを見抜いたあのひひが、あなた
エリーレアはテランスたちや馬よりも少し先を、弓矢をしっかり持って、右に左に向けて、見せつけながら歩きだしました。
「だめです、テランスさま。エリーレアさまは、ああなるともうどなたの言うこともききません」
レントはため息をつきました。
「そのようだな。いやいや、あのような女のひとははじめてだ」
テランスは、楽しそうにすら見えるエリーレアの後ろ姿を、まぶしいもののように見上げました。
「!」
そのエリーレアが、するどい目つきになりました。
「います!」
弓に矢をつがえて、いつでも放てるようにかまえます。
テランスとレントも身がまえました……が。
「うわああっ!」
ひひが、後ろからおそってきました!
前にいると陽の光で自分の姿が丸見えになってしまうので、うしろに回っておそってきたのです。
とても頭のよいけものなのでした。
「ひぃっ!」
レントはかがみこんで身を守ろうとしました。
でも力のつよいひひの腕が、その体ごと持ち上げようとしてきます。エリーレアの弓へのたてにしようとしたのかもしれません。
「とおっ!」
その腕を、テランスの棒が打ちました。
先についている
ひひは激しくほえました。
「むうっ、強い! なんというちからだ!」
とても背の高いテランスが、体中の筋肉をふくれあがらせて押さえつけているのに、ひひはそれをはねのけます。
「ひゃあっ、こわいこわい、来るなあっ!」
レントが持っていた縄をありったけ投げつけます。
それはひひの体にいっぱいからみついて、片方の腕を動けなくすることはできましたが。
ひひのもう片方の腕がぶんぶん振り回されて、口に入ったものもかみちぎられて、あまり動きを止めるやくにたってくれません。
それでも、いっしゅんすきができたので、テランスは棒を手放して、剣を抜き、つっこみました。
この
「レント、ふせて!」
エリーレアも叫ぶと、矢を放ちました。
それはひひの腕に突き立ち、続いてテランスの剣も胴体に刺さって、少しだけ血が流れたのですが。
「グガアアアア!」
ひひはしかし、けがをさせられたことでさらにきょうぼうになって、はげしくあばれだしました。
「ひぃっ、無理です、こんなのっ!」
できるだけ小さくなったレントの頭の上を、なんどもひひの爪がかすめます。
エリーレアはあせりました。このままでは、たとえ倒すことができたとしても、自分たちも大けがをしてしまいそうです。それではこの先の旅を続けることができません。
それでも、いまさら逃げるなどというわけにもいかず、急いで次の矢をつがえ、テランスもあらためて大剣をかまえなおしました。
そこへ――。
ふわり。
それまで、そこにいることを誰もが忘れていたぼろぼろさんが、いきなり高く飛びました。
ひひをこわがって離れていた馬の荷物から、くだものと肉をとりだし、ぼろ布を持ち上げてそこに乗せると。
ひょい、ひょいと、エリーレアたちを完全に無視して、山道をみがるに登っていってしまったのです。
逃げ出したのでしょうか。
いえ、ひひが、おかしな動きをみせました。
エリーレアもテランスも放っておいて、ぼろぼろさんの後を追いかけはじめたのです。
まだ体に縄がからみついていますが、それもかまわず、木に登ってエリーレアの弓矢から隠れることもしないで、地べたを四つ脚で走って、すごい勢いで。
山道は折れ曲がっていて、ぼろぼろさんもひひも、たちまち見えなくなりました。
いえ、ひひのこわい声はまだしっかり聞こえてきます。
エリーレアとテランスは顔を見あわせ、うなずきあいました。
「レント、馬をお願いします!」
三頭をまかせると、後を追って山道を駆けのぼりはじめました。
山道には、ひひから流れた血のあとが残っていましたから、それを目印に追いかけます。
「あそこです!」
血のあとが、山道をはずれて木々の間にてんてんと続いています。
その先に、灰色の巨大ひひがいて。
さらにその向こうの、地面がくぼんでいるところに、同じ灰色の毛皮をした、でも体の細いひひと、さらに小さなひひとが、寄り添いあっていました。
ぼろぼろさんは、そのかたわらにいました。
「妻と、子……ということか?」
テランスがそれを見てつぶやきました。
子供だろう小さなひひは、ぐったりしています。
母親だろう細いひひは、背中に矢が突き刺さっています。
そして、巨大なひひが、自分の妻と子を守ろうと、牙をむいて、エリーレアとテランスに立ちふさがるのでした。
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