第02話 エリーレア、故郷を飛び出し賊を倒す
「エリーレア、待ちなさい!」
おじいさまをはじめ、お城のみんなが止めようとしてきます。
ですが、エリーレアは旅の支度をととのえて、愛剣をすらりと抜いて、天にかかげて言いました。
「今のわたくしのご主人さま、カルナリア姫さまが危ないのです! これに駆けつけないで、なんのための剣の稽古ですか!」
「お前は女ではないか!」
「そんなの関係ありません! 大切なお方が、罠にはめられそうになっているのです! ここで自分の体だけを守っているうちに、姫さまに何かあったら、それこそわたくしは生きていられません!」
「しかし、この領はまだ安全だが、外に出たら、貴族を襲う、乱暴で汚い反乱軍のやつらがひしめいているというではないか」
「ならば……アルベール様、共にいらしてくださいまし! レントとわたくしだけでなく、勇敢な殿方が一緒に来てくだされば、西のタランドンまでたどり着けます!」
言われたアルベールは、真っ青になって震えました。
「いや、エリーレア嬢、それは無茶だ。たくさんの強い騎士や魔導師に守られて、とても固い守りの壁がある王宮にいたはずの王さまが討たれてしまった。反乱軍とはそれほどに恐ろしいやつらなんだ。ぼくはルメール領の後継ぎでもある。こんなところで死んでしまうわけにはいかないんだ!」
エリーレアは、彼のことなんてどうでもよくなりました。
「ではルメールへお戻りになるといいでしょう。お兄さま、アルーランの守りはお願いいたします。では行きましょう、レント! おじいさま、みなさんも、他の話は戻ってきてからにいたします!」
エリーレアは剣を鞘におさめると、さっそうと馬を駆けさせました。
旅に必要な荷物を馬の後ろに乗せたレントが、慌ててその後を追いました。
呼び止める人はたくさんいましたが、一緒に来てくれる人は、他に誰もいませんでした。
エリーレアは西へ向かいました。
姫さまのところへたどりつき、悪いやつらから姫さまをお守りするために。
「まったく、みんな、意気地なしなんだから!」
エリーレアは怒りながら馬を進めました。
お城にはまだまだ沢山の騎士がおり、腕自慢がおり、そのうちの何人かは自分についてきてくれると思っていたのに。
みんな、お城を守ることで頭がいっぱいで、領の外に出るなんてこわくてとてもできない者ばかりなのでした。
「でも、エリーレアさま、反乱を起こした者たちが恐ろしいのは私も同じです。何しろ私はこの通り、背は低くて武芸もからっきしなんですから。自慢できるのは逃げ足の速さぐらいです」
「怖いのは私も同じよ。でも、だからといって、安全な場所に閉じこもって、誰かが姫さまを守ってくださるかもって思うだけなのは、姫さまを見捨てたのと同じこと。ひきょうなことです。わたくしは、ひきょう者ではないつもりです。姫さまにお会いした時に、堂々と胸を張れるようでいなければ」
「はい、気持ちは私も同じです。 とても怖いですけど!」
「おくびょうね。でも、おくびょうでも、逃げようとはしない勇気が、あなたにはあります。強い相手にただ真正面から向かっていくだけが勇気ではありません。あなたは、おくびょうだからこそ、危ない相手や危ない場所を、わたくしより先に見つけてくれるでしょう。期待していますよ」
「ああ、ありがとうございます、エリーレアお嬢さま!」
エリーレアとレントは先を急ぎました。
そして早速、おくびょうなレントが、いやな感じをおぼえました。
「先の方で、誰かがあらそっているみたいです。恐ろしい感じがします。ああ恐ろしい恐ろしい」
道を外れて、木立の間に馬を隠して様子をうかがってみると、馬車が一台こちらに向かって逃げてきました。
それをたくさんの人間が追いかけています。
反乱を起こした者たちでした。
「助けてくれえ!」
「お父さま! こわい!」
馬車で逃げてくるのは、貴族の男の人と奥様、ふたりの子供らしい女の子の三人です。
追いかけてきているのは、立派な馬にまたがった、反乱軍の者たちでした。
馬は貴族のものを奪ったのでしょう、四頭もいて、なのにまたがる者たちはみすぼらしい格好をしています。
そのほかにも、ずっと後ろから走って追いかけてきている者が十人ほどいます。
「貴族だぞ! やっちまえ! 男は殺して、女は捕まえてひどい目にあわせてやれ! いつもえらそうにしてたやつらだ、これまでのしかえしを、たっぷりしてやるぞ!」
そいつらは、鎧をつけていないので、馬車よりも速く馬を走らせることができて、先回りして道をふさぎました。
後ろから走ってくる者たちが追いついてきたら、もう馬車の親子はおしまいです。みんな殺されるか、それよりもっとひどい目にあわされてしまうでしょう。
「行きますよ、レント!」
エリーレアは返事を待たずに飛び出しました。
一直線に馬を走らせます。
賊どもはまだ気がついていません。
いちばん体が大きく強そうな、頭だろう男に、エリーレアは突進して、切りつけました!
ザシュッ!
何が起こったかわからないまま刃を浴びた相手を振り向くことなんてせず、勢いのままに二人目にも正義の刃を振るいます。
ズバッ!
見事に、エリーレアは二人目もやっつけました。
そのまま少し走ってから、馬首をかえします。
「な、なんだ、お前! 女か! 貴族か! 生意気だぞ! ぶっ殺してやる!」
残るふたりは、もしかしたら強い騎士さまが現れたのかと驚いていましたが、相手が可憐な女剣士と見て、凶暴な顔をさらに醜く歪めて、エリーレアに向かってきました。
「おい、お前は右から行け。俺は左から行く! はさみうちだ!」
エリーレアはひとり、こちらはふたりということで、賊の男は左右から襲いかかろうとしてきました。
ですが、その片方が、突然後ろに引っ張られて、馬だけが先へ行って、地べたに転げおちました。
「やったあ!」
レントです。
いつの間にか馬から下りて、こわいので目立たないようにこっそり近づいてきて、片方の賊の後ろから、先に石を結びつけた細い縄を投げつけて、走り出そうとした相手を引きずりおとしたのでした。
「うひゃあああ! こわいこわい、無理ですよ無理!」
もちろん、落とした相手と戦う腕も度胸もあるわけがなく、その後は悲鳴をあげて逃げてしまいましたが。
でもそれで、エリーレアには十分でした。
向かってくるのが、ひとりだけなら!
ズバッ!
その剣で、乱暴なだけの男を見事に退治します!
最後のひとりは、まだ巻きついた縄をほどくことができないでいる間に、勇敢に突っこんでいったエリーレアが、これも見事な剣の一振り、悪いやつに風の報いを受けさせたのでした。
「馬車の方。もう安心ですよ」
エリーレアは呼びかけました。
「後ろから、歩きの連中が迫っています。急いで先へ進んでください」
助かったことを知った貴族の父親が、馬車を急がせはじめると、エリーレアもその後ろについて馬をはしらせました。
レントも自分の馬に乗り直して、何とか後ろについてきています。
「よくやってくれました、レント」
「格好よくやっつけてやりたかったんですけど、こわくてこわくて、無理でした。やっぱり私はだめだなあ」
「そんなことはありませんよ。自分にできることをしっかりやったではありませんか。そのおかげで、私は二人を同時に相手しなくてすみ、勝つことができました。戦う人の手助けをすることも、戦っていることと同じですよ」
エリーレアは手を差し出しました。
王宮でいつもやっているように、レントはすぐに、荷物の中から赤いシュマルを取り出し投げ渡してきました。受け取ったシュマルをエリーレアはシャクッと音を立ててかじりました。
「ああ、おいしい。これだって、あなたが持ってきてくれていたから、こうして味わうことができるのです。あなたのおかげですよ」
レントは少し赤くなりながら、恥ずかしそうに笑いました。
その間にも、二人は先を行く馬車に近づき、追いつきました。
後ろを見ると、エリーレアが倒した賊どもに、走ってきたやつらが群がっています。
助けるためでも何でもなくて、倒された賊どもが身につけているもの、持っているものを、片端から奪い取っているのでした。
浅ましく、恐ろしい連中です。
でもとにかく、そのおかげで、彼らが馬車を追ってくることはなくなりました。
やっと逃げられたと安心して、馬車の貴族はぐったりします。
「大丈夫ですか。お怪我はありませんか」
「ありがとう! 助けてくれて、本当にありがとう!」
「この道を行けば、すぐアルーラン領です。人を集めてしっかり守っていますから、あんなやつらは近づけません。そこまで行けば安心ですよ。では」
「待ってくれ。私たちを放りだして行ってしまうのか」
助けられた貴族は、慌ててエリーレアに言ってきました。
「護衛の者たちは、みんなあの連中にやられてしまった。こわくてたまらない。見たところ君も貴族の、騎士だろう。私は第五位貴族、ルレート・ファスタル・ラファランだ。十三侯家、ラファラン家の一族だぞ。安全なところに着くまで、私たちを守りなさい。命令だ」
その頃のカラント貴族というのは、王さまとそのお子様方がいちばんえらい第一位貴族、王さまの弟ぎみやご家族が第二位、あちこちの領主をつとめる者が第三位……と、第七位まで順番が決められていて、順番が高い人は、低い人に何でも言うことをきかせられる決まりになっていました。
この第五位の貴族は、エリーレアを第六位か第七位の、田舎の村の、騎士志望の娘ぐらいに思ったのでしょう。
自分を助けてくれた相手にその言いぐさ。
エリーレアは腹を立て、言い返そうとしましたが、それより先にレントが進み出てきて言いました。
「それは無理というものですな。こちらのお嬢様がどなたかご存知ないとは。こちらのお方は、これからあなた方が逃げこむアルーラン領の、ご当主の愛娘にして勇敢なる女剣士、第四位貴族、エリーレア・センダル・ファウ・アルーラン様にあらせられるのですからね」
「だっ、第四位!?」
第五位貴族は、びっくりして、たちまちぺこぺこ頭をさげるのでした。
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