騎士令嬢エリーレアの冒険
シルバーブルーメ
第01話 おてんば令嬢、ふるさとに戻る
「えいっ! やあっ!」
「ま、参った!」
「やったあ!」
エリーレア・アルーランは、体の大きな騎士から一本取って、大喜びしました。
エリーレアは、剣を振るうのが大好きでした。
ドレスを着てダンスの練習をするよりも、剣を振り回している方が楽しくてたまらない、おてんばでした。
父親のアルーラン侯爵が、このままではいけないと思って、四番目の王女さま、とても可愛らしくおしとやかなカルナリア姫にお仕えさせて、同じようにおしとやかになってほしいと願ったのですが……。
「エリー、すごいわ!」
カルナリア姫は、とても可愛らしいお顔をいっぱいに輝かせて、エリーレアの活躍を喜ぶばかりなのでした。
「こんなに強いエリーがついていてくれれば、何があっても安心ね」
「はい、カルナリアさまは、私が必ずお守りいたします!」
エリーレアは、ますます剣に夢中になってしまって、父親は頭をかかえるばかりでした。
そうしたある日のこと。
「おじいさまが!?」
エリーレアは、故郷アルーラン領からの知らせに驚きました。
小さい頃にたくさん可愛がってもらって、大好きだったおじいさまがお倒れになり、明日も知れぬ
「行きなさい、エリー」
カルナリア姫はおっしゃられました。
「わたくしには、あなたの代わりにわたくしを守ってくれる、強い騎士たちがたくさんついてくれています。でもあなたのおじいさまには、あなたに代わる孫はいないのです。急いで、お顔を見せに行ってあげて」
「ありがとうございます! では姫さま、行ってまいります!」
エリーレアは急いで馬を走らせました。
アルーラン領は、都から何日もかかる、遠いところにあります。
エリーレアは夜に寝るのも惜しんで、ひたすら急いで、『流星伝令』にも負けないくらいの勢いで、ふるさとに駆けこみました。
エリーレアのおじいさまは、とても弱っていたのですが、可愛い孫娘が来てくれたことに大喜びして、元気になりました。
エリーレアも戻ってよかったと嬉しくなって、おじいさまにたくさん都のお話を聞かせたり、お兄さまのエミールや幼なじみたちと久しぶりに会ったりして、楽しい時間を過ごすのでした。
「ところで、エリーレアにはいい相手がいるのかな」
ふるさとの山野を駆け回るエリーレアを見やりながら、おじいさまは言いました。
「あの子も、もう結婚してもいい年だ。誰か、いい相手を見つけてやろうじゃないか」
ちょうどそこへ、都から、エリーレアのお父さま、お母さまの手紙が届きました。
二人も同じことを考えていて、婚約者を選んでいたのです。
手紙を持ってきたのは、その婚約者の若者でした。
「初めまして。アルベール・センダル・ファス・ルマールです、エリーレア・センダル・ファウ・アルーラン嬢。ぼくはルマール領の後継ぎとして、あなたのような美しい名家のご令嬢と結婚できることを夢見ておりました」
「初めまして」
と、エリーレアもはじめはおしとやかに礼をしました。
「でも、わたくしは、カルナリア姫さまにお仕えしているのですけれども」
「ああ、もちろん、ぼくと結婚したなら、それは辞めてもらって、ルマールのお城に入ってもらいますよ。ぼくはルマール領の後継ぎなのですから、あなたにも領主夫人としてふさわしい女性になってもらわなければ。もちろん、剣を振るなんてもってのほかだ。第四王女さまのお付きなど代わりはいくらでもいるでしょう。ぼくの姉は第二王子レイマールさまにお仕えしているのですよ。姉に紹介して恥ずかしくないように、きちんとしてもらわなければ」
エリーレアは、とても、とても、腹を立てました。
大して強いわけでもない、顔と家柄がいいだけのこの相手を、全然好きになれそうにありませんでした。
ですが、お父さまとお母さまがそろって選んだ相手で、おじいさまも、やっとエリーレアに結婚相手が見つかったと、とても嬉しそうにしています。
断ることはできそうにありません。
「アルーラン家に生まれたのだから、仕方のないことです……」
エリーレアも、自分に言い聞かせました。
そのころのこのカラントの国は、王さまと、十三侯家というえらい家の人たちが治めていたのです。
その十三侯家のひとつに生まれたのですから、親の決めたことに逆らうなんて絶対に許されないのでした。
エリーレアもあきらめましたが、受け入れる前に、ひとりで馬を走らせました。
このまま婚約してしまったら、アルベールとそろって都へ戻り、カルナリア姫さまにご挨拶して、それで姫さまとはお別れになってしまいます。
その後ももう、こんな風にひとりで駆け回ることは許されなくなってしまうのです。
川のほとりでエリーレアは静かに泣きました。
この川の向こうには、都があるのです。
カルナリア姫さまとお別れになってしまうことが悲しくて、エリーレアは泣き続けました。
「おーーーい!」
そこへ、声がしました。
「助けてくれえ!」
人が泳いできます!
いえ、溺れかけています!
エリーレアは急いで馬ごと水に飛びこみ、なんとか相手を引っ張り上げました。
そして、びっくりしました。
知っている相手だったからです。
「レント!?」
「おおっ、エリーレアさま! まさかここでお会いできるとは!
レント・フメールは、自分と同じようにカルナリア姫さまにお仕えしている若者でした。
背は低く、顔も丸っこくて、
明るくて人気者ではありましたが、そのレントが、どうしてたった一人で、こんなところに現れたのでしょう。
「大変です! 大変なことが起きたのです! 都で、王太子のガルディスさまが、むほんを起こしました!」
「なんですって、むほんを!?」
「たくさんの兵士が、都に攻めこんできて、王宮にも入りこんで、王宮には火がつけられて、ああ、王さまが、討ち取られてしまったのです!」
「本当ですか!?」
「アルーラン侯爵さまも!」
「お父さまが!? そんな!」
「私は、この通り全然偉そうに見えませんので、ぼろぼろの服に着替えて、何とか逃げ出して参りました! 反乱軍の兵士たちは、何人もの王子さまたちをはじめ、貴族という貴族を片端から殺して回っており、この世のものとは思えない、恐ろしいことになっており……ああ」
レントはぼろぼろ泣き出しました。
「うそです! そんな、信じられません!」
しかし、カルナリア姫さまに付いているはずのレントが、たった一人でここまで来て、そんなうそをつくとは思えません。
「カルナリア姫さまは、騎士さまたちと一緒に、西へ逃げていかれました。私もついていこうとしたのですが、姫さまに止められて、エリーレアさまに
レントは泣きながら、カルナリア姫さまのお言葉を伝えました。
「エリーレア。あなたがふるさとへ戻っていて、このむほんにあわなくて良かったと、心から思います。わたくしは西の、タランドン領へ向かいます。タランドン侯爵のジネールは、わたくしのおじいさまのような方、必ずわたくしを守ってくださることでしょう。あなたはそのまま、ふるさとを守りつづけてください。じきに外国へ行っておられるレイマール兄さまがお戻りになり、悪い心に捕らわれたガルディス兄さまをこらしめてくださることでしょう。戦が終わり世の中が平和に戻ったら、またお会いしましょう、大好きなエリーレア」
レントは、お言葉に続いて、リィスの花の形をした、美しいブローチを渡してきました。
エリーレアには見覚えがありました。カルナリア姫さまと一緒に、王宮の庭園でつんだ、白くてきれいな花です。それがとてもきれいだからと、その花の形をしたブローチを姫さまは作らせて、エリーレアと一緒の時にはよく身につけてくださっていたのでした。
「これは、まさか、形見のおつもりでは?」
エリーレアはいやな予感に襲われました。
レントも、けわしい顔をしました。
「カルナリアさまは、私が離れる時まではご無事でしたが……私ひとりになった時、反乱軍の兵士たちと出くわしてしまい、隠れてやりすごしたのですが、そいつらがおかしなことを言っていたのです。西の、タランドン侯爵は、ガルディス王子とつながっている。逃げてくる貴族たちを受け入れるふりをして、後からまとめて捕まえて、首をはねるつもりなのだ。みんな、その時には、何も知らない連中のおろかさを笑ってやろうぞ……」
「では、カルナリアさまがタランドン領へ逃げこまれたとしても……!」
エリーレアは、西の方向にとても強い目を向けました。
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