失恋して聖女になった私と、少年神官との淡い幸せ

木山花名美

第1話 私、聖女に立候補します


「なんだ、デカいババアだな。お前、本当に聖女か?」


 なっ……なんですとおおお!?


 愛らしい神官? の口から放たれた言葉に、頭がフリーズする。


 てかあんた……何でこんなに小さいの?

 一体幾つよ!



 ◇◇◇


 遡ること……えっと、どの位まで遡ろうかしら。

 そうだ、初めてあの人に恋心を抱いた、6歳の時に。

 本当はもっと前から好きだったのかもしれないけれど、ハッキリ自覚して、ハッキリ記憶が残っているのは、やはりその歳だと思う。


 初恋の人──ジェフとは、父親同士が学生時代の親友で、家族ぐるみの付き合いだ。

 生まれて間もない頃から互いの屋敷を行き来したり、避暑地を訪れバカンスを楽しんだりしていた。


 同い年の幼なじみ……ほら、恋愛小説の王道パターンでしょ? 遊んだり、喧嘩したりしていたけど、お年頃になって急に互いを意識してキュンとしちゃうやつ!

 まあ私はさっきも言った通り、年頃どころか、6歳の頃から好きだったんだけどね。

 どこが? って訊かれてもよく分からない。顔が素敵とか、足が長いとか、そういう万人受けする特徴は彼にはないの。

 ああ、でも……くしゃっと潰れて、目元が皺だらけになる笑顔が好きだったかなあ。


 やだ、思い出したら、目が痒くなっちゃった。ちょっと擦らせて…………


 それでね、話を戻すと、私達は王道パターンの様に上手くはいかなかったの。何故なら、私なんかよりも、ヒロインに相応しいがちゃんと居たから。


 それは父の弟の娘……つまり従姉妹のミナリー。彼女も私達と同い年で……とにかく、もんのすっっっごい美少女! 泣く子も黙る、最上級の美少女。

 サラサラの金髪、オパール色の大きな瞳。肌は白いんだけど、何かあるとすぐに照れて、絵の具を溶かしたみたいにピンクに染まっていくの。

 おまけに華奢で柔らかくて……ふわふわのケーキみたいな、甘い桃みたいな、空の上の曇みたいな、そんな


 え? 従姉妹ならアンタも可愛いんじゃないかって?

 そうだったらどれ程良かったか……


 ミナリーとの血の繋がりを感じるのは、このオパール色の瞳だけ。でも瞼は重くてほっそいし、睫毛も埋もれて短いの。髪はもじゃもじゃの艶のない赤毛で、いつも火山みたいに爆発している。地黒だし、鼻も口の形も地味。

 そして……特に悪目立ちしているのが身長よ! この身長! 12歳でお父様を超えた時は愕然としたわ。


 太ってはいないし、どちらかと言ったら細身なんだけど、骨太なのか骨格なのか……体重よりも逞しく見えるのが余計に悲しい。


 これ以上背が伸びない様に、小さめの靴を履いたり、食事を減らしたりもしたけど、何の効果もなかった。


 考えてみて。正常な美的センスを持つ、中肉中背の男だったら、私とミナリーのどちらを選ぶか。

 ……そりゃあもちろん、ミナリーでしょう。むしろ私を選んだら、詐欺じゃないかと疑うわ。


 ジェフもご多分に漏れず、物心ついた頃からミナリーに夢中でね。


「俺達で一緒にミナリーを護ろうぜ!」


 なんて言われたわ。幼なじみどころか、もはや男友達……?

 肩を組んでもらえたことが嬉しくてつい、「うん! 私、ミナリーの騎士ナイトになる!」なんて返事をしてしまったけれど。


 お姫様を護る騎士ナイト二人。そんな構図が、いつの間にか当たり前になっていて。私も女の子なんだけどな……なんて多少胸が痛むこともあったけど、ミナリーの可愛さがいつも吹き飛ばしてくれていた。


 だけど一度だけ、すごく悲しいことがあった。


 10歳の時、ミナリーの帽子が風に飛ばされて、湖に落ちてしまったの。それはさくらんぼ色のふわふわのリボンが付いていて、可愛い彼女を一番可愛く見せてくれる、最高の帽子だった。

 泳げなかったけど、背が高いし何とかなるかなって、水の中を歩いていたら、帽子がプカプカ浮いている真ん中辺りで急に足が届かなくなって。

 驚いて踠いていたら、上も下も分からなくなってしまったの。……つまりは溺れたのね。


 それに気付いたミナリーも慌てて飛び込んで……気持ちはありがたいけど、彼女も泳げないんだから結局二次災害よ。背が低いから、私よりも手前の岸に近い水中で、パシャパシャ溺れていたの。


 そうしたら、後から来たジェフが湖に飛び込んで、迷わずミナリーだけ抱えて岸に上がってしまったの。

 私はたまたま通りかかった、釣り客のおじさんに助けてもらったとか?(命の恩人!)


 踠くのに必死だったから、全部後から聞いて知った話だけど。……ジェフ本人に説明されて謝られたから、全部本当なんだと思う。


“ミナリーの方が大事だった” とか、“お前には気付かなかった” とかならまだ良かった。でも……


『お前なら大丈夫だと思った』


 って言われたの。あれは何だか悲しかったなあ……


 私とミナリーの姿形が失くなって、心だけぽこっと取り出したら。ジェフは、どっちがミナリーか気付くかな? 気付くよね……きっと。

 ミナリーは心まで可愛いもん。泳げないのに飛び込んで、私を助けてくれようとしたもん。危ないからいいよって何度も止めてくれたのに、大丈夫って言って聞かなかった頑固な私の為に。

 しかも私は、あの帽子をミナリーの為に取ろうとしたんじゃない。帽子を取れたら、ジェフに褒めてもらえると思ったから。だから湖に入ったの。


 ……分かるでしょう?

 たとえ心だけだって、天秤に乗せたらミナリーの方へ傾くわ。



 16歳になった今年、群がるライバル達を蹴落とし、見事ミナリーの婚約者の座をゲットしたジェフ。

 もうずっと顔をくしゃくしゃにして笑ってるんだから。ずっと大好きなあの笑顔で惚気るんだから。

 はいはいご馳走様! なんて冷たくあしらって、見ない振りをしていた。


 結婚式……行きたくないな。

 親戚だから、行かないと駄目よね。

 素直に祝ってあげられない自分の心の狭さに、また嫌気が差していた。



 そんな時、国に布令が出された。

 ご高齢だった聖女様がお亡くなりになり、至急新しい聖女を募集すると。

 ……ビリッと電流が走ったわ。これは何と言うタイミングかしらと。


『聖女』って何かって?

 我が国はパメラという女神を主神として崇めているんだけど、その女神の加護を受ける為に、聖女を神殿に遣わして女神を降ろすの。ん~なんか分かりづらいけど、簡単に言えば、聖女=女神ね。聖女が祈りを捧げないと、国に災いが起きると信じられているわ。


 聖女になる為の条件は、10歳以上の健康な純潔の女性であることと、オパール色の瞳を持っていること。これだけ。

 ところがね、この瞳の色が結構珍しくて。ザッと周りを見る限り、適齢の女性では私とミナリーしか居ない。他にも何人かは居るんだろうけど……きっと誰も、進んで立候補はしないと思うわ。


 一度聖女になったら、死ぬまで神殿とその敷地内から出られない。つまり、一生結婚出来ないから。

 それだけじゃない。万一天変地異や戦争が起こった場合は、災いを鎮める為に、この命を女神に捧げなげればいけないの。

『聖女』と言う名の『生贄』だと言う人も居るわ。


 でもね、聖女が命を捧げる程の有事は、もうここ何百年も起きていない。神殿の記録にある限りだと、歴代の聖女は皆、寿命を全うして亡くなっている。

 天災も起きにくい土地だし、一年中気候も良い。近隣諸国との関係も友好だし……まあ、とりあえず私の代では大丈夫でしょう。


 生贄にされる勇気があって、なおかつ生涯結婚を望まないのなら、聖女になることで受ける恩恵の方が大きい。一日二回のお祈りと、年に十数回の儀式に参加するだけで、衣食住は一生保障される。それに、聖女の生家にも国から多額の支度金が入るから、財政難の我が家も救われるの。

 ……ああ、我が家はね、一応貴族なんだけど、去年父が事業に失敗して多額の借金を負ってしまったの。商才ないのよねえ、うちの父。来年には兄の結婚も控えているし、三つ下の弟にはまだ学費がかかる。支度金があれば、何とか乗り越えられるでしょう。


 え? アンタ、家族の為に自分を犠牲にするのか? この世に絶対なんかない。何百年に一度の大当たりで、本当に生贄にされたらどうするんだって?


 そうよね、私もそれは考えたわ。でも、別に自分を犠牲にする訳じゃない。ただ、現実から逃げたかっただけだから。聖女になって、とっとと神殿に入っちゃえば、あの二人の結婚式に行かなくて済むでしょう? だから私は、支度金なんかなくても聖女に立候補していた。支度金は、あくまでもオマケ。


 ……ほらね、私はこんなだから、ジェフに選ばれなかったんだ。自分のことしか考えていないんだもん。


 でもアンタ、ジェフじゃなくたって、他にいい男と巡り逢って結婚出来るかもしれないぞ? 早まるのはやめとけって?


 うーん、でも私、別に結婚がしたい訳じゃないの。ジェフが好きなだけなんだ。だから、ジェフじゃなければ、一生結婚なんかしなくてもいいの。

 あ……また目が痒くなっちゃった……


 そんな理由わけで……自分の為に立候補したのに、色々な人に感謝されちゃって、逆に申し訳なく思ったぐらい。

 まあ、誰も候補者が出なければ、抽選になっていたしね。その場合はミナリーが選ばれてしまう可能性もあったから、ジェフには泣きながら感謝されたわ。

(聖女募集中は、条件に該当する女性は結婚してはならないと法律で定められているから、ジェフも手が出せないの。わざと純潔を奪ったりしたら死罪)


 両親や兄弟は、誰かの為じゃなく私の為に泣いてくれたし。引き止めようとしてくれたから、もうそれで充分!


 そうして私は、家族写真を入れた小さな鞄だけを持って、生まれ育った家を後にしたわ。聖女として生まれ変わったつもりで、第二の人生を生きる。そう決意して。



 意気揚々とやって来た神殿の中は、想像以上に立派で足がすくんだ。家族とお祈りしていた近所の神殿とは全く違う。柱の一本一本には繊細な彫刻が施されているし、天井を見上げれば、神々や天使の絵が美しく舞い踊っている。壁に付けられたキャンドルホルダーまで華やかで、神殿というよりは宮殿に近い気がした。(行ったことないけど)


 キョロキョロと見回しながら女性神官様の後を付いていくと、まずは巨大な女神像が見下ろす祭壇の前に跪かされた。……これは祈りを捧げろってことよね。

 その後手首を長い針でブスリと刺され、浮かび上がった血を、いかめしい壺の中に垂らされる。

 これが純潔かどうかを調べる儀式なんですって。聖水が濁らなければ純潔らしいけど……なんか濁ってない? そりゃ血を垂らしたんだから、多少は濁るってば。こんなもので本当に分かるの? 所詮は占いみたいなものでしょ?

 ……まあ、クリアしたみたいだからいいか。純潔じゃないなんて言われたら、祭壇を叩いて猛抗議していた所だけど。

 女神を私へ降臨させる儀式が執り行われると、これで正式な聖女と認められたのか、恭しく礼をされた。


 一般の聖職者達が入れるのは、この祭壇まで。女神像をギイッと押して現れた扉の向こうからは、聖女と御付きの神官しか入れない、神聖な居住スペースになっているらしい。


 御付きの神官て何だって?

 あっ、そうそう! 聖女はね、男性の神官と二人で此処で暮らすの。神官には、邪悪なものから聖女を護る役割があるんですって。

 生涯、一人の聖女につき一人の神官。聖女が先に亡くなれば、神官は此処を出ていく。先に神官が亡くなれば、新しい神官が来る。そういうシステムらしい。


 さっき聞いた話によると、その神官様は先に到着していて、既に中で私を待っているって。

 同居するんだから、親切な良い人だといいな……ううっ、さすがに初対面だし緊張してきたわ。



 荘厳な扉の向こうは、拍子抜けする程普通の部屋だった。民家の居間みたいな感じ? カントリー調の温かみのあるソファーや木目のテーブル、レンガ造りの小さな暖炉まである。唯一神聖な雰囲気を醸し出しているのは、壁に掛けられた女神の絵画くらいで…………ん?

 その絵画の前に、小さな……とても小さな背中が立っていた。


「あちらが、聖女様付きの神官にございます」


 あちらって?

 一応ぐるりと室内を見るも、人間らしきものはあの背中しかない。

 私の背がまた伸びたのかしら。それとも目がおかしいのかしら。


 物音に気付いたのか、小さな背中の上の小さな頭が、ゆっくりとこちらを振り向く。

 次の瞬間、私の細い目では受け止めきれないくらい、キラキラと目映いものが飛び込んだ。


 陶器みたいな真っ白な肌に、キュッと目尻の上がった大きなオパール色の瞳。高いのに優しい形の鼻に、ぽってりと艶やかな唇。くるんとカールした銀色の長い睫毛とは反対に、少しも癖のないサラサラの銀髪。


 かっ……可愛い……!

 何この生き物。同じ人間? いいえ……天使よ、きっと。

 さっきの天井の絵から、抜け出したのかしら。


 天使を抱き締めようと思わず両腕を広げた時、その愛らしい口から、耳を疑うあの一言が発せられたのだ。



 ◇◇◇


 バッ……ババア…………


 息を吸い込み、引きつる口を何とか開く。


「聖女……聖女よ! なりたてホヤホヤ、正真正銘の! で、あんた……あんたこそ何? まさか神官じゃないわよね?」

「この部屋に居るんだから神官に決まってるだろう」


 神官……嘘……


「あんた、歳は一体幾つよ」

「人に訊く前に自分から言え」

「……16歳」


 衝撃のあまり、怒りを通り越して、反射的に答えてしまった。天使もどきの生意気なその生き物は、怪訝な顔で吐き捨てる。


「……老けてるな」

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