アルテミシア1
盲管
第1話
大会の起源は2047年、東欧はバルカン半島の黒海沿岸に遡る。
EU宇宙局が月ロケット発射場の予定地として、新たに四千haの森を開墾し、臆面もなくアルテミシアと命名した。
まさにその地から、基礎工事のさなか、青銅器時代の遺跡が出土。三千年前の環状を成す墳墓群であった。
十二基の被葬者は全て女性だが、年齢は15えから45までの幅があり、人種的特徴もまちまちである。さらに特筆すべきは、その全てに、武器と見られる副葬品が伴い、それがまた思い思いの形状をしていること。
文化的衝撃は計り知れなかった。それが本当のところ何を意味するのか、先史学会の総括を待つ暇もなく、国際興行資本が、クーベルタンをしのぐ放埒な想像力を駆動し、5年後に世界規模の格闘技大会を成立させた。
これが世界女子統合武器格闘術リーグ(WFUAAL)・アルテミシア1である。まず宇宙センターのすぐ隣で、十万人収容の闘技場建設が着手された。
並行して0.1とか0.55とか銘打った実験競技会が重ねられ、その中で量子コンピュータのサポートの下、ルールは練り込まれていった。
当初、世界120の格闘競技団体が所属選手の接触を禁じたが、本大会予選トーナメント開催までに、その8割までが解禁に至る。「全日本なぎなた連盟」も、そのひとつであった。
以下は、日本でただ一人、VRによる予選を勝ち抜き、東欧での本戦出場12人に残ったある選手の記録である。
永澄聡子(ながすみ・さとこ)。薙刀3段。
西暦2020年生まれ33歳。
身長157cm 体重50kg。
出生地ならびに居住地、広島県の島嶼部・杵入島町。 同町役場勤続12年。
高校時代、インターハイ広島二位の賞歴あり。
本戦出場が確実になった頃に撮られた動画がある。
このとき、彼女の本名と顔は一般に公表されておらず、まだ日常の時間の中といってよい。
インタビュアーは大会東京事務局の藤沢メアリー真由美。25歳。剣道有段者。すでにお互い打ち解けている。
場所は地元の居酒屋。退勤してきた永澄は、就活生のようなスーツ姿。
あ、もう始まっとる?
はい、そしたら。
わたし、とにかく昔は体が弱うてね。生まれたとき、5歳まで生きれん言われて。それは嘘やったけど。
でも実際二十歳過ぎまで透析も受けとったし、部活の遠征も合宿も行けんかったんよ。
ただ師範の山本先生に可愛がってもろおたから、ずっと薙刀は続けとって。
冗談かホンマか、アンタが師範代じゃ、ておだてられて、道場の子を教えたことも少しはあるかな。
先生が亡くなってからは、みんな散り散り。道場もコンビニになってまって。
仕方ないから、うち、ひとりで本読んで動画見て、ああでもないこうでもないって大学ノートにつけてたわ。あ、薙刀の術理の話ね。
そのうちVR対戦のキットが発売されたんよ。頭にゴーグルつけて、体のあちこちにセンサーつけて、モーション・トレーシング?
やりこんだんよ。通信対戦よりAIのNPCとやるのが気楽でな、後から自分の動画見返して、またノートつけて。そのアカウントでポイント、ものすごく貯まったんよ。使う前にその会社が潰れたけど。あはは。
真由美さんは国際人やね。カッコええなー。
わたし、この島を遠く離れたことも、ほとんどのおて。道場の子らとUSJ行ったんが一番遠くかな。
それが外国の大きな大会に出れるやなんて、夢みたいやで。
アピールポイント? 抱負? パンチの効いたやつ、か。うん、考えとく。せっかく東京から来てくれたんやからね。
それから一週の間に、永澄聡子は広島市内の行政機関でパスポートを取得し、近郊で亡父と恩師の墓参を済ませている。職場に提出する辞表を書き上げたその夜、藤沢によって第二弾のインタビュー動画が撮影される。
この映像は、その後の記録的な再生数にとどまらず、大会そのものの精神性にさえ少なからぬ影響を及ぼす。おなじみの三日月とローレルのエンブレムを縁取るあの文言が、このとき生まれたと一説に言われる。
Ars Martialis pro infirmis existit。
夜の町役場ロビーからそれは始まる。
当然周囲は無人で、照明もほとんど落とされている。
永澄は白の道着姿だが、防具は着けていない。髪は後ろで一つにまとめられ、足元は白足袋に雪駄。手にする薙刀は白樫の柄である。
一礼した後、口上もなく歩き出す彼女にカメラが追随する。エレベーターの明るい照明の下を経て、再び暗い屋上階へ出る。
ドアに貼られた「危険! 当面、屋上使用不可」という紙を片手で剥がすと、ドアノブを開錠し、迷わず踏み出す。
満月が照っていた。風が渡り、遠景には瀬戸内の夜の海がさざめいている。
「壁にピタッと背中くっつけて、体育座りしとって。頭を低うね」
そう言い置いて、彼女はフロアの中央まで歩いて行った。そして上段の構えから、発声もなく、出し抜けにぶんと振った。
鋭い衝撃とともに、何かが足元のコンクリートフロアへと叩きつけられ、微かな火花が散った。
何がと見る間に、その差し渡し40センチ、黒い平蜘蛛のような無機物は、拾い上げられ、下手投げで放ってよこされた。
「ドローン?」と初めて声を上げる撮影者の藤沢。
まさしく、4ロータータイプのドローンであった。いまや打突でそのローターは曲がり、FRP外装の破れ目から煙が上がっている。
「え、でも、これ」
藤沢の息を呑む気配とともに、機体に印されたステンシルの文字列がアップになる。
U.S.MARINES。
「これ、こういうデザインで売ってるやつですよね」
永澄は静かに首を振る。
「本物の米軍。岩国におる海兵隊第66タクティカル・リーコンゆうの。島の南側に中継点があってな。先月からここをよう通りよんん」
「こんな低空を」
「子どもに当たって怪我したこともある。もちろん違法よ。でも向こうはへいちゃら。低空のほうが風を受けんと燃料の節約になる言うたらしいわ。下請けのPMCが」
「そんな馬鹿なこと」
理不尽さに若い声が震えるが、地元の年長者は淡々と、
「5年前、父がカスミ網みたいな罠で捕獲して。それ持って県会議員のとこまで陳情に行ったんね。そしたら次の朝4時に山口県警が家に来たわ。父は逮捕されて連行されて、もちろん不起訴になったけど。そのあとも民事のスラップ訴訟に死ぬまで苦しめられた」
肩を落とし、壁に手をついて、
「島のみんな、それを見て懲りて、自分からこれらに道を譲るようになりました。南の浜なんか、バリケードで封鎖状態よ。別に法令でも条例でも何でもない。どう言うの? 生活の知恵? 何かもう」
言葉がつかえ、慌てて顔をそむける様子。
「あ、ごめん、ちょっと待ってね、あれ」
カメラに向けた手のひらが、小刻みに震える。
「あれ、おかしいな、こんなん」
背を丸め、手の甲で目元を拭っている。
そこからカメラはしばし、最寄りのドアのアルミサッシを無為に映している。
3分程度ののち、カメラが向き直ると、彼女はもう頭を上げている。薙刀も垂直に立っている。
「ごめんなさい。お見苦しいところを。仕切りなおしね」
バツの悪そうな笑みだったが、ゆっくり胸を張って空を仰ぐ。
「よぉこうして、お布団の中で泣いたわ。でも、うち、まだ信じよるんよ。先生に習うたんやもん。武術は弱い者のためにある、て」
真剣な顔になると、初めて薙刀の穂に触れ鞘を払った。一度深呼吸して、女剣士は再びフロアの中央に進み出る。
教則本のような上段の構えから、切り下げ、切り上げ、突き。すべるような足捌きは、初めから終わりまで、決められた一連の表演と見える。だが白刃は三度月光を撥ね、使い手が足を止めたときには、刃渡いっぱいに、三機のドローンが数珠つなぎに貫かれていた。時間にしてものの1分である。
そして彼女は、誇らしげな太古の狩人のように、獲物を高く掲げて戻ってきた。石突きでトンと床を鳴らし、カメラに向かって高らかに告げた。
「わたし、本戦で勝って、賞金で高い弁護士さん雇います」
頭上では血祭りのドローン三機が、一塊になって燃えていた。
この動画は委員会が何を思う間もなく、早々と流出した。
Artemisia finalist Japanese NAGINATA girl speares U.S.military drones in action
と題されて爆発的に拡散。15カ国語の字幕バージョンが派生し、再生数世界一位に躍り出る。ポジティブ評価はネガティブ評価の20倍。そして彼女自身を決勝まで導いた並々ならぬ技量も、あらためて広く確認された。
日和見していた委員会も、ここに態度を決し声明を発する。「不法行為は、明らかに在日米軍と運用するPMCサイド 。我等はあくまで法と秩序の側に立つ」。
ウィーンの大会法務部からも、選り抜きの法曹団が日本へ送り込まれるに及び、もはや米軍側に打つ手はなかった。
二ヶ月後、バルカン半島東岸・アルテミシアの地で世界注視の中、リーグ戦が幕を開けた。
全日程を消化して、日本の永澄は直接対決において、惜しくも3選手に遅れを取った。
すなわちアイスランドの両手剣、シグリッド・エリクドッティル。
アルジェリアのフェンサーでセーブル使い、ウージェニ・ベナマディ。
ヴェトナムの形意五行槍、グエン・ティ・リエン。
その一方で、残る8戦はすべて拾い、点数で総合2位につける。永澄聡子は表彰式で、準優勝の賞金5千万ユーロを手にした。
凱旋帰国と同時に、なぎなた連盟は、特例でこれを六段錬士に叙した。
その後、彼女は母親とともに広島市内に居を移し、道場を開設した。
現在、3人の日本人少女に加えて、黒人と白人とインド系の成人、都合6人の弟子の通う姿が見られるという。
アルテミシア1 盲管 @mokan2023
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