10話目
(あぁぁぁわわわ⁉︎)
左手をつかんでいるのは、たぶん、いや確実に先輩だ。
それ以外ありえないし、もちろん心の奥底で期待してた展開ではあるのだが、いざ現実に起こってみると混乱しか湧かなかった。
「——原さん」
混乱した脳内に彼のテノールが響く。
でもやっぱり羞恥心が押し寄せてきて、左腕を引く。しかしビクともしない。
「——原さんっ」
もう一度、自分を呼ぶ声は少し焦りが滲んでいた。
(に、逃げれない!どうしようどうしようどうしよう……)
と内心半泣きになりながらも、なんとか振り返る。
「——原さん、全部の意味を教えて」
うつむき気味の彼の表情は見えない。
「カフェで言ってたのは違うってどういうこと?」
瀬名の左腕を掴む力が少しだけ強くなる。
「——できれば、ちゃんと教えて欲しい」
意を決したのか、さっきまで俯いていた彼は、瀬名のことをまっすぐ見つめてくる。視線がぶつかってしまって、うまくそらせない。
なのに脳は冷静さを取り戻していて、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「……全部って言うのは、今日一日中先輩と一緒に買い物をしたことです。北条先輩が先にプレゼント選びにしようって言ってくれたの、すごく嬉しかったです。……別に付き合ってる訳でもないのに……勝手にときめいてました」
言うつもりはなかったのに口は止まらない。
だから、もうどうにでもなれ!と彼や自身の初心な恋心も御構い無しに、そのまま続ける。
「カフェの時のは、先輩のことですよ。……ケーキも本当に美味しかったけど、先輩に片想いしてる人間に優しくしちゃダメです。もっと好きになっちゃうじゃないですか……………だから先輩は狡いって言ってたんです」
今さら、手が震えているのに気が付いた。だけど、もう後戻りはできない。
そして震える手に力を込め、口を開く。
「あの、今日はすみませんでした。……先輩が沢山気を遣ってくれていたのに、私のせいで先輩を不快にさせてしまって」
「……うん」
優しく頷かれると、胸が締め付けられるようで苦しい。
「だから、本当にすみませんでした。これからはあんまり近づかないので、わす———」
「いいよ、もう」
———忘れてください。言おうとして、突然言葉を遮られる。
「……あのね、原さん。僕がいつ君のこと忘れたいとか嫌いだとかって言ったりしたかな?」
「え?それは、」
「言ってないよね。僕はただ、君が僕のことを嫌いじゃないか、恐がられていないかが心配でたまらなかっただけだよ」
そんな風に思ってくれていたなんて気づきもしなかった。
思わず、彼の顔をまじまじと見つめてしまう。すると、彼の瞳の奥にはいつもの弱々しい色はなくなっていて、代わりに見たこともない、触れてしまったら火傷をしてしまうような激しい光が輝いていた。
「原さん、僕はねずっと君を知っていたし、ちゃんと見ていたつもりだよ。稽古の合間に君が顔を出してくれているのも知っていたし、時々話しかけてくれたのも嬉しかった」
彼は左腕を掴んでいた手を離し、急に泣きそうな声で言った。
「——だからさ、忘れてほしいとか言わないで」
そう言われた瞬間に目から涙が溢れ出てくる。
なんだか色んな感情がごちゃまぜになって止まらない。
「泣かないで、僕が泣かせたみたいじゃん」
「はい、でもごめんなさい 」
「好きだよ、原さん」
「私も好きです、大好きです、北条先輩」
これが、彼からの告白の瞬間だった。
その後は、彼に家まで送ってもらい無事帰宅した。指をしっかりと絡め、道中まともに喋れず、瀬名は幸せのあまり溶けてしまいそうになったのだった。
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