エピローグ
あれから全然夢を見なかったのに、三年になった翌日に財前の夢を見て、その夢の中で財前は大学生だった。ついに現実の財前追い越しちゃったよと思うけど、それより驚いたのはその財前は藝大生になっていたことだ。大学生の財前はにへりながら私に言う。
「立花、私の方が年上になっちゃったね〜、私のこと先輩って呼んでよ」
私はつい大学生活のことを聞きそうになるが、聞かない。それは自分で体験したい。でも夢を見なかった反動のように、ここのところ毎日財前の夢を見て、大学生の財前と遊んでいる。絶対に絶対に、鉄の意思で大学のことは聞いてやらない。……とりあえず私からは。
「立花、現役で受かれるかなあ? んふふふふ」
うっせ。
予備校の講師は私に今のままでは藝大は厳しいかもしれないと言う。「テクニックは身に付いているけど、勢いだとか魅力が足りない」「そこが審査において脚を引っ張ってしまうかもしれない」「ちょっと荒くても審査員受けする絵ってのがある。立花はそうじゃない」
なるほどね。一理ある。でも魅力を出そうとしちゃったら、それもある意味テクニックじゃないの? まあそんな言い訳みたいなのは意味なくて、私はとにかく描くだけだ。
部活に行く時間が少なくなって財前と会う時間も減る。でも時間を合わせてたまに遊びに行く。会う時間が少なくなっただけで毎日話しているし、家にも来るようになるし逆に私が財前ん家に行くこともある。
夢の中の財前は未来に行ってしまって、今いる現在の財前にどんな影響を与えているかわからない。あるいは現在の財前が夢の中の財前にどう影響するかも。けれど私はもうそんなことは気にしない。財前は財前だ。うざくて性格悪い奴。
ま、それで良い。
ああ、そうそう、忘れてたけどあの日、私たちは夜の二時ということでテンションが上がっちゃってて、結局すぐには家に帰らなかったのだ。後が怖いってのに、親からの連絡も無視してね。
学校中を財前と周った。職員室、図書室、屋上への踊り場(屋上の扉は鎖でぐるぐるにロックされているから開けられなかった)、理科準備室、体育館、視聴覚室、ゴミ捨て場、それから校庭……。
校庭で走り回って風を浴びながら私は財前に言う。
「なんで美術部入ったんだよー。あ、楽できるからとかなしな」
「んー」と財前が言う。「言わなきゃだめ?」
「言えよー」
「えー」
「財前ー」
と駄目押しすると財前はようやく答える。
「うざい顔してる奴がいたからちょっといじめてやりたくて」
それでこそ財前。
「何笑ってるの立花?」
私は答える。
「何でもない」
「嘘でしょ。何でもはなくないでしょ」
「嘘じゃないでーす」
「……それも嘘でしょ?」
「お、月が綺麗」
「......」
「今日って満月かー。写真撮ってよ」
「それじゃそこ立って」
「いや私撮らなくて良いって。月だけで」
って言ってんのに、財前はインカメで自分と私を撮る。月は画面の端の方であまり良い写真じゃない。でもその写真は私のスマホにも送られる。
「月ちゃんと撮ってよ。絵の資料にするから」
「うーん」
「お前なー」
「立花」
「何だよ」
「ありがと」
私は赤くなる。
ありがとなんて言われるのは、自分で言うより恥ずかしかった。
嫌いなお前の顔を殴る 在都夢 @kakukakuze
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