6 夢の中でハイ
「久しぶり」
と言う財前はブレザーで背がかなり伸びていて大人っぽくなっている。それでもまだ私の方があるけど、なんと言うか唯一勝っていたものが負けそうだ。
「全然久しぶりって感じじゃないんだけど」と私は言う。
「私はそうだよ?」
と財前は言って、歩き出す。そこで私はこの夢がどんなものか知る。マンションとかコンビニとか小学校まであるのに人が全然いなくて、その上、空が灰色でまるで人間が絶滅しちゃったみたいな景色だった。
前の夢はB級映画みたいだったのに、今日のは随分静かだ。
団地がある。そこを通り抜けようとすると中に、公園があるのが見える。アザラシとかカバの置物があって座れるようになっている。で私たちは座る。
「ねえ、何で最近来ないの?」
と財前が言う。
「来る来ないじゃなくて、夢を見てるだけだって」と私は笑う。夢の中の人間だってのに何言ってんだか。
「じゃあ頑張るから来てよ〜」
「頑張れません、最近疲れてるんで」と私が言うと、財前は「何がー」と言う。
私は「いやお前が……」と言いかけるけど、さすがに言わないで代わりに私は「ムカつく奴がいるんだよ。最近やけに絡んできて、もうめいっちゃって」
「どんな奴?」と財前が聞く。
お前みたいな奴だよ!
「人のこと見下してくるし、嫌いなら嫌いで無視すればいいのに、うざったく絡むし、何考えてるかわかんないしとにかくうぜえ奴」あと怖い。
「ふーん。殴っちゃえば良いのに」
「無理っす、そんな上手く行かないって。それができたら苦労しないの」
「私なら殴っちゃうなあ」
「お前はイキリ中学生か。あ、中学生だよね」と私は言う。
「そうですけど。もう中二になっちゃったんですけど」と財前は膨れて言う。「ねえー。何か面白いことしよ?」
「気楽だなー……」
と言いつつ私たちは探す。夢の中だから何でもありだ。すぐにブランコの方にジープが見つかる。大きいタイヤに黄色い車体。乗り込むと視界が高くて興奮する。運転席に私で、助手席に財前だ。
「行くぜー〜!」
「ひゃっほー〜!」
ドカンとジープが前に飛び出して体が跳ねる。シートベルトなんかしてないし免許も持ってないけど、夢の中だからどんな荒っぽい運転をしたって良い。
公園を出て住宅街を抜けて一本道に出る。広い道路だけどジープ以外に車は無い。窓を開ける。すごい風が入ってくる。
めっちゃ気持ちいいいいいいいい!
財前が窓から顔を出す。髪がぶわああああっとなる。
「わはーっ」と楽しそうに叫ぶ。
私もさらにアクセルを踏み込む。ぐいぐいスピードが上がってメーターが四百キロとか言うありえない数字をたたき出す。
灰色の空と道はどこまでも続いている。行っちゃっていいのかこれ? どこまでも行っちゃっていいのかな? わからないけどとりあえずわかるのは今、すごく楽しいってこと。隣の財前も叫びっぱなしだ。
「ひゃはゃひゃひゃひゃー!」
財前のこんな姿も叫びまくってるのも見るのは初めてだ。へえこんな風に笑うんだって所じゃなくて、楽しくておかしくなっちゃってるって感じ。でも私にその姿を見せるのは全然おかしくなくて、それだけの時間を夢の中で過ごしていて、今までは認めまいと思っていたけども、この際認めてしまうと夢の中の財前はもう友達だ。小学一年から小学六年までの姿を見ておいてさすがに認めないわけにはいかない。
でもこの関係っておかしくて、現実の方の財前とは碌に過ごしていなくて友達になんてなりっこないのに、夢の方の財前とは膨大な時間を過ごして、財前がどんな奴なのか知っているのだ。現実の財前は全然わからないのにね。
でも、でもだ。
この瞬間はマジで楽しい。
猛スピードでぶっ放していると橋が見えてくる。いや、近づいてくるとわかるけど、橋じゃなくてジャンプ台だった。ジャンプ台と岸はなかなか離れている。ジープ飛べんのかと思ってると財前が岸を指差して言う。
「あ! あれ私の学校」
見るとさっきまではなかったのに中学校っぽい建物が生えている。
「どうすんの! 飛んじゃうよ」と私は言う。
「飛んじゃって飛んじゃって〜!」
「行くよ! マジで行くから!」
「行けー!」
と財前が叫んで、ジープはジャンプ台から飛び出す。重力を無視して弾丸のような勢いで中学校の校舎に突っ込んでいく。ジープが窓ガラスをぶち破って教室に入った瞬間、爆発が起きる。爆発はジープから……ではなくてなぜか教室の壁で廊下で校舎からだった。ぼぐおおおおおおんごおぉぉおおんと爆発音が響いている中を通り抜けて地面に着地する。とジープがコントロールを失って横転する。
「……重い」
と財前が呻く。
財前は私の下敷きでしかも顔面を踏んづけていた。「あ、ごめん」と私は言って、窓の方に這い上がる。
窓枠から財前を引っ張って外に出して辺りを見渡すと、瓦礫しかなくてもうそれ以外存在しなくなっている。と言うのも建物とか道路とか全部消えてただのだだっ広い空間だけだからだ。でも空はある。灰色の。
「なんもなくなっちゃったねー」と財前が言う。
「ねー……」
「ま、いっか。学校とかなくなっちゃえばいいし」
「どしてよ?」
「つまんないし」
「そりゃつまらんけど」
と私が言うと財前は
「つまらなさしかないよね? 学校の人間は全員つまんないし、自分のことを面白いと勘違いしてる奴しかいないし頭も悪いしへぼいし、もう、ね? 付き合ってらんないよ。立花はそう思わないの?」
これは病気だなあ。中学生がかかりがちなやつ。まあ気持ちはわからなくもないけども。
私は言う。
「まぁそこら辺しょうがないよ。合う合わないってのはあるわけだから」おお、結構まともなことを言ったぞ私と思っていると財前はふてくされた感じで
「立花までそんなこと言うんだ」
までって言ってもね。私だって仕方ないから諦めろ的なことには反抗したいけど、そう一瞬でうまい名言が思いつくわけがない。私は
「怒らないでよ財前。あんたの言うことを否定したわけじゃないから。私も学校は嫌いだよ? でも、中退するのも格好悪いから通い続けてる。そんなもんだよ。なんつうかさぁ、ただ過ごすだけの時間ってのは必ず人生の中にあるんじゃない?」
おいおいくたびれたおっさんみたいなこと言ってるよ、大丈夫か私。
財前は「むうう」と唸ると、地面にべたーぁって横になる。
「つまんなーい。そんなのってクソ人生じゃん」
「そうでもないでしょ」
私も寝転がる。
「私のクラス最悪だよ。アホばっか」
「ふーん」
「マジでアホ」
頑なだな、結構。でもそういう奴に限って問題が本人にあったりするんだ。で私は聞く。
「なに、財前ぼっち?」
「……」
図星かよ。
「あはっ」
と笑うと(人のこと言えないけど)財前は殴ってくる。
「まあ、いつもってわけじゃないけど、私たち、夢で会えるからそれでいいんじゃね」と私は言う。
夢の中ではつまらないってことは無いはずだ。多分。
「本当だよね?」
と言って財前が私を見る。思わずどきっとする。その時の財前は目が潤んでいて上目遣いでほんま可愛かったのでやばかったのだ。
「1年間も来なかったじゃん」財前が言う。
「いやー私のせいじゃ……」と財前がぽろぽろ泣きだすので私は「見るから! できるだけ夢に見るから! あーもう泣くなよ」
「にゅえーん」と財前は変な泣き方をする。
ちょ、笑っちゃうだろ。
「にゅえーん」
うるさいから私は財前をこちょこちょする。と財前は「にゅえーん」が「にゅははは」になって転げ回る。長い脚が降り回されて私の顎をゲシッと蹴る。やったな〜と私は更にこちょこちょを激しくさせる。「にゅははあはっははは」財前、もう中学生なのになんじゃこりゃと私は思う。現実の財前は高校生なのに。
急にはっとしたように財前が言う。
「あ、夢終わっちゃう」
「わかるの?」
「うん……」と財前。
「ま、次も遊ぼ」と私が言うと財前は「次いつ来んの?」と少し不安げに聞く。知らない。けど安心させるために言う。
「明日とか、かな」
嘘じゃない。
このところ毎日、財前の夢を見ているのだ。財前の方は勝手に時間が進んで成長しているようだけど。
「本当に来てよ」
確認するように財前が言う。
「来るって」
「ほんと?」
「ほんとだって」
ああもうしつこいな。
「ほんと……」と財前が言っているうちに私は意識が薄れて砂の中に落ちていくみたいに目が覚めてうわっと勢いよく起きたせいで壁に頭をぶつける。
痛えー……。
マジ痛い。財前のせいだ。アホアホ中坊財前のせいだ。「あーもう……痛えよ」私は起き上がると洗面所に行く。でも顔を洗っていると無性に寂しくなってくる。何でだ? っていうまでもなく夢の世界が楽しかったからだ。何でもありの何でもできる夢の世界から離れる時は、さながらパーティーの終わりだ。寂しさしか残らない。
私はため息を吐く。
現実はマジつまんねーよ。
現実の財前はイカれてるし。
私の絵は財前に届かないし。
藝大行けるかわかんないし。
でもやり続けるしかないし、学校に行くしかない。つまんないけど仕方ない。そう言えば学校はあとどれくらいで終わるんだろう? 私は数えてみる。今、高二で夏だから、一年と半分くらいか。卒業するまで大体五百日近くはある。長い。しかし私は思いつく。そんだけあるのなら、私は成長して藝大に入れるくらいにはなるんじゃないだろうか。諦めさえしなければ。とここで財前に言われたことも思い出す。
「でもさ、そんなしょぼい絵描いてたり、芸術家ぶってるうちは美大入んの無理だと思うんだけど」by財前。
うっせーよ! できるようになるんだよ! あー、思い出したらムカついて来た。制服を着ちゃったのにすげえ殴りたくなってくる。バシバシとサンドバッグをしばく。いつか本物の財前をしばいてやる。
そんで学校行って授業して部室で絵描いてると財前に言われる。
「今から遊びいかない?」
うん?
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