20:薬師と王太子の来訪

 数日後、ケルヴィンが招いていた薬師のディーノが屋敷にやって来た。

 ディーノは褐色系の肌をしていて、異国の雰囲気の漂う若い男性だ。おっとりとした話し方で、いつも明るくニコニコしている。


 彼は屋敷に到着すると、すぐにヴィンセントを診てくれた。


 ヴィンセントが飲まされていた毒の種類がわかっていたので、薬がすぐに処方された。ディーノの話によると、このまま薬を飲み続ければ少しずつ解毒されるので、毒による後遺症はほとんど無いそうだ。

 

 それを聞いてジョアンナを含めて、事情を知る者は安心した。


 数日程度の滞在を予定していたディーノだが、春までは屋敷の客室に滞在することになった。

 新しい医師が見つかるまで、ヴィンセントの主治医になることをケルヴィンに頼まれたのだ。

 

 もうすぐ、本格的な冬が訪れる。ディーノが住んでいる隣国の町でも、真冬には雪が深く積もり移動が厳しくなるそうだ。

 そのため、冬の間は仕事が無かったらしいディーノは、すぐにこの話を引き受けた。


 屋敷に滞在中、ディーノはヴィンセントの診療に加えて、薬を作る仕事もすることになった。


 リネハンの領内では例年よりも風邪が流行っている。


 そのため、ケルヴィンは急いで薬草を買い集めている。その薬草を使って薬を大量に作り、雪が積もって移動が困難になる前に領内に配る必要があるのだ。


 ケルヴィンは屋敷内に、ディーノ専用の調合室を作った。ディーノはそこで薬作りに励むそうだ。

 


 ディーノの来訪に続き、数日後には王太子セドリックの来訪も控えている。


 屋敷は慌ただしい空気に包まれていたが、ジョアンナは変わらない毎日を過ごしていた。

 

 午前中は図書室か散歩に行き、昼食はヴィンセントと一緒にとる。

 午後はセリーナに時間があれば、王族への基本的なマナーについて教えてもらっていた。

  

 少し変わったことと言えば、昼食の後にヴィンセントと一緒にいる時間が増えたことくらいだろうか……。


 ヴィンセントは薬が変わってから、前のように強い眠気に襲われることがなくなった。そのため、2人は食後に一緒にお茶を飲んで過ごす日が増えた。


 

 夜は、ディーノをまじえて食堂で4人で食事をすることが多かった。

 

 ディーノは隣国のニュクサーバ王国に家を持っているが、様々な国を訪れて薬作りを学んでいるらしい。彼から聞く他国の話はとても興味深いものばかりだった。


 肝心のデスパル草だが……ディーノはデスパル草の存在は知っていた。しかし、残念ながら実物を見たこともなく、効能や調合方法もわからないらしい。


 ただ、ディーノの祖父はカリード王国の出身で、若い頃から国中を旅して様々な素材を集めて研究していたそうだ。すでに祖父は亡くなっているが、彼の残した手記に何か情報があるかもしれないので、少し調べてくれるそうだ。


 ジョアンナは良い情報が得られると良いなと思いながら、その話を聞いていた。




 数日後、ついに王太子セドリックが屋敷に来る日になった。

 

 ジョアンナは早朝から風呂に入り、念入りに全身を磨き上げられて身支度を整えている。

 学園を卒業したばかりで社交の経験の少ないジョアンナは、恥ずかしいことにすでに疲れ果てていた。


 セリーナに選んでもらったドレスを身につけて、いつもよりしっかりと化粧をすると、侍女達から「美しい」「良く似合っている」と口々に褒められる。


 鏡に映った自分はいつもより少し大人に見えて、ジョアンナはなんだか気恥ずかしかった。


 昼食は軽いものを用意してもらい、部屋で1人でつまむことになっていた。

 好物のハムとチーズの挟まったサンドイッチを口に入れているが、ジョアンナは何だかあまり美味しく感じない。


 ──ヴィンセント様と食べるサンドイッチは、いつもあんなに美味しく感じるのに……。


 ジョアンナはヴィンセントのことを考え、小さくため息を吐いた。



 しばらくすると、部屋に迎えがやって来た。セドリックがそろそろ到着するそうだ。

 

 ジョアンナは急いで廊下を歩いているが、エントランスが近づくにつれてどんどん緊張が高まっていく。

 

 エントランスに着くと、ケルヴィンとセリーナが使用人に指示を出しているのが見えた。


「ジョアンナ! 綺麗だわ……ヴィンセントが見たら、きっと驚くわよ」

 

「とても綺麗だ。良く似合っている!」


 2人はジョアンナに気がつくと、目を輝かせて褒めてくれた。


 

 3人でなごやかに話していると、遂にセドリックを乗せた馬車が到着したようだ。

 

 すぐに外に出て、出迎えに向かう。ジョアンナはケルヴィンとセリーナの後ろに立ち、セドリックが馬車から降りてくるのを待った。


 お忍びの来訪のせいか、紋章の入っていない黒いシンプルな馬車が屋敷の前で止まると、中からセドリックが降りてきた。

 

 美しいブロンドの髪は太陽の光を受けて輝き、青い瞳がとても美しく、気品に溢れた美しい顔立ちをしている。彼はケルヴィン達を見て軽く微笑み、長い足で颯爽さっそうとこちらに向かってくる。


 ジョアンナの心臓は、これまでに感じたことがないほどの大きな音を立てていた。膝が緊張で小刻みに震え、立っているのがやっとの状態だ。できることなら、この場から逃げ出してしまいたい……。


 セドリックは2人と親しそうに挨拶を交わした後に、ジョアンナに目を向けて人懐っこい笑顔を浮かべた。

 

 ケルヴィンから紹介を受けて、セリーナから教えられた通りに挨拶をする。

 

 ジョアンナは緊張で声が少し震えながらも、なんとか失敗せずに挨拶を終えることができた。チラリと視界に入ったセリーナも頷いていたので、及第点の出来であろう。


「ヴィンセントの友人のセドリックだ。ジョアンナ嬢に会えて嬉しく思う。今回は友人の屋敷に遊びに来ているだけなので、そんなに緊張しないで気楽に接して欲しい」


 セドリックはジョアンナに気さくに声をかけて、柔らかく微笑んだ。

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