19:家族の昼食②

 【ログインボーナス】の報告も無事に終わり、4人はお茶を楽しんでいた。


 最初のうちは最近の話題が多かったが、いつの間にかヴィンセントの幼い頃の話になった。

 

 今は物静かなヴィンセントだが、子供の頃はヤンチャでセリーナの手を焼かせたそうだ。

 

 ケルヴィンや騎士たちが魔物の討伐に出ることを知ると、何度も馬車に隠れて付いていこうとしたらしい。屋敷をこっそり抜け出そうとしたことも、一度や二度ではないそうだ。


 セリーナ自身が剣をたしなみ身体を鍛えていたから何とかなったそうだが、普通の貴族女性ではきっと手に負えなかっただろう。


 ヴィンセントは顔を赤く染めながら「もう止めてください」と何度もセリーナを止めていたが、気分が乗ったセリーナは次々と色んなことを思い出して話していく。

 

 ケルヴィンは大笑いしながらそれを聞いて「そういえば……」などと、彼の知るヴィンセントのエピソードを話してくれた。


 ヴィンセントは終始恥ずかしげで少し可哀想だったが、ジョアンナは彼の新しい一面を知ることができて嬉しかった。


 笑いすぎてジョアンナの顔が痛くなり始めた頃、ヴィンセントの薬の時間になり、ダニーが薬と水を持ってやってきた。


 テーブルに置かれた薬は黒い丸薬で、昼と夜に2錠ずつ飲んでいるそうだ。


 ヴィンセントの話では、最初は粉薬だったのでひどい味と臭いで飲むのが大変だったそうだ。しかし、主治医がパオロに代わってからは丸薬になり飲みやすくなったらしい。


 そんな話を聞きながら薬を見ていると、いつもの癖で無意識に【鑑定】で情報を確認してしまった。


 すると……そこには目を疑うような文字が書かれていた。


 ────────────────────

 ◼︎毒薬

 ベネラーナの内臓から採れる毒を含む丸薬

 飲み続けると内臓が徐々に弱り、衰弱して数年で死に至る

 ────────────────────


 ジョアンナは頭が真っ白になりながらも、薬を口へ運ぼうとしているヴィンセントの手を必死につかんだ。薬の事をすぐに伝えなければならないのに、喉が張りついたように渇き、声が出てこない。


「ジョアンナ嬢?」


 驚いたヴィンセントが彼女を見ると、顔色が真っ青になり唇が震えている。

 

 これは普通ではないと思い、咄嗟とっさに左手を彼女に伸ばそうとするが、激痛が走っただけでピクリとも動かない。ままならない自分の身体に苛立ち、ヴィンセントは奥歯をガリッと噛み締めた。

 


 様子を見ていたセリーナは静かに立ち上がり、ジョアンナの元へ移動した。そしてジョアンナの背中にそっと手を伸ばし、優しく撫でる。


 セリーナにそうしてもらっているうちに、ジョアンナは少しずつ落ち着きを取り戻していく。



 ジョアンナは落ち着くと、自分がヴィンセントの手を力いっぱい握り続けていたことに気がついた。ヴィンセントの手は少し赤くなっていて、持っていた丸薬は2錠とも床に落ちている。


「ヴィンセント様、すみません!」


 ジョアンナは慌てて手を離した。


「大丈夫?」


 ヴィンセントは、心配そうな瞳でジョアンナを見つめている。

 ジョアンナは首を縦に振り、ヴィンセントに微笑んだ。


 そして、ヴィンセント、セリーナ、ケルヴィンを順番に見つめてから静かに口を開いた。


「あの……皆さんに大切なお話があります」


 ケルヴィンは黙って頷き、すぐにお茶を入れ替えさせてから人払いをした。


 部屋に4人だけになると、ジョアンナはお茶をひと口だけ飲んで喉を潤してから、【鑑定】で見た薬のことを伝えた。




「バンッ」


 話を聞いたケルヴィンは怒りの余り、座っていた椅子を殴りつけた。握られた拳は震えていて、顔は怒りに満ちて赤くなり、額には血管が浮き出ている。


 セリーナは、顔を真っ白にして、テーブルの真ん中に置かれた丸薬を呆然と見つめている。


 ヴィンセントも驚きが大きかったようで、目を見開いて丸薬を見ている。

 


 最初に動き出したのは、セリーナだった。

 目を吊り上げておもむろに立ち上がり、早足にドアへ向かった。それを見たケルヴィンが慌てて彼女を止めて、なんとか席に着かせている。


 セリーナの髪は少し乱れていて、瞳には怒りの色が見える。

 あまりの迫力に驚いたジョアンナは、呆然と2人を見ていた。


 席に座ってからもセリーナは興奮した様子で、「パオロを叩き切る」と言って聞かない。何度も腰を浮かせるセリーナを、ケルヴィンが肩に手を置きなんとか抑えている。

 

 ケルヴィンは、何度もセリーナに「全て自分に任せてくれ」と言い、懸命に説得し続けた。

 そうしているうちに、少しずつセリーナも落ち着きを取り戻していく。


 セリーナはカップを手に取ると、いつもの上品さが嘘のようにグビっとお茶を飲み干した。すぐにケルヴィン自らポットを手に取り、セリーナのカップにお茶を注ぐ。

 

 その向かいでは、ジョアンナとヴィンセントが気配を消して静かにお茶を飲み、セリーナが落ち着くのを待っていた。

 


「驚かせてごめんなさいね」


 落ち着きを取り戻したセリーナは、顔を赤らめて謝罪すると、乱れた髪を手櫛てぐしで軽く整えた。


 ケルヴィンはダニーを呼び、パオロの薬を全て持って来させた。そして、ジョアンナに【鑑定】で調べるように頼む。


 包みに包まれたままの薬を、1つ1つ鑑定していくと……残念ながら全て同じ毒薬だった。


 

 パオロは1年位前から、月に1度の頻度で屋敷に来ているそうだ。

 

 ヴィンセントの効果的な治療法は見つかっていないので、黒い丸薬は体力を落とさないための薬だと説明されていたようだ。


 パオロの薬を飲み始めた頃は、一時的にヴィンセントの体調が良くなったそうだ。その為、これまでパオロを不審に思ったことは一度も無かったらしい。


 ただ、今にして思えば、薬を飲んだ後に襲ってくる強い眠気に少し違和感を感じるそうだ。

 

 そういえば、昼食後はヴィンセントは眠っていることが多かったと思い起こしながら、ジョアンナは彼らの話を聞いていた。



 

 薬の件は、数名の使用人と4人の胸に秘めて、絶対に口外しないようにケルヴィンから指示を受けた。ケルヴィンは、これから徹底的にパオロを調べるらしい。


 毒を知らずに飲まされていたヴィンセントは、ケルヴィンが信頼できる薬師に身体を診てもらうそうだ。

 


 少し前までの和やかな空気はすっかり消えて、それぞれの顔に疲労を色濃く残し、この日の昼食は終わりを迎えた。

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