16:初めての街歩き

 数日後、ジョアンナはセリーナと一緒に近くの街に来ていた。

 もうすぐ本格的な冬が訪れるので、その前にジョアンナの服などを揃えるためだ。

 

 部屋のクローゼットには、セリーナが用意してくれた服がいくつも入っている。そのため、ジョアンナにはこれ以上の服は必要なかった。


 しかし、セリーナに「ずっと娘が欲しかったから、一緒に買い物に行きたい」と言われてしまえば、一緒に行く以外の選択肢はない。


 思えば……ジョアンナはリネハンに来てからずっと屋敷で過ごしていたので、これが初めての外出だ。


 

 連れてきてもらった街は、活気に溢れていて、通りには多くの人が歩いている。

 

 まだ11月なのに、リネハンは王都やマーランドの真冬と同じくらい寒いので、ジョアンナは厚着をしてきた。

 しかし、セリーナや通りを歩く多くの人は、ジョアンナよりずっと薄着なのに平然としている。皆、この気候に慣れているみたいだ。

 

 そして、この街には隣国の人も多くいるようだ。見慣れない形の服や装飾品を身に着けている人をよく見かける。

 セリーナから聞いた話によると、隣国の大きな商店がこの街に支店を持っているからだそうだ。


 商店の従業員がこの街と隣国をよく行き来しているので、この街には隣国で流行っているものがすぐに入ってくるそうだ。

 リネハンの商人も隣国で店を出しているらしく、リネハンで手に入る物も隣国で流通しているらしい。


「王都でも手に入らない変わった物も多いから、街を歩くだけでも楽しいわよ」


 セリーナの言った通り、露店には見たことの無い物が多い。美味しそうな香りをあげている屋台などもある。

 ジョアンナは夢中になって周囲を見渡していた。

 


 セリーナの案内で向かった通りに入ると、人通りが一気に減った。

 通りを歩く人の服装が変わり、従者を連れた人を多く見かける。この辺りは貴族や裕福な人達が通う店が多いそうだ。


 セリーナは、屋敷へ来てもらって買い物をすることも多いが、こうして街へ足を運ぶことが好きらしい。

 ジョアンナもきっと喜ぶと思い、街に連れてきてくれたそうだ。


 セリーナの心遣いに感謝しながら彼女の後に続いていると、1つの小さな店の前に着いた。


「ここが私のお気に入りの店なの。小さな店だけど品揃えも豊富だし、何より店主の腕がいいのよ」


 店に入ると、飾られている様々なデザインの服がまず目に入る。隣国の服をアレンジしたものや、初めて見るデザインの服も多い。


 店の奥の棚には、色とりどりの布や皮、手の込んだ織物などが沢山置かれている。


 目を輝かせて店内を見ていたジョアンナに、1人の小柄な女性が近づいてきた。

 彼女がこの店の店主で、この店の服を全てデザインしているそうだ。


 彼女は幾つかの服を手に持ち「良かったら着てみて」と明るく言ってくれた。

 


 コリンナと店の従業員に手伝ってもらい試着すると、服の軽さに驚く。そして、着心地も良くとても暖かい。

 この服には、羊に似た魔物から取れた毛から作った布が使われているらしい。


 色合いもジョアンナのピンクブロンドの髪に合い、なかなか似合っている。


 ──ヴィンセント様に見せたら何て言うかしら?


 そんなことを考えたりしながら、セリーナや店主と一緒に選んだ服や靴などを購入した。


 簡単な手直しだけの物は今日中に、少し時間がかかる物は出来上がり次第、屋敷に届けてくれるそうだ。

 店主にお礼を言って店を後にすると、次はセリーナのお気に入りのカフェへ連れて行ってくれるらしい。


 

 案内されたカフェは、店の外に沢山の花が飾られていてとても可愛らしい店だった。

 輝いた瞳で店を見ている女性を何人か見かけたので、人気の店なのだろう。どうやら店は満席らしく「満席だって―」と残念そうに言っている女性もいた。

 

 中に入ると、花があちこちに飾られていて、内装やテーブルクロスなどのインテリアも可愛い。


「可愛い店でしょ?」


 そう言って得意げな表情を見せるセリーナ。


 入り口近くのガラスケースには、カラフルで可愛い沢山のケーキが並んでいた。この店はお花を使ったケーキが食べられる店のようだ。

 どうやら持ち帰りもできるようで、何人もの女性が熱心にケーキを選んでいる。


 実のところジョアンナは、食用のお花がそんなに好きではなかった。中には美味しい物も確かにあるが、酸っぱかったり独特の味がするものも多く、普通の野菜や果物の方がよっぽど美味しいと思っている。


 そんなジョアンナでも、この店のケーキは食べてみたくなるほど、可愛いものばかりだ。


 店員に案内されて店の中を進むと、輝いた表情でケーキを食べている沢山の女性が見えた。

 どのテーブルの上にも、可愛いケーキやお茶が置かれており、カラフルで華やかだ。


 予約していたらしい個室は、ゆったりとした造りだった。花がたくさん飾られていて、インテリアも可愛い。


 ジョアンナは瞳を輝かせて部屋の中を見渡している。それを見たセリーナが柔らかい笑みを浮かべた。


 席に着くと店員がそれぞれに好みなどを聞き、すぐにいくつかのお勧めのケーキを持ってきてくれる。

 ジョアンナは酸味の少なく甘さが控えめなものを、セリーナはこの時期だけの限定ケーキを選んでいた。


 お茶は……花とハーブを混ぜたものや、普通の紅茶など、種類が多すぎてメニューを見てもどれが良いのかわからなかった。そのため、好みを伝えてお勧めの物を注文した。


「ふふ……やっぱり女の子が一緒だと楽しいわね! うちにはヴィンセントしかいないから……息子のお嫁さんとこうして買い物したりして過ごすのがずっと夢だったの!」


 そう言って少女みたいに笑うセリーナ。

 ジョアンナも10歳の時に母を病気で亡くしていたので、こんな風にお洒落なカフェへ家族と出かけるのは初めてだった。


 継母もキャロラインとは良く出かけていたようだが、それはだいたいジョアンナに来客がある時などだった。

 そのため、継母とこんな風に一緒に街を歩いたり、服を選んでもらったことは一度も無かった。


「私も母を早くに亡くしているので、こんな風にセリーナ様と出かけられて嬉しいです。今日は誘っていただき、ありがとうございます!」


「こちらこそ、本当にありがとう! もし良ければ、ジョアンナと呼んでも良いかしら?」


「はい! もちろんです」


「ありがとう、ジョアンナ。私のことも良ければ……義母ははと呼んでくれたら嬉しいわ……」


 名前を呼ばれると、なんだかセリーナとの距離がグッと近づいたように感じてジョアンナは嬉しくなった。

 そして緊張しながら、初めて呼んでみたのだ……。


「……お義母かあさま」


 震える声で頬を赤く染めながらそう呼んだジョアンナを見て、セリーナは心から嬉しそうに笑った。

 

 それから2人は、お互いにひと口ずつ分けあったりしながら、本当の母娘おやこのようにケーキを食べた。

 分け合って食べたケーキはどれもとても美味しくて、絶対にまた一緒に来ようと2人は約束したのだった。

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