17:お義父さま

 陽が落ちる頃、ジョアンナとセリーナは屋敷に帰った。

 

 屋敷に入ると……出迎えの使用人達が、いつもと違いどこかソワソワしていることに気がつく。


 ジョアンナが不思議に思っていると、こちらへ向かってくる足音が聞こえてきた。その音の方に目を向けると、青い髪の男性が真っ直ぐにセリーナの元へ向かって来ている。


 ヴィンセントの父のケルヴィンだ。食堂の絵で何度も見ている彼だが、実物は絵よりも遥かに美しく凛々しい印象だ。


 彼はセリーナをギュッと抱きしめると、落ち着いた声で「ただいま」と静かに言う。

 セリーナは彼の背に手を回してから、目を閉じて安心したような表情を見せ「おかえりなさい」と囁いた。


 しばらく抱き合って再会を喜んでいた2人だが、ケルヴィンの後からやってきた執事が軽く咳払いをすると、セリーナがハッとしたようにジョアンナに目を向けた。


 セリーナはすぐにケルヴィンの背を何度か叩き、2人は離れる。そして、ケルヴィンにジョアンナを紹介した。


「こちらがヴィンセントの婚約者のジョアンナよ」


 ジョアンナは丁寧にカーテシーをしてケルヴィンへ挨拶する。


「はじめまして、ケルヴィン様。マーランド伯爵家から参りました、ジョアンナです。よろしくお願いいたします」


「はじめまして、ヴィンセントの父のケルヴィンだ。領内を回っていたので挨拶が遅れてしまい、申し訳なかった。セリーナから手紙でジョアンナ嬢のことは聞いている。毎日、息子と昼食をとってくれているそうだね。いつもありがとう!」


 ケルヴィンは柔らかい表情でジョアンナの挨拶を受けると、ヴィンセントに良く似た笑顔で微笑んだ。

 



 すでに夕食の準備は整っているそうなので、そのまま3人で食堂に移動することになった。

 

 今日のメインは、ケルヴィンの好物の猪に似た魔物の肉を使った料理だそうだ。

 給仕の人達の話によると、帰ってきた当主に好物を食べてもらおうと、料理人たちが張り切って作ったらしい。


 ケルヴィンは、速度は早いが美しくカトラリーを使いながら上品に食べていく。

 本当に好きなのだろう……好物の肉料理は、何回もお替わりもしていた。

 

 ジョアンナも肉料理を食べてみると、少し硬めな肉質だが肉の甘みを感じて美味しかった。

 ケルヴィンの話によると、この肉は調理法によって獣臭さが出てしまうそうだ。しかし、この屋敷の料理人たちは腕が良いのでいつも美味しく料理してくれるらしい。

 

 食事をしながら、ケルヴィンから視察の様子を話してくれた。

 

 どうやら、今年は例年よりも寒さの厳しい冬になるかもしれないそうだ。


 例年は、リネハンで本格的に雪が降り始めるのは来月くらいからなのだが、隣国付近の山間部では、すでに歩けないほど雪が積もっているらしい。

 こうして雪が早めに降る年は、雪が多く降り、寒く長い冬になることが多いそうだ。


 そして、風邪などで体調を崩している者がやたらと多いようだ。そのため、これから少し多めに薬草を買付けて、早めに対策をしようと考えているらしい。


 


 夕食後は、部屋を移動して【ログインボーナス】について報告をすることになった。

 ジョアンナはケルヴィンに、スキルを授かった後の話をしていく。


「……長い間、良く頑張ったね! 研究所の最終判断の後は、1人で先も見えなくて大変だっただろう」

 

 ケルヴィンは紙に何かを書きながら全て聞き終えると、優しい声でそう言ってくれた。

 ジョアンナはそれを聞いて、瞳が潤んでしまう。


「何のために毎日これを続けているのか……」

「これに意味はあるのか……」

「今日こそやめてしまおうか……」

「どうして私が授かったのは【水魔法】じゃなかったんだろう……」

「もしも、違うスキルだったら……」


 口には出さなかったが、そんな思いを何度も何度も……抱いたのだ。

 

 ケルヴィンが、ジョアンナの過ごした日々を想像してねぎらってくれた。それがとても嬉しくて、ジョアンナはすぐに言葉が出てこなかった。



 ジョアンナの気持ちが落ち着いた後に、ケルヴィンはこれからの話をしてくれた。

 

 来週、王太子のセドリックがヴィンセントの見舞いにリネハンに訪れるらしい。

 2日ほど屋敷に滞在するので、その時に彼の前で【ログインボーナス】と【鑑定】を実際に使ってみせて欲しいそうだ。

 

 ジョアンナは最近まで学園に通っていたので、王宮での夜会などに出席した経験が全く無い。そのため、王族の方に会ったことが一度も無かった。初めての王族との対面が、自分のスキルを説明する場になるのだ。想像するだけで体が震えてしまう。


「セドリックは細かいことは気にしないので、失敗しても何の問題もない」

 

「ヴィンセントの友人だし、そんなに緊張しないで気楽にやってくれれば大丈夫よ」


 顔色を悪くしたジョアンナに気がついて、2人が励ましてくれるが、ジョアンナは当日のことを考えるだけで胃が痛くなりそうだった……。




 ジョアンナが部屋を退出すると、部屋にはケルヴィンとセリーナだけになった。

 ケルヴィンはセリーナのすぐ隣に移動して、彼女をそっと抱き寄せた。


 セリーナも彼の肩に頭を乗せて、静かに目を閉じる。

 セリーナは久しぶりに彼の体温に触れて、張り詰めていた心が解けていくようだった。


「苦労をかけたな……」

 

「ふふ……可愛い娘の為ですもの、何てことありませんわ!」

 

「ははは……確かに素直で素敵なお嬢さんだな」

 

「ええ、本当に良い子なの! だから、絶対に守ってあげたくて……」


 そう言ってケルヴィンを見上げたセリーナの瞳は潤んでいる。


「確かに、ちょっと聞いただけでもとんでもないスキルだな! セドリックも彼女がヴィンセントの婚約者じゃなければ、自分の元に欲しがっただろう」

 

「セドリックが来るのはもう少し先のはずだったけど……貴方が呼んだの?」


「ああ、屋敷の者を信用しているが……情報が漏れる前に彼と話をしなければならない。そんな顔をするな。大丈夫だ!」

 

「……本当に良い子なの。ヴィンセントも彼女のことをとても大切にしているわ」


 ヴィンセントの部屋がある方角を見つめながら、心配そうな表情を見せるセリーナ。

 そんな彼女の肩をケルヴィンはそっと撫でた。


「あとは、俺に任せてくれれば大丈夫だ。……それにしても、随分仲良くなったのだな。俺も早く『お義父さま』と呼ばれてみたいものだ」

 

「ふふふ……、私も今日初めて呼んでもらったけど……自分に娘ができたみたいで嬉しかったわ」



 その後も2人は、最近のヴィンセントとジョアンナの様子を話したりしながら、ゆっくりと久しぶりの2人の時間を過ごすのだが……。


 この時は、夢にも思わなかった。

 明日の朝、ジョアンナから知らせが届いて、2人で揃って頭を抱えることになるとは……。



 明日は「連続ログイン:1,010日目」

 また、ジョアンナに新しいプレゼントが届くのだ。

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