11:セリーナへの報告

 ジョアンナの侍女であるコリンナは、戸惑った様子で部屋の入り口に立ち尽くしていた。

 朝の支度の準備のためにジョアンナの部屋に入ったところ、予想もしていなかった光景が目に飛び込んできたのだ。

 

 なんと、ジョアンナが寝巻きのまま、興奮した様子で部屋を歩き回り、何か呟いている。

 顔を見ると溢れんばかりの笑顔を浮かべているので、何か良いことがあったようだ。

 しかし、いつもはキチンとしている彼女が、こんな事をするのは珍しい。


 彼女は何かに夢中な様子で、まだコリンナの存在に気がついていない。

 どう声をかけようかと考えていると、ふいに彼女と目が合った。

 コリンナに気がついた瞬間、耳まで真っ赤になるジョアンナ。

 驚きで声が出ないのか、口をハクハクと動かしている。


 その様子があまりに可愛らしくて、コリンナは笑いをこらえるのに必死だった。




 ──ああああ……、やってしまったわ!


 ジョアンナは、気まずくて仕方なかった。

 【鑑定】を手に入れたことに浮かれて、片っ端から室内にある物を【鑑定】していたのを、コリンナに見られたのだ。コリンナは何も聞いてこなかったが、目が合った時の彼女の驚いた顔を思い出すと逃げ出したくなる。


 顔の熱が引かないままで、なんとか朝食を食べ終えたジョアンナ。


 いつもは朝食後には庭を散歩したり、部屋で本を読んで過ごすことが多いのだが、今日はセリーナとお茶をすることになっている。今朝、ジョアンナの身に起こった事を報告して、指示を仰ぐためだ。

 

 先ほど急ぎで話があると言伝ことづてを頼んだところ、有り難いことにセリーナはすぐに時間を作ってくれた。

 

 スキルに関することは、国で管理されている。

 恐らく、【ログインボーナス】に起こった変化を、研究所に報告する必要があると思う。

 しかし、最近まで学生だったジョアンナは、どうやって研究所に連絡するのかもわからないのだ。




 指定された部屋に行くと、お茶の用意も整い、セリーナは席に着いていた。

 部屋にはセリーナの侍女も控えていたが、ジョアンナにお茶を出すと、コリンナと共に静かに退出していった。


 ジョアンナは、緊張で少し渇いた喉を紅茶で潤した。

 そして、【ログインボーナス】の画面を書き写した紙をセリーナに手渡すと、今朝の出来事を順番に話していった。



「…………そう、そんなことがあったのね。[ガチャ]に『スキルキャンディ』……どれも初めて聞く言葉ばかりだわ」


 セリーナはしばらくの間、渡した紙を読みながら真剣に考えている様子だった。

 ジョアンナは、お茶を飲んで彼女が話し始めるのを静かに待つ。

 

 しばらくすると、考えがまとまったようでセリーナは顔を上げた。

 そして、ジョアンナに幾つかの確認をしてきた。


「研究所からは調査終了の時に『自身や周囲に危険を及ぼす可能性がある場合には、研究所へ報告』と言われているのよね?」

 

「はい。あとは……『新しく同じスキルを持った者が発見された場合には、また協力をお願いすることがあるかもしれない』と言われました」


「そう……じゃあ、しばらくはこのまま様子を見ることにするわ。今回の件はどちらにも該当しないし、新しく授かった【鑑定】も訓練施設へ行く必要があるスキルじゃないから……。うん。それでいきましょう!」


 そう言って笑うセリーナ。

 ジョアンナが本当にそれで大丈夫なのかと、少し不安に思っていると……。


「そんな顔をしなくても大丈夫よ。近いうちにセドリック王太子もリネハンに来ると思うから、内密に相談して上手く話を進めるわ! それにしても面白いスキルね……その画面は貴方にしか見えないのよね?」


 ジョアンナは頷くと、メニュー画面を出した。

 そして、画面がある場所を指差しながら口を開く。


「はい。今、ここに画面を出しています」


 すると、セリーナが興味深そうに身を乗り出してきた。目を凝らして、画面がある辺りを見つめている。


「確かに何も見えないわね……ちょっと触れてみてもいいかしら?」


 了承すると、セリーナは瞳を輝かせて手を伸ばし、画面がある辺りで手を動かしている。

 ジョアンナ以外は画面に触れられない事は、変わっていないようだ。

 ジョアンナの目には、セリーナの手が画面をすり抜けて動いているのが見える。


 セリーナは画面に触れられないことに納得すると、残念そうに手を戻した。

 そして、お茶をひと口飲むと、何かが閃いたようでパッと表情を輝かせてジョアンナを見る。


「ねえ、[ガチャ]を1回ここで回して、その様子を見せてくれないかしら?」


 子供みたいにキラキラした瞳をしているセリーナを見て、ジョアンナは思わず笑いそうになってしまった。

 何度か咳をして笑いを堪えると、ガチャ画面を開く。


 セリーナには画面は見えないが、ジョアンナはひとつひとつの動作を丁寧に説明しながら[ガチャ]を回していった。そうして手に入ったのは、またもや聖水だった。


 楽しげにジョアンナの話を聞きながら[ガチャ]を回す様子を見ていたセリーナ。

 「聖水を見てみたい」と言うので、すぐに取り出してみることになった。


 アイテムボックス画面を操作して、聖水を選び[決定]を押すと、画面から透明な小さなビンが2本飛び出てきた。

 ビンは2本ともジョアンナの太腿ふとももの上に落ちたので、床に落とさないようにすぐに手で押さえる。

 

 空中から突然、ビンが飛び出してくる様子を見て、セリーナは驚いて声をあげた。

 そして、ジョアンナの元にある聖水を見て、瞳を輝かせている。


「これが聖水です」

 

「ありがとう!」


 セリーナは大喜びで聖水を1本受け取り、じっくりと色んな角度から眺めている。

 

 ジョアンナも、もう1本の聖水を手に取った。

 透明なビンの中には、キラキラした水のような液体が入っている。


 【鑑定】を使って情報を見てみると、こんなことが書かれていた。


────────────────────

 ◼︎聖水

 神の祝福を受けた聖なる水

────────────────────


 ──なんだか神聖な物のようだけど、これは何に使うのかしら?

 

 【鑑定】で得た情報を伝えると、セリーナはそれを渡した紙に書きこんだ。


 聖水はキラキラしていて綺麗なので、いつまででも見ていられる。

 2人は無言でしばらく聖水を眺めていた。

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