06:リネハン家の人々
道中の天候にも恵まれて馬車は順調に進み、マーランドを発って10日目の夕方にリネハン家の屋敷に着いた。
馬車から降りると、屋敷の前には沢山の使用人が綺麗に並んでいる。
その中心にいる美しいドレスを着た背の高い女性が、ヴィンセントの母で辺境伯夫人のセリーナだろう。
ジョアンナは緊張しながらセリーナの元へ進み、心を込めて丁寧にカーテシーをする。
「はじめまして。マーランド伯爵家から参りました、ジョアンナです。どうぞよろしくお願いいたします」
「ようこそリネハンへ。ヴィンセントの母のセリーナです。ジョアンナさんに会えるのを楽しみにしていました」
セリーナは紫の瞳を柔らかく細めて、温かい笑顔で迎え入れてくれた。
笑うと、先程までの凛とした雰囲気が一気に柔らかいものに変わる。21歳の息子がいるようにはとても見えないくらい、若々しくて美しい人だ。
挨拶をすますと、セリーナ自らジョアンナの使う客室へ案内してくれた。
婚約期間は客室で過ごし、結婚後に夫婦の部屋へ移ることになるそうだ。
当主でありヴィンセントの父のケルヴィンは、領内の視察中でしばらくは屋敷には戻れないらしい。そのため、顔を合わせるのは少し先になるようだ。
屋敷の中は、セリーナの趣味で集めた絵画や美術品がいくつも飾られている。
ジョアンナは絵画を見ることが好きなので、今度ゆっくり見せてもらおうと思いながら、彼女の後をついていく。
ジョアンナに用意していただいた部屋は、3階にある1番広い客室だそうだ。
部屋の中に入ると、これから世話をしてくれる侍女達が並んで待っており、セリーナから紹介を受ける。ここまでの移動中に良くしてくれたコリンナも、引き続き侍女として側にいてくれると聞き、嬉しかった。
白をベースにした部屋は、可愛らしい雰囲気でまとめてあり、家具も全て上質な物が置かれている。
大きな窓があるので、日当たりが良くて部屋はとても明るい。窓からは庭に美しく咲いている花が見える。
部屋の広さも伯爵家の自室の倍以上あり、とても良い部屋を用意してくれたのがわかる。
部屋を見て回っていると、ベッドの傍に赤い小さな花が生けられているのが見えた。この花はマーランドでこの時期に良く咲く花だ。ジョアンナはセリーナの温かい気遣いを感じて、リネハンに来て良かったと思った。
マーランドから一緒だったコリンナや騎士達、部屋に来るまでに会った使用人、紹介された侍女を見ればジョアンナを歓迎してくれているのがわかる。
ジョアンナは、早くもリネハンが好きになり始めていた。
今日の夕食はセリーナと2人で食べることになっている。
それまでにジョアンナはお風呂に入り、旅の疲れと汚れを取ることにした。
侍女達に丁寧に洗われた後に、甘い香りのオイルでマッサージを受けると、気持ち良くて眠くなる。
風呂上がりには、コリンナが淹れてくれたお茶を飲んだ。
このお茶は、最近隣国で流行っている花を使ったお茶だそうだ。
赤い綺麗な色をしていて香りがとても良いが、少し酸っぱい。お砂糖を少し入れると美味しいと教えてもらい試してみると、グンと美味しくなった。
このお茶は冷やしても美味しいらしいので、今度、冷やしたものも飲ませてくれるそうだ。
侍女達の話によると、リネハンは隣国が近いので隣国の商品が多く流通していて、王都などでは見られない物が沢山あるらしい。
セリーナはジョアンナに喜んでもらおうと、今夜の夕食にはリネハンでしか手に入らない物を色々と用意してくれているそうだ。
夕食の時間になり、ジョアンナは1階の食堂へ向かっている。
ドレスは、母から譲り受けたドレスを手直しした物を選んだ。
クラシカルなデザインの深い青のドレスで、髪も
食堂に着いたジョアンナは、あまりの豪華さに声を失う。
天井が高く、大きなシャンデリアが輝いていて、大理石の大きなテーブルが中央にある。
食堂を見渡していたジョアンナは、壁に掛けられている大きな絵に目を留めた。
その絵には、この屋敷に住む家族3人が描かれている。
ヴィンセントはセリーナと同じ銀色の髪で、セリーナよりも濃い紫の瞳をしているようだ。
くっきりとした目元に、鼻筋が通っている高い鼻、形の良い唇。
学園にも容姿の整った男性は何人もいたが、見たこともないくらい美しく整った顔立ちだった。
ケルヴィンは青い髪に、深い青の瞳。顔立ちはヴィンセントにそっくりだ。
ヴィンセントが歳を重ねれば、きっとこの絵のケルヴィンと似た顔になるだろう。
「それはヴィンセントが学園を卒業した頃に描いたものだから、4年前くらいかしら……。今のジョアンナさんとちょうど同じ年のヴィンセントよ」
セリーナは絵を見て少し切なそうな表情を見せたが、すぐに切り替えて明るく「食事にしましょう」と微笑んだ。
出された食事はどれも美味しく、ジョアンナがこれまでに食べたことのないものばかりだった。
前菜のサラダは花を使ったとても美しい一皿で、食べるのがもったいなく感じた。
隣国では最近、食用の花が流行っているのだと、セリーナが教えてくれた。
あとはミノタウルスという牛に似た魔物の肉も柔らかくて、ビックリするくらい美味しかった。
王太子もこのミノタウルスのステーキが大好物らしく、リネハンに来るといつも食べたがるそうだ。
魔物の肉は一部の美食家が好んで食べる、高級品だ。
ジョアンナはこれまで魔物の肉をあまり食べたことがなかった。
しかし、リネハンや隣国では魔の森が近いこともあり、庶民の間でも魔物の肉はよく食べられているらしい。
「魔物のお肉は王族や貴族にとても人気があるのだけれど、リネハンと王都は離れているから、王族の方々もなかなか食べられないものもあるのよ。いつかジョアンナさんも食べる機会が来ると思うから、楽しみにしてて! ビックリするくらい美味しいわよ!」
そんな貴重な物をいつか口にするのかと思い、ジョアンナが戸惑っていると……。
「ふふふ……これはリネハンに住んでいる者の特権だもの。すぐに慣れるわ」
セリーナはそう言って楽しそうに笑った。
魔物は肉はもちろんのこと、皮、骨、角、内臓などの素材も売買されている。
希少な素材は高値で取り引きされることも多いらしい。
そのため、魔物の討伐はリネハンの貴重な財源になっているそうだ。
セリーナは今でこそ大人しく屋敷で過ごしているが、若い頃は騎士か冒険者に憧れていたらしい。
スキルも【剣術】を授かり、ヴィンセントが生まれる前は、夫婦でよく魔の森に魔物を狩りに行っていたそうだ。
今でも剣の訓練をしているので「あまり人前で手袋を外せないの」と手袋を脱いで、剣ダコの跡が残る手の平を恥ずかしそう見せてくれた。
少女のように瞳をキラキラさせて魔物や剣の話をするセリーナ。
ジョアンナはそんな彼女の話を聞きながら、可愛らしくて素敵な女性だなと感じていた。
久しぶりに誰かと語り合いながら食べる食事はとても美味しく、何より楽しかった。
その夜、ジョアンナは懐かしい花の香りと幸せに包まれながら、眠りについたのだった。
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