03:ログインボーナス
エビロギア王国では、15歳の誕生日に神からギフトが贈られて、スキルと呼ばれる特別な能力を授かるとされている。
スキルには色々なものがあるが、例えば……
【水魔法】【火魔法】などの魔法が使えるようになるスキル。
【剣術】【剣聖】などの、剣を上手く扱うスキル。
【洗浄】【乾燥】などの、洗濯に便利なスキル。
【美声】【美肌】などの、その人の何かが美しくなるスキルなんかも存在する。
役に立つものからあんまり使い所の無いものなど、数えきれないほどのスキルがあるが、まだ発見されていないものも多くあると言われていた。
そんなスキルに関する情報を全て管理しているのが、スキル研究所。通称「研究所」と呼ばれる王宮にある組織だ。
国民は15歳の誕生日を迎えると教会へ行き、授かったスキルを調べてもらう。
その結果は全て教会から研究所に報告されるのだが、授かったスキルによっては義務が生じることがある。
例えば……【火魔法】のスキル。
【火魔法】はきちんと練習して使い方を覚えないと、何かの拍子に火の玉を打ち出してしまったりする。それが寝ている時や人混みだと、大きな事故につながるかもしれない。
そのため、【火魔法】を授かった者は、訓練施設に通い魔法の使い方やスキルを使う上でのルールを学ぶ必要がある。もちろん、そのためにかかる費用は全て王国が出してくれるので、身分に関係なく訓練が受けられる。
それから、新しく発見されたスキルを授かった者にも義務が発生する。
それは、研究所が行うスキルの調査への協力だ。
新しいスキルの中には、
過去には、スキルを得たばかりの子供が大きな爆発を起こしてしまい、多数の死傷者を出したこともあった。
そういった不幸な事故を少しでも減らすために、研究所はスキルを細かく調べて管理している。
ジョアンナの【ログインボーナス】も初めて発見されたスキルだったので、研究所の調査対象になった。
そして、スキル名を聞いてもどんなスキルなのか見当もつかなかった事もあり、すぐに何人もの研究者がジョアンナの元へやってきた。
ジョアンナの【ログインボーナス】は、研究者の誰もが聞いたことの無い不思議なスキルだった。
【ログインボーナス】は、簡単にいうと透明な板が出てくるだけのスキルだ。
スキルについて考えると、ジョアンナにしか見ることも触れることもできない透明な板が目の前に出てくる。
板は全部で3種類。
全ての板にある唯一の共通点は、右上にある「×」の文字だけ。
その「×」に触れると板を消すことができるのだ。
1枚目の板には、中央に「ログイン」と書かれた小さな四角の枠がある。
その四角の枠に指で触れると、1枚目の板が消えて2枚目の板が出てくる。
2枚目の板には、「ログインチケットを1枚手に入れました」と書かれているだけで、どこを触れても何も起こらず、「×」に触れて消す事しかできない。
そして、2枚目の板を消すと、すぐに3枚目の板が出てくる。
3枚目の板には、「連続ログイン:◯日目」「ログインチケット:◯枚」と書かれている。
この板も2枚目の板と同じで、「×」に触れて消す事しかできない。
ただ、3枚目の板を消した後は新しい板は出てこないので、これで終わりである。
研究者達はこの板が何なのか全くわからず、調査は難航した。
透明な板はジョアンナにしか見えないので、絵を書いて研究者に見せると……
「板に書かれた文字の言葉を、声に出して読み上げる・心の中で読み上げる」
「『ログインチケットを◯枚使います』と、声に出して言ってみる・心の中で言ってみる」
……など、様々なことをするように言われた。
彼らの指示に従って全て試してみたが、透明な板には何の変化も起こらなかった。
どうやら「ログインチケット」という物を、どこかに貯めているらしいことは理解できる。
しかし、その「ログインチケット」はジョアンナにも何処にあるのかも、どんな物なのかも全くわからないのだ。
研究者はチケットなので、「何かチケットのような紙が、どこかに出てくるのではないか」と予測した。そして、何日もかけて屋敷中を使用人が総出で探したが、それらしい紙は1枚も見つからなかった。
結局、研究者と何回も実験してわかったのは、3つだけ。
・1枚目の板は「ログイン」と書かれた枠に触れると消えるが、翌日に同じ物がまた出てくること
・「ログイン」と書かれた枠に触れて2枚目の板を出した後は、3枚目の板しか出てこないこと
・「ログインチケット」をどこかに貯めていること
「連続ログイン:◯日目」は、連続して「ログイン」という枠を触れなけば、変化するのではないかと推測された。「ログイン」の枠に触れないという実験も検討されたが、その話はすぐに立ち消えになった。
何故なら、毎日続けることで何か変化が起こる可能性があること。連続しなかった場合にどのような影響を
これといった成果の無いまま調査は続いたが、その頻度は徐々に減っていった。
そして、研究者がやって来るのは「連続ログイン:50日目」「連続ログイン:100日目」などのキリの良い数字の日だけになる。
研究者達はキリの良い数字の日には、何かが起こる可能性が高いと考えたのだ。しかし、残念なことに特別な変化は一度も起こらなかった。
そして「連続ログイン:500日目」の時に調査は終了となり、研究者から受けた最後の説明はこんなものだった。
「【ログインボーナス】は『ログインチケット』をどこかで貯めているスキルのようだが、それ以上の事は不明。本人の身体や周囲に害も無く、危険性は極めて低いスキル」
この最終報告を一緒に聞いていた父は、ジョアンナに何も言わなかった。しかし「娘が特別なスキルを授かった」と父が大喜びしていたのを知っていたジョアンナは、申し訳なく思っていた。
そして、この後から父がジョアンナに向ける瞳に、失望の色が混じるようになったのを覚えている。
「思い返せばフィリップ様が冷たくなり始めたのも、スキルの調査が終わった頃だわ……」
彼はスキルの調査中は、研究所の調査に不安を感じていたジョアンナを気遣い励ましてくれていた。役に立たないスキルだと判明し、調査が打ち切られるとお互いに【ログインボーナス】についての話を避けるようになった。そして、徐々に彼との距離が離れていった気がする。
そのことに気がつくと、あんなに泣いて悲しんでいた自分がバカらしくなってきた。
ジョアンナはフィリップに対して、恋や愛と呼べるほどの気持ちを持っていたわけではない。
それでも、人に優しくていつも頑張っているフィリップを尊敬していたし、大切に思っていたのだ。
しかし、フィリップは【ログインボーナス】が役に立たないスキルだと判明すると、ジョアンナへの態度を変えた。そして婚約者がいながらも、他の女とこっそりと愛を育んでいたのだ。
キャロラインと恋に落ちたのなら、それは仕方のないことなのかもしれない。
でも、もっと早い段階でジョアンナに話をして、婚約を解消をするべきだったのではないか⁉︎
婚約解消の話をした時の2人は、口では謝っていたが誠意を感じる態度ではなかった。まるで悲劇の主人公のように振る舞っていた2人を思い出し、心が冷えていくのがわかる。
父もスキルで、血の繋がったジョアンナをマーランド家には不要と切り捨てたのだ。
ジョアンナに愛情があれば、一度くらいは部屋に様子を見に来てくれただろう。その程度の愛情も無いのだ。きっと、父と同じ【水魔法】を授かったキャロラインだけが、大切な娘なのだろう。
ジョアンナも、心の中で彼らを切り捨てて心を決めた。
小さな頃に母に繰り返し教えられていた言葉を思い出す。
「貴族は贅沢な暮らしをしている代わりに、背負わなければならない義務も生じるのよ」
伯爵家に産まれて、これまでに様々なものを
王家から求められた婚約なら、相手が誰であれ受け入れるのが義務だろう。
正直、いつもと同じようにキャロラインの希望だけが通り、婚約解消や新しい婚約が勝手に結ばれることに苛立ちも覚える。しかし、貴族としての義務を放棄するわけにはいかない。
心が決まったジョアンナの瞳は、さっきまでとは別人のように力を取り戻していた。
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