02:役立たずなスキル
自室に戻り「しばらく1人になりたい」と侍女に告げてから、ジョアンナはベッドに飛び込んだ。
ドアを閉じる音が聞こえ、部屋の前から人気が無くなったのを確認すると、我慢していた涙が溢れ出した。
悔しくて、悲しくて、言葉にならない感情で胸がいっぱいになり、胸が苦しくて仕方ない。
最初は声を殺して泣いていたジョアンナだったが、耐えきれずに声をあげながら泣き続けた。
気がつくと朝になっていた。どうやら泣き疲れて、そのまま眠ってしまっていたようだ。
大泣きしたせいか、ひどく頭が痛み、鏡を見なくても顔がパンパンに腫れているのがわかる。
侍女がジョアンナが起きた気配を感じ、入室の許可を求めてくる。
ジョアンナは少し迷ってから「しばらく1人にして欲しい」と告げた。
とてもじゃないが誰かと会える気持ちにはなれない。子供みたいだが、もう少しだけ1人でいさせて欲しい。
本当は、悔しいから普段通りに彼らに接するつもりだった。
涼しい顔をして「全然傷ついていない自分」を演じたかったが、しばらくは作り笑いをするのも無理そうだ。
身体を起こして、ベッド傍に置いてある水差しからコップに水を注ぐ。水を一気に飲み干すと、また横になった。
何かを考えそうになる頭をひと振りして、目を瞑り無理矢理にでも眠ろうとする。
眠っている間は何も考えないでいい。今のジョアンナにはとにかく心を休める必要があった。
婚約解消から3日経った深夜、ジョアンナは調理場を目指してこっそりと歩いていた。
あれから食欲が湧かず、水と果物を少し摘むだけの日々が続いていた。
しかし、さっき目覚めた時にお腹が「グゥーッ」と大きな音を立てたのだ。これまで聞いたこともないような大きな音に、思わず笑ってしまった。
笑って気が抜けたせいか久しぶりに空腹を感じたジョアンナは、何か食べ物を探しに行くことにした。
この時間なら恐らく誰もいないはずだ。この泣き腫らした顔を誰かに見られることもないだろう。
調理場に着くとパンとチーズと果物が見つかった。
ジョアンナは近くに置いてあった籠を手に取り、その中にパンなどを入れた。
足音を立てずに静かに自分の部屋に向かっていると、行き先から人の気配を感じる。
一度立ち止まって様子をうかがっていると、使用人がこちらに向かって来ているようだ。
ジョアンナは慌てて道を変えることにした。
少し遠回りになるが、まだ誰かと顔を合わせる気持ちにはなれそうにない。
遠回りして廊下を歩いていると、父と継母の声が聞こえてきた。声のする方を見ると、ドアの隙間から灯りの漏れている部屋がある。
ジョアンナは身体を硬くして立ち止まり、息を殺してどうしようかと考えた。
誰かに会ってしまいそうだが、父達と顔を合わせるよりはマシだと思い、来た道を戻ることにする。
引き返そうと動き出した瞬間、信じられない言葉が聞こえてきた……。
「リネハン家へは、キャロラインの代わりにジョアンナが嫁げば、何の問題もありませんわ」
思わず動きを止めて耳を澄ませると、グラスをテーブルに置く音の後に、父の声が聞こえてきた。
「キャロラインもリネハンへ行くのをあんなに嫌がっているしな……」
「ええ……あんなに泣いてずっと嫌がっていたのですもの、無理に結婚させるなんてあまりにも可哀想ですわ」
「王家からの婚約の打診だから断れないが……、フィリップとキャロラインは想いあっているようだしな」
「それにキャロラインは【水魔法】も持っていますし、どちらをマーランドに残すかなんて考えるまでもないですわ」
「ジョアンナは、あの『何の役にも立たないスキル』しか持っていないしな……」
ジョアンナは、声が漏れないように口を力いっぱい両手で押さえている。顔は真っ青で体はカタカタと震えているが、なんとか足を動かして逃げるようにその場から立ち去った。
自室に戻ったジョアンナはフラフラとした足取りでソファーへ向かい、ペタリと力なく座り込んだ。そして、焦点の合わない瞳でボーっと部屋を眺めている。
どのくらいそうして座っていたのだろうか……
「グー」と泣き出した腹の虫の音にハッとして、手に持ったままの籠に目を移す。
籠からパンを取り出すと、手でちぎることもせずにそのまま
すぐに口の中から水分が無くなり喉がつまる感じがして、水をコップに注ぎ飲み干す。
そうして籠の中身を、次々と手に取り無心で食べていく。
全て食べ終わったところで、大きな溜め息を吐き出した。
「スキルのせいか……」
スキルのことを考えた途端に、目の前に透明な板のような物が現れた。
ジョアンナはウンザリしながらいつも通りに右上にある「×」に触れ、透明な板を視界から消した。
何を隠そう……この透明な板が、父が言っていた何の役にも立たないスキル。
15歳の誕生日にジョアンナが授かった【ログインボーナス】である。
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