役立たずスキル【ログインボーナス】で捨てられた令嬢が、本当の幸せをつかむまで

碧井ウタ

本編(完結済)

01:婚約解消

「すまない……ジョアンナ」

「ごめんなさい。お姉様! フィリップ様を愛してしまったの……」


 ジョアンナは目の前に座る男女を、冷めた目で眺めていた。


 気まずげに視線を彷徨わせている男は、自分と来月に結婚するはずだったフィリップ。

 震えながら涙を浮かべている女は、妹のキャロライン。


 どうやら彼らは「真実の愛」というものに目覚めてしまったらしく、フィリップはジョアンナとの婚約を解消したいそうだ。


 泣き出したキャロラインの肩を抱き寄せて、彼女を守るように寄り添っているフィリップ。そんな2人を瞳に映しながら、頭の中はどんどん熱を失っていく。


 ──泣きたいのはこっちよ!


 ジョアンナは頭が痛くなり思わずため息が漏れてしまった。

 それを見たキャロラインが怯えたようにピクリと震え、大きな瞳にまた涙を浮かべた。


 ──これじゃ、こっちが悪者みたいじゃない……。


 また溜め息が漏れそうになったのをなんとか我慢して、ジョアンナは冷めた紅茶を一気に飲み干した。


 結婚式を来月に控えたこのタイミングで、まさか婚約解消を持ちかけられるとは夢にも思わなかった。


 しかし、心のどこかで「やっぱり」と納得してしまう冷めた自分もいる。フィリップのジョアンナへの関心が薄れていることには、とっくに気がついていたのだ。

  


 

 2人が婚約したのは、約5年前のジョアンナが12歳、フィリップが15歳の時だった。


 当時、ジョアンナの実母はすでに亡くなっており、父はキャロラインの実母と再婚していた。


 父が再婚して母娘ふたりが屋敷にやってきた頃は、妹ができたと無邪気に喜んでいたジョアンナ。しかし、成長してある程度の知識を得た今では理解できる。キャロラインはジョアンナより3ヶ月だけ後に産まれた同じ歳なのだ。父と継母は母が生きているうちから良い仲だったのだろう。

 

 ジョアンナの生まれたマーランド伯爵家は、歴代に何人もの素晴らしい【水魔法】の使い手を生み出した……いわゆる名家だ。

 すでに亡くなっている祖父は、国で1番の【水魔法】の使い手として知られていて、当主としての職務だけではなく王宮で魔術師としても活躍していた。


 祖父と違って父には残念ながら優れた魔法の才能が無かった。しかし、伝統のあるマーランド家に産まれ、【水魔法】のスキルを持っていることを誰よりも誇りに思っている人だった。


 そんな父が娘の婚約者を探す時に、何より重要視したのは【水魔法】のスキルを持っていること。

 その理由は、スキルは親から子へ遺伝で継承されることが多いと言われているからだ。

 

 そして、もう1つ。


 マーランド家には子供が2人の姉妹しかいなかったので、マーランド家に入り父の後を継いでもらうことである。

 

 そうして、白羽の矢が立ったのが遠縁の子爵家のフィリップだった。フィリップは【水魔法】を持ち、三男だったので婿養子に入ることも可能だったのだ。

 

 婚約相手がジョアンナに決まったのは、キャロラインの主張が通ったからだ。


 初めての顔合わせの時、フィリップは背が低くぽっちゃりした体型だった。彼を一目見たキャロラインは「あんな男の子とは結婚したくない」と言い張って拒絶したのだ。


 継母は、実の娘であるキャロラインをマーランド家の後継者にしたがっていた。そのため、何度も何度も彼女を説得していた。しかし、キャロラインは一歩も譲らず、断固として拒否し続ける。


 ジョアンナは体型などの容姿は全く気にならず、物静かで優しい話し方のフィリップに好感を持っていた。

 泣きながら継母と言い合うキャロラインを横目で見ながら「そこまで嫌がるほどひどい見かけかしら? 青い瞳が綺麗で顔立ちも整っているのに……」と、不思議に思っていたものだ。

 

 結局、最後には継母が折れて、長女のジョアンナとフィリップの婚約は結ばれた。そして、ジョアンナが学園を卒業すると同時に、2人は結婚することが決まった。


 婚約してすぐにフィリップは王都の学園へ入学したので、2人はお互いに手紙を送り合って仲を深めていく。


 フィリップの手紙に書かれている王都や学園の話などはとても刺激的で、ジョアンナは彼からの手紙をいつも楽しみにしていた。マーランドの領地を1度も出たことのないジョアンナには、彼の手紙に書かれている知らない世界の話が、全て輝いているように感じたのだ。

 

 学園が長い休みに入る度、フィリップはマーランドに来てくれた。


 会う度にフィリップは背が高くなり、体型や顔立ちもシュッとしていく。学園を卒業する頃には、すっかり素敵な男性に変わっていた。


 見かけは変わっても、優しく穏やかなところは変わらないままのフィリップ。ジョアンナはそんな彼と過ごす時間が大好きだった。



 フィリップが17歳になり学園を卒業すると、彼は実家の子爵家を出てマーランドにやって来た。屋敷の客間で暮らしながら、父から後継者としての仕事などを学ぶためだ。

 

 入れ違いで15歳になったジョアンナとキャロラインは、王都の学園に入学した。フィリップに会えるのは、ジョアンナが学園の長い休みに屋敷に帰った時だけだった。


 いつからだろうか……。

 気がつけば、久しぶりに会ったはずなのに、私達は当たり障りのない話ばかりするようになっていた。フィリップが学園に通っていた頃は、いつも時間を忘れて色んな話をしていたのに……。


 ジョアンナが学園に入学した頃は頻繁に送りあっていた手紙も、フィリップから届く返事がどんどん短くなり、返事が来ないことも増えていく。それをジョアンナは寂しいと思っていたが、きっと仕事が忙しいのだと、いつも自分に言い聞かせていた。


 学園でのお茶会で、嬉しそうに婚約者から届いた手紙の話をする友人達。


 彼女達の幸せそうな笑顔を眺めて微笑みながら、なんとも言えない寂しさを感じて心の中で何度も溜め息をついたものだった。


 それでも貴族の結婚は政略結婚も多いので、ジョアンナはこの結婚に納得していたのだ。フィリップとの仲は昔のように良好とは言えないものの、結婚後はそれなりに上手くやっていけると信じていた。

 

 フィリップとキャロラインがいつから「真実の愛」とやらに目覚めたのかはわからないが、昨日今日の話ではないだろう。

 それなら早く言ってくれれば良いのにと思いつつ、ジョアンナは努めて穏やかに口を開いた。


 


「状況については理解しました。この件についてはお父様はご存知なのかしら?」


「……ああ、すでにお義父様へは相談して、了承していただいている。来月の結婚式を今から取り止めるわけにもいかないので、そのまま私とキャロラインの結婚式とすることになった」


 こちらとは目を合わす事もなく、気まずげにそう話すフィリップを瞳に映しながら、ジョアンナは頭が真っ白になってしまった。

 全く想像もしていなかった話に、驚きすぎて言葉が上手く出てこない。

 

「……………………………………」

「ごめんなさい! お姉様……」


 しばらく呆然としていたジョアンナだったが、また悲劇の主人公にでもなったかのように瞳に涙を浮かべ、震えながら謝り始めた妹の姿が目に入った。

 それを見ているうちに、動揺していた心がスーッといでいき、心が温度を無くす。


「承知しました。お父様も了承済でそこまでお話が進んでいるようでしたら、私はお父様の指示に従います」


「ああ……す」


「それでは、失礼します」


 すでに花嫁を交換して結婚式をすることを、当主が了承しているのだ。もちろんフィリップの両親にもすでに根回し済なのだろう。知らなかったのはジョアンナだけなのだ。


 彼らとこれ以上話すことも無いので、ジョアンナは部屋に戻ることにした。


 フィリップが何か言いかけていたが、気がつかない振りをして静かに立ち上がる。

 そして、視線を落とさずになるべく背筋をピンと伸ばして、静かに部屋を出ていった。

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