第10話
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''推し活''のすすめ
ep.10 ''推し活''のすすめ
掲載日:2023年10月08日 17時25分
更新日:2024年03月09日 20時40分
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episode 6 無知
「誰かわかったら、1回スカウトのメール送ってみるか?」
「だな、これ逃したらもったいないよな。」
そんな会話をする百瀬さんと島田さんを横目に、俺は早くなる鼓動を抑えるのに必死だった。
一之瀬凪紗、それは間違いなく彼女である。確証は無い。しかし間違いない。そう僕の直感が言っていた。
あの「一之瀬さん」、いや一之瀬凪紗がNanashiを知ってくれた、好きになってくれた、彼女を勇気づけることができた、彼女の心と繋がることができた、そんな事実に僕は心を弾ませずには居られなかった。
彼女に会いたい、話をしたい、そんな思いが強くなった。
それはもはや、依存を超えた、強依存だった。
「連絡先教えてください!」
半年ぶりに会った彼女は、相変わらず変な奴に絡まれてて、相変わらず口下手で、相変わらずその声は透き通っていて、でも前よりも綺麗で、前よりもなんだか活き活きしている様だった。そして何より、無駄に綺麗だった、あの貼り付けた様な笑顔は、少しぎこちない、人間味を帯びた笑顔へと変わっていた。
そして、俺と彼女の関係も前とは大きく変わっていた。俺だけが彼女のことを知っている、一方的な関係から、推される側と推す側、客観的に見たら彼女、一之瀬凪紗から南野奏という''推し''への一方的な関係へと。もう彼女は俺の事を知っている、だが俺には距離が遠くなったように感じられた。オタクと推し、そこには''一線を超えてはいけない''という、名の知れない禁忌がある。近いようで、1番遠い関係。
それを、一之瀬凪紗はいとも容易く踏み越えて見せた。
「えっと、ごめんね。」
結が戸惑いながらも、断わろうとする。「ユーザーとNanashiの間で、連絡先は交換できない。」、結の言っていることはもっともだ。でも僕は、どうしても私情を挟まずには居られなかった。
「いいよ、連絡先くらい。」
僕は、余裕な振りをしてそんなことを口走っていた。連絡先を聞かれたことへの喜びを表に出さないようにしなければいけない。あくまでも、僕は彼女を知らない。ただの1ファンに対して、接しなければいけない。そんなことは分かっていた。だからと言って連絡先を交換出来なくなることだけは、それだけは避けたかった。
だから僕は、彼女の歌を利用する他なかった。
なんで、歌がとてつもなく上手なことを知っているのか聞かれるだろうな。なんて言おう。
初対面の人にこんなこと言われたら、引くかもな。
そんなことを考えながら、僕は精一杯格好付けて言ってみた。
「君の歌声、僕にちょうだい。」
顔が赤くなりそうな衝動を必死に抑えながらも連絡先を交換したあの後、メンバーからは説教を食らった。特に悠貴が怒っていて、悠貴とは幼馴染で約18年位の付き合いになるが、その18年の中で一番怒っていたかもしれない。それに加えてやはり、
「あの子の歌聞いたことあるの?」
と聞かれてしまい、正直にファンレターのことを話すと、
「名字が一緒で、声も似てる違う人かもしれないじゃん!」
と結も怒ってしまった。
その夜から、頻繁に彼女から連絡が来るようになった。しかし、本当に必要な時以外は返してはいけない、とメンバーから言われていたため、返信はほぼ出来なかった。それでも良かった。彼女と繋がっている、それだけで嬉しかった。
仕事としては、デュエットという形で彼女とコラボすることになった。しかし、本当にファンレターを送った人がとうかが分からないと、当たり前だが、正式な形では許可できない、それがメンバーと百瀬さんの判断だった。初のデュエット相手という時点で、1部のファンからは間違いなく批判が行く、それも彼女に。その上歌の実力が伴っていなかったら、苦しむのは彼女だ。それは俺自身も分かっていた。その上で、彼女に負担をかけた。俺は彼女の実力を知っていたから。だからこそ、実力を見るためのテストも俺から提案した。絶対にみんなに認めて貰えると信じていたから。
僕の直感は間違ってはいなかった。彼女は、あの音楽ファイルに録音されていた綺麗な歌声を、部屋いっぱいに響かせた。レコーディングも2週間練習しただけの仕上がりとは思えないほど、素晴らしいものだった。だから、忘れていた。彼女、一之瀬凪紗はまだ、普通の高校生だ。無理をさせすぎた。俺の責任だ。
彼女が倒れた時、病室で人工呼吸器をつけ、頭に包帯を巻いたまま、どれだけ声を掛けても目を覚まさない母の姿がフラッシュバックした。
───嫌だ。頼むから目を覚ましてくれ。
もうこれ以上、大切な人を失うのはごめんだ。
少し気が動転していたのだろう。だから、絶対に見られてはいけない、あの診断書を隠すのを忘れてしまったのだろう。
だから、知られてはいけない秘密を隠しきれなかったのだろう。
俺は、そう長くは生きられないって。
まだ、誰にも言ってなかったのに。
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