第7話

♪~~~♪♪~~~

ヘッドフォンから流れる音楽に合わせ、聞き馴染みのある歌詞を口ずさむ。テスト、と言うから身構えてしまったが、その内容は課題曲を2曲歌う、というとてもシンプルなものだった。

1曲目は、小中学校の合唱などでもよく歌われるもので、凪紗も小学生の時歌っていたので、ほぼ完璧と言える出来だった。

そして2曲目は、Nanashiの天下人。私がNanashiの曲の中でも特に、この歌が好きという事をメールで長々と語ったことを奏が覚えてくれたのだろうか。テンポが早く、難易度が高めの曲だが、凪紗にとっては、聴き込んでいた曲だったため、そんなことは気にならなかった。


歌い終わり、凪紗はヘッドフォンを取る。ドアが開く音がし、後ろを振り返ると、さっきまでガラスの向こう側にいたNanashiのメンバーが入って来ていた。と同時に、ゆいゆいとりっつんこと、西宮陸が拍手をしながら、凪紗の方へ駆け寄ってきた。

「ほんっとに、上手!!!すごいよー!」

と、ゆいゆいは声のトーンを普段よりも高めながら、すごい、すごい、と凪紗を褒めた。

その時、後ろにいた奏が口を開いた。

「凪紗、改めて俺たちに力を貸してくれない?」

奏が凪紗の大好きな笑顔を浮かべる。

凪紗には、断る理由は何一つなかった。

「はい!!」

凪紗は、推しに認識され、認められ、繋がれた、その計り知れない程の喜びを噛み締めながら、とびきりの笑顔を見せた。


完成したデュエット曲のデモを聞かせるから来て欲しいと言われ、凪紗は再びエレベーターで上へと上がった。着いた部屋は、さっきテストをしたところの5倍くらい大きく、ピアノやギターを初めとする楽器がそこら中に置いてあった。メンバーはそれぞれ担当の楽器の元へと向かう。奏がマイクを持つ。

「とりあえず聞いてて。俺が女性パート、悠貴が男性パート歌うから。」

とだけ言い残すと、ゆいゆいがキーボードの鍵盤を押し始めた。奏のきれいな歌声が部屋中に広がる。


〜♪〜♪夕日が照らす心  満たされなくて

     手を伸ばすふりして  諦めている

    前向くふりして   目は閉じている

    進むふりして   足踏みしてる

           

 まだ真っ白なキャンパスに 何を描こうか

       私は毎日線を引く 

     色褪せないなんて言わないで

 これはただの人生なんだ     〜♪〜♪


 本当ならば、画面の向こう側、もしくはステージの遠いところにいる人達。どれだけ手を伸ばしても、全く手の届かなかった人達。そんなNanashiが今、自分のためだけに演奏をしている。今、この音は、自分だけの物である。そんな事実に戸惑いながらも、凪紗は一音、一音噛みしめるようにその美しい旋律に耳を傾ける。まさか新曲を誰よりも早く、フライングで聞けるなんて、誰が想像できただろう。

 

 演奏が止まり、どうだったというように奏が凪紗に視線を送る。

 今までのNanashiの楽曲にはなかった、落ち着いた、比較的テンポがゆっくりとした曲だった。ただ、ハモリの部分が多く、音程を取るのが難しいことは、素人の凪紗にもよくわかった。凪紗の中には不安がよぎっていた。その時ふと、エレベーターの中でゆいゆいに言われたことを思い出す。


「でも、Nanashiとしても、南野奏としても初のデュエット相手でしょ?いや、めっちゃ特別ポジションじゃん!」


 断る理由はない、それが凪紗の答えだった。

「曲名は?」

そんな凪紗の質問に、奏は笑いながら答えた。

「イロイロ」


 それから凪紗は、奏にも教えているというボイストレーナーの先生についてもらい、練習を始めた。基本は学校終わりの放課後の時間を使い、真っ暗になるまで歌い続ける、そんな毎日が続いた。バイトは、今まで働き過ぎていたおかげで、長期間の休みをなんとかもらうことができた。期限は二週間だった。二週間後にはレコーディングをし、その一週間後に新曲として発表する。だいぶハードなスケジュールだったがplayerとして、そして何より自分の欲望のために、寝る間も惜しんで凪紗は完璧を目指した。


あっという間に2週間は経ち、レコーディング当日。凪紗はこの前、テストしたところとは別のレコーディング部屋にいた。緊張で落ち着ち付けず、立ったり座ったりを繰り返す凪紗を見かねたゆいゆいやりっつんが声をかけてくれたり、東堂悠貴ことゆきが水をくれたりしたが、やはり緊張は収まらなかった。その時、別のレコーディング部屋にいた奏が入ってきた。奏は凪紗と目を合わせ、微笑んだ。

「大丈夫。ちゃんと頑張ってたじゃん。」

奏は、普段も曲の中でも綺麗事は言わない。だからこそ、この人の大丈夫は、本当なのだと凪紗は信じることができた。さっきまで異常に早かった鼓動が、落ち着きを持ち始める。

奏は再び隣の部屋に行く。それから結構な時間がたち、奏のレコーディングが終わったようで、凪紗の番が来る。凪紗はマイクの前まで行き、ヘッドフォンをつける。深呼吸を1度して、イントロに耳を向ける。聞き馴染みのある音楽が流れ、凪紗は口を開き、思いっきり息を吸う。

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