第5話

どれくらいの時間が立ったのだろうか。

 凪紗はNanashiについてもっと知りたい、という一心で彼らのことを調べ続けた。


’’Nanashi’’は、ギターボーカルの南野奏みなみのそうを始めとする、ベースの西宮陸にしみやりく、キーボードの北原結きたはらゆい、ドラムの東堂悠貴とうどうゆうきの四人組ロックバンドであるということから、作詞はすべて南野が行い、作曲は基本メンバー全員で考えることや、メンバー全員が高校が同じであるということまで、様々な発見をするたび、凪紗はどんどんNanashiのことが、そして南野奏という人間が、好きになっていった。

 そして凪紗は、彼らのことを調べる中である言葉を多く目にしていた。

「Nanashiを推す人が急上昇、南野奏推し、推し活、、、、」

凪紗は「推し」というものがよく分からなかった。言葉自体は知っていたが、「推す」という行為が果たしてどのような意味を成すのか、愛というものを知らない彼女にとっては理解し難いことだった。

 しかし、Nanashiを、そして南野奏を好きになってしまった今、凪紗には「推す」という手段でしか彼らとつながることはできなかった。

 その日から、一ノ瀬凪紗の’’推し活’’は始まった。


「うーん、、、」

凪紗は少し悩んでいた。


 Nanashiという存在を知ってから一ヶ月ほど立ち、凪紗の生活はもはや、Nanashiなしでは語れないほどになっていた。もちろんファンクラブにも入り、CDもいくつか手に入れた。彼らの歌を隅から隅まで聞き、彼らが出ている音楽番組を始めとするテレビ番組は全て見た。 特に、ボーカルである南野奏は凪紗のいわゆる、最推しだった。彼の作る歌詞、高く透き通った歌声、すらっと長い手足と小さい顔、吸い込まれそうな瞳、凪紗は彼の全てに惹かれていた。彼が凪紗の生きる理由となっていた。

 その上、凪紗は両親の生命保険金にも手を出していた。今までは、それに手を出したら負ける気がする、などという変な意地で、なんとかバイトを詰め込み生活費を稼いできたが、そんな思いなどどうでも良くなるくらい、彼女は南野奏という一人の人間に、夢中だった。

 

 それはもう、一つの依存だった。


 しかしその一方、そこまでして彼らに貢いでいるにも関わらず、彼と自分の距離が一向に縮まらないことを、凪紗は不満に感じ始めていた。

どれだけSNSの更新をチェックし、過去の投稿までも遡り、いいねを押し続け、呟かれたコメントには全てに素早く返信しても、凪紗の好きという気持ちは一方通行であった。


''推し活''は残酷であると、凪紗は悟った。

''推す側''である人達は、多くのお金を費やし、多くの愛を注ぐ。

しかし、''推されている側''である人達は、同じ愛情を注ぐどころか、自分たちに向けられている愛情、そしてその愛情を向けている存在を認識することさえ、ほぼないのだ。

それが正しい''推し活''なのかもしれない。

しかし凪紗には、そのカタチを受け入れる強さはなかった。どれほど頭の中で、妄想劇を繰り広げようが、満足することはできなかった。


凪紗は、もっと繋がりが欲しかった。

自分が与えた愛と同じくらいの愛を、注がれたかった。

自分という存在を認識させたかった。


南野奏のトクベツになりたかった。


それはもはや、依存を超えた強依存であった。


凪紗に残された希望は、あのファミレスだった。

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