第4話 生きていく技術

「法螺吹きではなかったか」

 爆発音を聞いて、自陣から出てきたディオは、惨状を見てそう言った。返す。

「死にたくありませんから」

 そのためならば、何をしてもいい。とは思わないが、そうとしか思われないことをやった自覚はある。

 が、彼はそのことを気にしないようだった。言ってくる。

「様子は見ていたが、あれはなんだ?」

「……魔法、と言って通じますか?」

「それは子供の戯言だろう」

「他に適切な言葉はありません――とはいえ、思い入れはないので、好きに呼んでください。重要なのは、俺は今と同じことを何度でも再現できます。規模の大小もしっかりと制御できます。……生かしておく価値、あるでしょう?」

 交渉とはつまり、自分の力を誇示して、相手が頷くしかない状況を作り出してから行うものである――そんなことは、歴史を学べばわかることだ。平和の使者が訪れる場所には、その前に必ず破壊者がいる。

 ディオは、にやりと笑った。整った顔でそんなことをされると、背筋が凍りそうな気配すら覚える。彼は、何か、暗いことを考えたと確信させられる。

「そうだな。お前は帝国の役に立つ――言いたくないが、帝国は今、危機を迎えている。お前のような突出した力を、放置することは許されない」

 帝国の奴隷にでもしますか?

 と、口にすればディオは躊躇わずにそうしただろう。それくらいの計算はできたから、俺は黙って彼の言葉を待った。

「お前、名前は?」

 今更そこかよ。思いつつ、

「甲斐優斗です」

「? 帝国の名前でも、蛮族のものでもないな……命ずる。お前は以後、ユウと名乗れ。苗字はなくても構わんだろう?」

「甲斐、が苗字なんですけど」

「知らん。お前はユウだ。……ついて来い――その腹に溜まったものを、人知れず吐き出す場所くらいは教えてやる」

 ありがたくて、涙が出る。ディオは案外、話せるやつかもしれない。そう思いながら、俺は彼の後ろを歩いた。部下たちが、つまり、兵士たちが俺を奇異なるものを見る目で見ていたことは、今は、無視して。

 ――吐くものを吐いてから、俺はディオに渡された服に着替えた。軍団の非武装の時の服だとかで、はっきり言えば粗末なTシャツのような服に、綿でできた薄手のスウェットみたいなものだ。

「似合わんな」

 ディオはどうでもよさそうに言った。

「俺の服はどうするんですか?」

「調べる。どこの国から来たか知らんが、見たことがないものだ――帝国の益になるかを確認してから返すから、安心しろ」

 というわけで、俺の着ていたジャケットとシャツ、チノパンは没収された。再会の時がいつになるかは不明である。早ければいいが、軍隊は服の専門家ではないのだから、必然それは遠い日だと推測もできる。

「お前のことは俺から軍団長に話した」

「あなたよりも偉い人ですか?」

「当然だ。俺は本来、兵站や兵糧の担当であって、軍事の担当ではない。今回は他に手の空いている者がいなかったから、俺がお前を試したが」

「なるほど。その人はなんて言ってました?」

「味方であるうちは生かせ、敵対するなら今すぐ殺せ、だ」

 軍隊は過激になるものだが、いくらなんでも行き過ぎじゃないか。思いはしたが、ディオの言葉を信じれば、彼らの国である帝国は危機を迎えているのだから仕方ない――危機的状況で、軍隊は力と意見を鋭いものに変えていく。

「彼らは、敵なんですか? つまり、ソート族? のことですが」

「ソート族は度々、我らのリメスを破って略奪と虐殺を行った蛮族だ。……リメスと言ってわかるか?」

「防衛線、ですよね?」

「知っているのか?」

「それなりに、勉強はしていましたから」

 こんな形で役立つとは、数時間前の俺は予想すらしていなかったが。

 ディオは少しだけ、感心したようだった。あるいは、俺の評価を改めたか。

「学徒か?」

「そんな所です。……私見ですが」

「言え」

「蛮族は、他の地方にも出現していますね?」

「勘がいいやつは嫌いじゃないが、あまりにも優れているとより強い警戒をする必要があるな」

「それも学んだんです。自分を賢人だと言う気はありませんが、少なくとも、歴史から学ぶくらいはできます」

 もちろん、実際の経験にはならないから、想像の域は出ない。それでも、ゼロよりは救いようがある――もしそうであれば、俺はディオに舐められっぱなしだっただろう。

「ならば、問う。お前は帝国を救えるか?」

「蛮族をこの世界から一人残さず消すことが、救うってことなら頷きます」

「そうか。ならば、俺はお前を利用する。帝国の敵は蛮族だけではないが、外敵を排除して平穏を取り戻すまで、俺の名においてお前の安心を保証する」

「わかりました――ありがとございます」

「いい。それと」

 ディオは、楽し気に笑った。

「敬語はいらん。見たところ、大して歳は変わらんだろう――幾つだ?」

「二十一です」

「俺は二十三だ。誤差みたいなものだ。普通に話せ」

「……わかった、そうさせてもらう」

 ――なんにせよ。

 最初の賭けには勝った。それだけは、理解できた。

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