第3話 右手の能力

「右手は破壊の力……」

 独り、平野で。

 俺は右手を掲げて確認する――今までやったことのないことを、いかにも経験豊富であるかのようにこなさないといけない。まったく、人生っていうのは素晴らしい。

「すべてを破壊し尽くす絶対破壊――」

 ディオの部下は、俺に一本の旗を持たせた。軍団を象徴する、鳥のような印が書かれた旗――の、レプリカだ。最初は本物だったが、ディオはもしも俺が嘘吐きで、ソート族という蛮族に殺され、それが奪取されることを危惧した。

「我が帝国の誉そのものだ。奪われては、どんな理由をつけても許されるものではないのだぞ」

 部下は叱責され、その罰として偽物を作らされたらしい。帝国の誉そのものとさえ言われる物のそれを作るのは、誇りを持つ軍人には苦痛であるようだった。

 ソート族とかいう蛮族の姿を視認する。何人かいる。武装していないが、帝国の旗を持っている俺を警戒しているようで、馬から降りさえしない――馬上の民族であるならば、確かに蛮族かもしれない。

 俺たちの世界では、騎乗を得意とする民族は歴史に現れてすぐの頃は蛮族と呼ばれていた。その価値観を異世界にまで持ち出すのはどうかと思うが、結局は人間社会なのだから、共通項としてそう思うくらいは許して欲しいと思ったりする。

 もっと味方を呼べ、と祈る。殲滅と言ってしまったのだから、数人では物足りない――それこそ、民族を根絶やしにするのが理想だ。

「……人殺しを、望んでるんだから」

 うめく。息を吐きながら――それに色があるとすれば、汚い青だったろう。

「大概、おかしくなってる……」

 それでも、生きていくには他に手はない。俺の力は、俺の把握している限りでは破壊にしか有効ではないのだから、遅かれ早かれ人殺しをするしかなくなる。力とは、使えば使うほど過激になっていく習性を持つ。

 勝者になれる。

 女神はそう言っていた。であれば、この力はその役に立つ――のだろうが。

「とてもじゃねぇけど、そんな風に思えないんだよ。くそっ」

 ぼやいても、現実は変わらない。もしそれで変わるなら、俺は負け犬ではなく、もう少しだけなマシな生き物をやっていたはずだ。

 数人の蛮族が何か言った。意味がわからない。ディオやその部下の言葉は理解できたが、こちらはまったくわからなかった。この異世界のすべての人の言語を理解できるように取り計らってくれてもいいだろうに、と恨めしくごちる。

「……仕方ねぇ――炙り出す!」

 ひとつ、息を吐いて。

 俺は右手に眠る力を解き放った。

 それはシンプルな力だ――空間を爆砕する。それだけ。つまり、その空間に在るものはどんなものであれ、爆砕されて、死に至る。防ぐ方法はない。そこに在ったから。ただそれだけの理由で、絶対的な死をもたらす、そんな力。

 そして、それは正確に機能して。

 俺の様子を警戒していた蛮族たちが、馬を一緒に爆炎となって塵すら残さずに死んでいった――炎もすぐに消えていく。彼らが生きた証も何も遺さない、完全なる消滅だった。肉が焦げる音や臭いもなく、ただそこに在った命が砕け散り……無になった。

「俺は人を殺した! 一人じゃない、何人も! だったら――もう、だけど!」

 自分でもわからない言葉を口にする。心の中はぐちゃぐちゃだったが、理性は敵が慌てて事態を理解しようと動き出していることを、認識させた。

「やるしか、ないんだよっ!」

 ――そして、その平野にいたソート族は。

 一人残らず、何の痕跡も残さずに、この世界から殲滅された。

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