第179話 恋煩いのあとしまつ

 男子トイレから飛び出たショウタロウを慌てて追うと、奴は逃げ出しすわけでもなく、目の前の中央階段に腰掛けて顔を覆っていた。


「お前が言っていること、確かに分からないことも多いけど――とにかく、どういう思いで美取に恋をしているのかはよく分かったよ」


 ショウタロウはぐるりと目玉を俺に向けた。


「……美取さんとはどこまで進んでる?」


 そんなことを、怪談の続きを聞くような声色で呻く。

 

「どこにも進んでないって……。強いて言えば、良い友達くらいにってところかな。俺と美取は、知り合い方がちょっと特殊でさ。詳しくは言えないんだけど、同じような趣味があるんだよ。それが切っ掛けで、ヤマガク学園祭の一件があったんだ」


「趣味って、コスプレのこと? あの美取さんが……」


「いや、それはまた違うんだけど――まあ似たようなものかな。というか、俺のことよりお前。これからどうするつもりなんだよ」


「どうするって……宮島のこと? 僕だって、宮島には悪いと思ってるよ。宮島や希子ちゃんと仲良くなれそうな気がする、って言ったのは嘘じゃない。嘘じゃないんだよ。だって――なあ?」


「……可愛いからな。抜く抜かないは抜きにして」


「抜く抜かないは抜きにならないよ、僕にとっては。誰か、可愛い女の子と仲良くなれば変わるかと思ったんだけど――ダメなんだ。宮島と話している間も、ずっと美取さんが今、どこかの男子と仲良くしているんじゃないかと気が気じゃない」


 そう呻いて、掻きむしるような手つきで顔を擦る。


「だったら、何だってこんなところに郁を呼び出したんだ。お前の実験に付き合わされているとも知らずに、あいつは今も一人で待っているんだぞ」


「迷ってたんだよ!!」ショウタロウが開き直ったように叫び出した。「宮島が恋人になれば、僕は、きっと、変われると思ったんだ。でも、やっぱりダメだね。僕はどうしても美取さんが好きらしい」


 やっぱりダメって――


 ふと、俺は今しがた出てきた男子トイレを見やった。


 ……。


「お前、もしかして今賢者タイムだったりする?」


「いや。今は違うよ。宮島で抜けるか確かめたんだけど、諦めた」


 よくも平気な面でそんなことを言えるな……! って、今更なのか。


 さっきからさらりさらりと衝撃的な発言をかましてくるので、俺はもう呆れるのを通り越して感心してしまった。ここまで開き直られると、今更オナニーだの何だので騒ぐようなテンションにもならない。


 俺はショウタロウから一人分のスペースを置いて座り込んだ。


「……郁のことは分かったよ。でも、これからどうするんだって聞いたのは、美取さんのことだったんだ」


「どうにもならないよ。僕は、彼女がそのうちどこかの男子の恋人になるのを、指を咥えて見ているしかない」


「そういう未来もあるかも知れない。けど、もう少し視野を広げて考えてみろよ」


「視野を広げる……?」


「話を聞く限りじゃ、お前と美取は家族になったっていうのに会話も殆どしてないんだろ。まあ、別々の家に住んでて違う学校に通っていて、一緒に暮らした期間も短いとなれば家族というよりは他人って感じだろうけどさ。それにしたって、俺から見たらお前らはお互いのことを知らなすぎるように思う」


 ショウタロウは苦い顔で顎を擦った。


「美取さんを遊びにでも誘えって言うわけか。僕にそんなことが出来ると、本気で思ってる?」


「いや。べつにデートをしろってわけじゃない。例えば……好きな食べ物の話でも、最近のアニメの話でも良い。そういうことをLINEで話せば良いんじゃないかな」


「……流石に、LINEでなら少し位はやり取りしてるし」


 そういえば、ショウタロウに持ちかけられた相談に美取が大いに困って、心配の余り彼らのデートをストーキングした事件があったんだ。


 それにしても、どうして俺はこんな……ショウタロウに恋愛アドバイス的なことをしているんだろう。我ながらキャラに合ってないことをしている。


 俺の立場を考えれば複雑な心境ではある。どういう経緯かは最早思い出すのも難しいのだが、とにかく俺は美取とショウタロウ、二人の秘密を知ってしまった。どちらも偶然とか推測の積み重なりの結果ではあるけど、そこに責任感が無いのか、といえばそんなことは無いのだ。


「誤解を恐れずに言うけど、お前はきっと、お前が想像している美取さんに恋をしてるんだよ。……だってお前、彼女のことを殆ど知らないのに、顔とパンツの色だけでこんなんなっちゃってるわけだろ? よく考えろ。臼井美取は、顔とパンツの色だけの人間なのか」

 

 俺は、腹の中では美取のすけべ趣味を思い馳せつつそんな助言をする。


「現実の美取さんは、僕が想像しているような子じゃないと言いたいのかい?」


「そういう単純なことを言いたいんじゃない。俺が言っているのは、お互いがお互いの秘密を一つも知らないままっていうのは、それはそれで歪なんじゃないかってことだよ。もう少しだけ深く彼女のことを知れば、お前はあっさり幻滅するかも知れないし、逆にもっと好きになるかも知れない」


「碌でもないじゃん」


「まあ、禄でもないんだけどさ。多分、自分の気持ちに素直になるってそういうことなんだよ。何もしないままいつかの終わりを待つより、やり方を変えて足掻いたほうが潔く死ねると思わないか?」


「……」


 ショウタロウが目を丸くして俺を見ている……。


「そんな目で見るな! キモいこと言ってるのは自覚してる」


「いや……」


 ところが、意外にも俺の言ったことを真面目に咀嚼するように暗い天井を見上げ始める。それから何も言葉を発しないまま、何とか押しのけていた沈黙がのし掛かってきた。


「……」


 俺はポケットからスマートフォンを取り出して、郁の連絡が無いかを確認した。……無い。さっきの通話記録が最後のログになっている。


 次にSNSを開いて、この間描いたすけべ絵を画面に映す。少し考えてから、上を向いているショウタロウの脇を肘で突いた。


「ほら。これ」


 画面の光に照らされたショウタロウの眉間が狭まる。


「ん? エロ画像じゃないか。それが何?」


「俺が描いたんだ」


「――蓮が!? これを!?」


「まあ、……うん。こういう活動を、している。俺は」

 

 ショウタロウは、俺の手からスマートフォンを取ると、どんどん画像のギャラリーを流し始めた。


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更新が遅れてすいません。

今日は二本投下します。

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