第163話 煌びやかな所に集まり、光を喰らう者

 待ち合わせたのは余裕を持った三十分前だったが、美取と歩き出してから滅茶苦茶時間が余ることに気が付いた。


 しかも、俺たちは約束の十分前に顔を合わせているので、開場までは四十分を残しているということになる。渋谷駅からはどれだけとろとろ歩いた所でせいぜい十分程度で学校には着いてしまうし……。


 俺はスマホを点灯して呻いた。


「少し、時間が余るな」


「開場は半ですもんね。喫茶店で時間でも潰しましょうか」


 美取が手近な店を指差した。が、すぐに指先が下がる。よく見れば店内のテーブルは満席のようだ。


 クリスマスの渋谷、十七時だしな。カップルは勿論、近頃は一人の人間ですら人肌寂しくて外に出てくるもんだ。


 往来の人通りも尋常ではない。連れ合いと手を繋ぐような習慣は無いが、肩を寄せて歩いているだけでもさっきからビシバシと他人の体がぶつかってくるのだ。一度手を放してしまえば、人の流れに押されてあっという間に離ればなれになるだろう。


 ……そのうえ、ただでさえ人目を惹く美取が本気のお洒落力を発揮している。人の流れが俺たちの周りで少し遅くなるのは、それが理由に違いない。


「美取さん、その格好で喫茶店はちょっとね」


「……変ですか? 私、この服で電車に乗ってきたんですけど」


「あの混みようだし、コーヒーでも引っかけられたらコトでしょ」


「そ、そうです、ね」


 そんな会話をしながらも、後ろから突き出すような圧力が俺たちの足を早めてくる。これは堪ったもんじゃない。美取の手を引っ張って、メインの通りを抜けてからようやく汗ばんだ手を放した。


「ど、どうしましょう?」


「少し早いけど会場に行きましょう……」


「まだ入れないですよね? 休日の校内に、私みたいな部外者は入れるのでしょうか?」


「心配は要らないでしょ。今日の主催は生徒会ですからね。実は俺、生徒会長とは同じ校舎に通い合う仲なんですよ」


「蓮さんが生徒会長と? へえ~!……」一歩遅れた美取が、慌てて俺を追いかけてきた。「って、それ当たり前じゃないですかあ!」

 

 *


 とろとろ桜庭高校へ歩いて行くと、驚くべき光景が見えて来る。


 桜庭高校校門前にはギョッとするような人だかりがひしめき合っていたのだ。


 彼ら彼女らがパーティーを目当てにやってきたのは一目瞭然で、塀に寄りかかるようにして洒落た男女がひそひそ話をしていたり、かと思えばムサい制服男子の団体が複数、上目遣いに睥睨していたりする。……あ。女子で固まっているグループもいるぞ。こちらは一応パーティードレスみたいな服を着ているけど、柱や塀の陰で白眼を光らせているのが恐ろしい。


 ……いや、校門前だけじゃない!


 よく見れば開場待ちの生徒たちは校門前にいるばかりではなく、校舎敷地内にもちらほらと群衆で固まっているじゃないか。 


「なんだ、これ……」

 

「す、凄いな。こんなに沢山の生徒が参加するなんて、桜庭も結構お祭り事にガッツがあるんですね」

 

「馬鹿言わないでくださいよ。この芋マンモス校にそんなパッションがあるわけないでしょう……。にしても、こりゃ随分集まったなあ。聞いた話じゃ、例年お通夜みたいなパーティーってことだったんだけど」


「……」


「……」


 暗がりの中、体育館へ向かおうと校門をくぐったところで、

 

「そんなパーティーに私を誘ったんですかあ!?」と、美取が変なタイミングでツッコんできたのでビックリした。


 その美取の突っ込みが呼び水になったのだろうか。校門前で待機していた生徒たちの視線ぞっと集まると、一瞬の静寂を置いて「飯島ちゃんがいるぞー!!」と体育会系のどっかの馬鹿が騒ぎ出し、その狂騒は瞬く間に伝播していった。


 ――飯島ちゃん!? うわ、本物……!


 ――おい。本当に来たぞ!


 ――写真撮ってくれるかな!?


 周囲の人間が三々五々にウキウキしだした次の瞬間、制服男の一人が絶叫しながら美取の方に走り込んできたのを俺は見た。


 反射で彼女の腕を引くと、絶叫制服男は強かに校舎の壁にぶつかり、仰向けに転倒する。口からは「飯島ちゃ、写真、しゃし――」と、欲望が泡だったように言葉が漏れている……。


「ひっ」


「なんだこいつっ!?」

 

 かと思いきや、絶叫男に感化されたらしい周囲の男女が群がってきた。よく見たら手に何かを持って――あれは、スマホ……? チラリと光る画面はカメラモードに――


 ……!!!


 奴らの正体に気付いた瞬間、血の気が引いた。奴らは煌びやかな所に集まり、光を喰らう者――


「に、逃げましょう。美取さん」 


 美取の手を取ったまま全力で体育館で走り出すと、ヒールの靴だからだろうか、一生懸命つま先で跳ねるように付いてくる。だが、今はそんなことに構っていられないんだ。後ろを追ってくる連中は二歩進めばその数を二倍に、四歩進めば四倍に、八歩進めば十六倍にして美取を追ってくるのだから。


「あの人たち何なんですか!?」

 

「見たら分かるでしょう!――Tiktokerですよ!!」


 *


 美取と走る道中に、どうやら正門玄関は施錠されているらしいことが分かった。人の流れを辿って――勿論追跡してくるTiktokerから逃げながら――グラウンド側へ回ると、そちらの方の出入り口にも生徒の集団が待機している。


 人を掻き分けて出入り口に辿り着くと、見慣れた顔が体育館出入り口前で「休め」の姿勢を取っている。


「ん?……あっ。ニンブで写真撮られまくってた――今日はあんたまで参加するの? 全く……」


 二年の生徒会書記、一ノ瀬ゆいか。一応先輩だが、俺はこの人を基本的に下に見ている。


「佐竹ですよ。それより、せ、先輩、ちょっと中入れてくれませんか」


「それ無理。滅茶苦茶人来たもんだから、今大急ぎで会場の準備進めてんの。入場もきちん、きちんと誘導するんだから」一ノ瀬は腕でバッテンを作り、ぶうううと唇を震わせた。「横入りはダメ~」


「なんだよっ。あんた真面目キャラじゃないでしょ!?」

 

「あっ。わ、わ。蓮さん……!」


 そうこう問答している間にもTiktoker達が追いついてきたらしい。入り口前に固まっていた生徒ごと俺たちを前へ前へと押して、「休め」の姿勢を取っていた一ノ瀬まで慌てて後ずさりをし始めるではないか。


「……ぅおい! コラッ! 止まれー! 止まれー!……助けてー! 助けてーっ!」


 一ノ瀬の体がTiktokerの圧でプレスされるかと思ったその瞬間、彼女の背後の扉がガラッと開いて氷室会長が顔を見せた。目の前の状況に顔を顰めると、片手で一ノ瀬を中に放り込む。


「馬鹿たれ。ちっとは機転を利かせろよな。こいつらは先に入れちゃった方が、ヘ、イ、ワ、な、の」


「氷室会長」


「おう、蓮。入りなよ。……そっちの飯島ちゃんも」

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