第158話 イベントのゲスト

 我が一年B組の様子は、冬休みが近づくにつれて蚊帳の外にいる俺でもハッキリ分かる程浮つき始めていた。特に、先月の学祭で運良く(?)恋人を作った連中からすると「ダンス交流会」っていうのは格好のデートイベントになるらしい。


 昼休みに、教室でパンを口に詰め込む作業をしていたら、前の席に一人の男がどかりと座り込んで椅子をこちら側に回してきた。……こいつの顔は見覚えがあるぞ。学祭二日目に、付き合いたての眼鏡女子と人間観察部を見物に来たロン毛男だ。


「佐竹は、土曜どうするんだ?」


 俺は口に入れたパンを飲み込んで、ゆっくりペットボトルのお茶を飲んだ。


「クリスマスパーティーだよっ。……なあ、佐竹は誰を誘って行く?」


「何を勘違いしているのか知らんが、女子を誘って行くような決まりは無いぞ」


「え!? あるよ! 皆そう言ってる」


「ねえよ。生徒会の人に聞いたんだから間違い無い。そもそもダンス交流会ってのも強制参加の催しじゃないし、ビンゴ大会の景品とか、食事目当てに行ったって良いんだ。全く、お前みたいな勘違いをしている連中がいるから、生徒会の連中が参加者が少ないと嘆いているんだな」


「……マジかよ。ガセネタ掴まされたの? 俺ぇ……」


 ロン毛男は白けたように、前髪をサッと掻き分けた。一々キザったらしい奴だ。


 ところで、こいつと話をするのは二度目なんだが未だに名前を知らないのはどうなんだ?……まあいいか。


「知らないけど、一人で行ったって別に良いんだ。でも、そうだな……。誰かを誘うって意味じゃ、校外の人を誘ってみるのも良いかもな。他校生徒とかは、桜庭のクリスマスパーティーなんて存在すら知らない奴もいるだろうし」


 自分で言いながら思ったが、特にクリスマスパーティー参加制限のようなものは無いらしいのだ。OBOGの参加は普通に想定されているらしいし、家族も参加可能となると他校生徒だって別に許されるだろう。


 ――ん?


 気が付けば、クラスが妙に静まりかえっていて、喋っているのが俺たちだけになっている。どうも、俺たちの会話にじっと聞き耳を立てているって感じ、ではないか。やっぱり浮き足立っているからか、こういう話題は注目を引きやすいのだろうか。


「あ。それいいアイディアだけど俺には関係ねえや。俺の彼女は桜庭高校だしなっ」


「はあ……」


「で、何? 結局、佐竹はクリスマスパーティー行くわけ?」


「あ。俺は行くけど」


 俺の言葉に、教室出入り口付近で突っ伏している甲塚が僅かに反応した、と思ったが気のせいかもしれない。


「ふーん。それじゃ、誰か誘うわけ? やっぱ他校生徒?」


「あー……」


 誰かを誘う、か。


 今の今まで全然そんな気は無かったけど、そういえば美取にはヤマガク学祭の件で世話になったきりなんだよな。桜庭の文化祭じゃそんなことすっかり忘れて、誘うこともしなかったし。


「そうだな――美取に、声を掛けるくらいはするか」


 俺がぼんやりと返答した途端、クラス中で物音が鳴りだしたので驚いた。


 それは殆どが椅子の足が床を擦る音で、男子女子問わず興奮した表情で教室を出て行くのだ。中にはスマホで「飯島ちゃんがクリスマスパーティーに来るらしい」と、とんでもないスクープを掴んだかのように喋っている奴もいる。


 ……もしかして、俺はとんでもないことを言ってしまったのか?


「いや、別に来ると決まったわけじゃないんだけど!?」


 取り繕うように叫んでも、教室で俺の言葉を聞いているのは殆どいない。教室に残っているのは俺とロン毛、それに陰キャと思われる連中が数人と、甲塚だけだ。


 甲塚は、いつの間に昼飯を済ませたのだろう。俺の方をじっと見つめて、溜息を吐いたと思ったらまた机に突っ伏してしまう。これじゃあ俺が見捨てられたようではないか。


「あー。美取って、ヤマガクの飯島ちゃんだよな? 佐竹って、彼女と付き合っているのか?」


「そんなわけないだろ。普通に、他校の友人として誘おうかな……って、思った、だけなんだけど」


「ふーん。皆、勘違いしているっぽいぞ。良いのかよ」


「良くない……。まさか、美取が今もこんなに人気だとは思わなかったんだ」


「ま、俺には関係ないけど~」腹立つことに、ロン毛はからりとした笑い声を挙げて席から立ち上がった。「外堀が先に埋まって、却って良かったじゃん? せっかくだし彼女誘って、本当に告白でもしたら良いんだ。でなきゃ、どうせ他の男子がアタックするぜ」


「……」


「むしろ、これで飯島ちゃんが来ない、ってことにでもなってみろよ。お前八つ裂きにされるぜ」


「嫌なことを言うな。……でも、そうかもな」


 甲塚の思想に反対したばかりで何だが、この学校の連中ってのは、やっぱり禄でもないものかも知れない。


 ――しょうがない。取り敢えず、誘うだけ誘ってみるか。


 *


 幾ら友達が少ないとは言え、ことはクリスマスのことであり、当日までは一週間も残っちゃいない。


@3take>クリスマスパーティーですか? 是非、行ってみたいです


 ところが、美取は返事一つでこの誘いを承諾してしまうのだから、世間というのは分からない。彼女のことだから流石に何かしらの予定で埋まっているんじゃ無いかと思ったんだが……。


 まあ、いい。


 クリスマスパーティーについてのプリントをスマホで撮って、美取に画像データを送信する。すると、すぐにこんな質問が来た。

 

@3take>ダンス交流会って何ですか? もしかして、ドレスコードがあるんですか?


 流石に美取もここら辺で引っ掛かるのか。もうダンス交流会なんて来年度から撤廃してしまった方が人が集まるんじゃないだろうか……?


@rens>盆踊りみたいなもので、別に参加が強制されるわけではないらしいです。服装は、制服とかで良いんじゃないですか


@3take>そうなんですか。アメリカのプロムを日本風にマイルドにした感じなんですね


 美取は一旦そっけない返事を返してくると、すぐに「入力中...」のステータスになった。


@3take>ですが、せっかくお誘いを頂くのなら参加して盛り上げたいかな


 俺は、返事をしなかった。既にこの時点で頭を抱えている。


 美取がパーティーに参加するということは、どうやら桜庭生徒の多くを湧かせるファクターらしい。氷室会長はきっと喜ぶだろうけど……彼女を誘う俺の立場はどうなるんだって話だ。


@3take>蓮さん、当日はお相手頂けますか?

 

 俺なんかに美取のダンス相手が務まるとは到底思えない。相手は現役のモデルで、他校に名が轟くほどの美少女なのだ。それを、俺みたいな男が……。

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