第157話 生徒会、最後の大仕事
クラスメイトの会話を薄らと聞き及んだ限りでは、生徒会が主催するクリスマスパーティーというのは二学期最後の授業を終えて、最初の土曜日に催されるらしい……。
と、まあ、薄ら聞いているだけなんでそれくらいの浅い情報しか無いんだが。
だが、生徒会が主催しているというのなら話は早い。俺には幸運なことに生徒会連中に男の知り合いがいるんだから、直接奴らに聞けば良いのだ。……勿論、ショウタロウは論外として。
明くる月曜、ホームルームを終えて放課後の生徒会室を訪ねようとしたら、途中の廊下で声を掛けられた。
「佐竹く~ん」
東海道先生だ。
……東海道先生か……。
「あ、あら……? どうして、そんなに深刻な顔でわたくしを見つめるのかしら?」
「先生に呼び止められて、碌な用事を言いつけられた憶えが無いからですよ。……部活に強制的に入部させられたとき然り、旅館のゴキブリ事件然り、それにこの間のことは――ねえ」
東海道先生の部屋で荷物運びのバイトをしたときに関しちゃ、大見得切って文句を言えないのがもどかしい所だ。まかない料理をご馳走になったうえ、二日に渡って家に泊めて貰い、給料まで貰ったんだから。
それに何より、何と俺は東海道先生に……好きだ、と言われた。
思い出すだけで顔に血が昇るような出来事だ。――普段、教卓に立つ彼女を前に意識しないようにしていたんだが、こうして二人きりで対面すると、どうしても。
でも、その辺り東海道先生は大人なのだ。学校の彼女はあの夜の出来事なんてまるで無かったかのように、ちっとも態度には……って、あれ!?
何故か目の前の先生まで顔を赤くして、少し開いた目で虚空をぼおっと見つめているじゃないか。
こんな所を甲塚にでも見られてみろ。俺たちの間に何かがあっただろうことなんて、一瞬で看破されてしまうぞ。
「……先生。先生。ちょっと」
「な、なあに? なあに?」
俺は先生の肩を掴んで、人気の無い廊下の突き当たりまで連れて行った。
「学校でそういうのは止しましょうよ。特に、俺たちのクラスには人間観察が特技の厄介な奴がいるんですからね」
「そ、それ甲塚さんのことでしょう。あなた、お友達のことをそういう風に言うのは良くありませんわよ。……でも、そうね。いけない、いけない」
先生は自分の頬を軽く叩いて咳払いをした。それですっかり先生モードの顔付きになるんだから器用な人だ。
「それで、なんか御用ですか? あまり無茶は聞きませんよ」
「……ふふふ。安心なさい。なにも面倒ごとを頼むわけじゃありませんのよ」
「はあ」
「あなた、土曜は予定を入れているかしら?」
「土曜の夜って、クリスマスじゃないですか」
「ええ。どうなの?」
一応、クリスマスの夜は郁とショウタロウの秘密を聞き出す重要任務があるんだが、逆に言えばそれしか用事はない。陰キャのクリスマスなんてのは暇なもんだ。
「……まあ、ちょろちょろやることはありますけど、時間はあると思いますよ。一体何ですか?」
「クリスマスパーティーがあるのはご存じ? 体育館で開催されるのだけれど」
「ご存じも何も、これからその件で生徒会に話を聞きに行こうとしていたんですよ。それがどうかしたんですか」
「……午後七時に、体育館へいらっしゃい。お、ほほほ」
先生は手の甲で口元を隠して、わざとらしい笑い声を挙げた。こんなにあからさまな作り笑いをされると流石に不安になってくる。
「な、何ですかっ。気味悪いなあ」
「怖がることはありませんのよ。むしろお楽しみなんだから。……それに、少しあなたと大事なお話がしたいの。良い? 土曜の午後七時、体育館よ」東海道先生は人差し指を立てて念押しすると、職員室の方に歩き出した。「佐竹君が来てくれないと、わたくし傷ついちゃいますからね。またお酒に溺れて、あなたを呼ぶことになっても知らないんだから」
「なんちゅう脅しなんですか」俺は去りゆく先生の背中に向かって言う。「そんなに脅さなくたって、来いと言われたら行きますよ。よく分かりませんけど……」
すると、先生はくるりと振り向いて、後ろ歩きで廊下を歩いて行った。
「ふふふ。後悔はさせないわ。待っていますからね」
*
全く、何なんだ?
東海道先生は一体何を勿体ぶっているんだか。例の生徒会主催のクリスマスパーティー絡みのことには違いないんだろうけど、お楽しみとは……? それに、大事な話というのもちょっと気になる。
――まあ、今からそんなことを気にしても仕方が無いか。
東海道先生と別れて、俺はすぐに生徒会室に辿り着いた。一つ上のフロアにあるんだが、移動教室の時に何度か表札を見ていたから場所を憶えていたのだ。
扉の窓から中を覗くと、どうやら今は会議中らしい。普段はおちゃらけている氷室会長が窓際の後光が差すような会長席に座っていて、立ち上がった丸眼鏡の男子の報告を真剣な表情で聞いている。円卓のような席には着席しているショウタロウや、一ノ瀬の顔も見えた。
……あの、壁に大きく飾っている人の顔は、まさか伝説の旧生徒会長たちか? マジかよ……。
とにかく、とても部外者が立ち入れる雰囲気じゃないようだ。
出直すか――と回れ右をしたら、目の前に幽霊のような女がいたんで仰天してしまった。
「うおおっ!?……お?」
「生徒会に何か用かしら。人間観察部の佐竹君」
目の前の女は、顔を覆う程に伸ばした前髪の隙間から、俺を見つめている。
この人はたしか、……小薮先輩だ。
氷室会長によればこれで非常に有能な才媛であり、現桜庭高校生徒会の副会長である――と。今も何か書類を運んでいた最中らしく、腕には束になったファイルを抱えている。
「い、いえ。ちょっとクリスマスパーティーのことを聞きたかったんですけど……どうも、忙しいようなんで、出直しますよ」
「クリスマスパーティー? ちょっと待って」
小籔先輩は抱えているファイルの束を一旦床に置くと、プリントの束から一枚を引き抜いて俺に寄越してきた。見ると、ネットのかわいいフリー素材絵のサンタクロースが紙面で笑う、クリスマスパーティーの詳細が記載されたチラシだ。
きっと今週のいつかのホームルームにでも配布つもりだったんだろう。何も、わざわざ生徒会まで来ることは無かったのか……。
「あ。これは。……なんかすいません」
「気にしないで。せっかく興味を持って貰えるのなら、是非参加して欲しいから」
「もしかして、今も絶賛この件で会議していたりするんですかね。氷室会長にしては随分真剣な顔をしていますけど」
「ふんっ」
目の前の幽霊女から変な撥音が鳴ったので俺は驚いた。どうやら、笑ったらしい。
「氷室が真剣になるのも無理はないわ。十二月のクリスマスパーティーはね、今期の生徒会が主催する最後の大きなイベントなの。年を明ければ本格的に受験シーズンだし、次期選挙の準備だとか、引き継ぎだとかの業務に追われて大したことは出来ないしね。あいつの――私達の、最後の大仕事なのよ」
「……もう、そんな時期なんですか」
俺は結構驚いた。
夏休みに氷室会長たちと知り合って半年――土曜のパーティーを終わらせてしまえば、現生徒会の体制は、来年六月頃まで消化戦に切り替わってしまうのか。
「そう。もう、そんな時期なの。……何も、合宿や学園祭だけが生徒会の仕事じゃないのよ。この半期は部費の調整に追われたり、対外活動で区長と接見したり、委員会の陳情を纏めたり、朝の挨拶活動をしたり、大きな仕事意外にも細々とした仕事をずうっとやっていたんだから。そういうの、一般の生徒からしたら分からないものよね」
「なんか、すいません」
「いいのよ。私も生徒会入るまでそういう苦労は知らなかったしね。でも、クリスマスパーティーは、ちょっと難しいのよ」
小薮先輩は俯いたのだろうか。辛うじて見えていた目玉が前髪に隠れて、一切の表情が見えなくなってしまった。
「難しいって?」
「イベントの性質上、休日の、それもクリスマスに開催するわけでしょう? だから、全生徒強制参加というわけにもいかなくてね。土曜は生徒の任意参加になるの。それに、目玉イベントの一つにダンス交流会っていうのがあるじゃない」
言われてプリントを見ると、本当に「ダンス交流会」なんて不吉な文字が印刷されている。これは、……ちょっと、身を引いてしまうな。
「はあ……。あの、これで人が集まるんですか?」
「ご想像の通り、例年中々集まらないのよ。ダンスの相手になる異性の知り合いがいる人なんて、派手目な人たちくらいだろうし。別に強制参加というわけでもないんだけど、どうも字面が人を遠ざけるというかね……。一応、ほら。ビンゴ大会だとか、演劇部の発表とかも用意しているんだけど」
頷きながらも、俺は軽々と東海道先生の申し出や郁と約束を交わしたことを後悔していた。話を整理すれば、土曜のクリスマスパーティーというのは陽キャの交流会と言い換えて差し支えないようじゃないか。
そんな肉食動物ひしめく空間に、俺なんかがのこのこ歩いて行かなきゃいけない理由があるか?
……あるんだよな。なんということだ。
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