第135話 ふわふわな目的

 郁とショウタロウの足取りは、駅からは真っ直ぐ新宿御苑に向かっているらしかった。となると、甲塚の予想通り昼飯を食べてから御苑で腹ごなしに散歩ってコースだろう。


 案の定、御苑の見える通りで道すがらの建物をショウタロウが指差すと、さして吟味するでもなくふらりと入って行く。


 ところがまた、この飲食店のチョイスが甲塚の不評を買ったらしいのだ。


「減、点! 最、悪! 信じらんない!!」


 唾を飛ばして激昂する甲塚の視線の先には、「回転寿司」と文字が入った看板が……。


 なるほど、回転寿司かあ。


 ガラス張りウィンドウから店内は一望できるが、二人が座ったテーブル席は背もたれが遮蔽になって見通せない。すると、三店舗空けて通りを見渡せるチェーンの喫茶店があった。仕方が無いので、食事が終わるまでそこで待機する。


「普通、女子とのデートで一枚百何円の回転寿司なんて連れてく!?」


 席に落ち着くと、甲塚は昼飯代わりのモンブランケーキを突きながら、尚も寿司屋の不満を続ける。


「回転寿司ねえ」


 俺は、腕を組んで唸った。休日の新宿ともなると、この時間帯の洒落た飲食店なんて何処だって混雑極まりない状況だろう。

 

「別に良いと思うけどな、回転寿司。ショウタロウだって高校生なんだから、無理に高いレストラン行ったって分不相応ってもんだよ。むしろあれくらいの価格帯で、気兼ねなく奢ってやれるくらいが後の散歩も楽しめるってもんじゃないか……」


「あ、り、え、な、い! デート相手とあんな家族で入る店行くくらいなら、割り勘でもお洒落なところ行ってやる!……むしろ、一人でも行ってやるんだから!」


 もう、デートどうこうの話じゃなくて甲塚の好みの話になってる気がする。


 それにしても、一体何を熱くなってるんだ甲塚の奴は?


 さっきから歩いていれば、やれ男が車道側歩かないから減点だの、やれ歩くペースが早いから減点だのと散々な言いようなのだ。もしも食事の席が観察出来ていたら減点のパレードになってしまったことだろう。


「……で、何でそいつが付いてきてるわけ?」


 甲塚は慣れない人には怖く見える顔をして、俺の隣に座っている美取を睨んだ。


 ちゃっかりチーズケーキを食べていた美取が慌てて顔を上げると、その拍子にまたサングラスがずるりと下がる……サイズが大きすぎるんだろう。ズレたサングラスをテーブルの上に置いて、


「あっあっ、すい、すいませっ、すいませっ」と、甲塚にぶんぶん頭を下げ始めるではないか。


「美取さん。そんなにビビらなくても良いよ。こいつとは前に会ったでしょ。……ほら、校舎裏で」


「えと……はい。冷静な、部長さんでしたよね?」


 甲塚と美取がまともに顔合わせるのって、校舎裏の混沌とした会合以来だったか。あの時は俺たち全員が困惑している中、一人甲塚だけが早くに冷静さを取り戻したのだった。


「あんたに部長って呼ばれる筋合いは無いんだけど」


「あっ、す、すいません。えっと……」


「こいつのことは甲塚と呼べば良いよ。お前も、何を一々美取さんに噛みついているんだ」


 甲塚はケーキを突くだけで全然口に付けないまま目を細めた。


「逆に、何で佐竹がそいつに優しくしてるのか分からないんだけど。私達からすれば、そいつなんて敵じゃない」


「敵!? わ、私、甲塚さんの敵なんかじゃないです!!」


「あ~……と」


 俺はすっかり恐怖している美取の顔を見て考えた。


 あれ? 今、人間観察部にとって美取はどういう存在になってるんだろ。ショウタロウの彼女と目されていた彼女は、ただの家族と分かった。となると、必要以上に近づく必要もない――


「敵というか、用済みじゃないか? 俺たちにとっちゃ」


「よ、用済み!? 私、蓮さんにとってはもう用済みなんですか!?」


「あっ、いや。あくまで、俺たちにとってね。個人的にはこれからも是非応援をね……」


「ま、確かに他校の生徒じゃ敵にもならないかな。それより」甲塚は持っていたフォークで美取を指す。「飯島はどうして臼井を尾けていたわけ?」


 それは俺も気になっていたところだ。ヤマガクの生徒である美取に取っちゃ、郁なんて他校の女子は興味の対象にはならないだろう。消去法的に尾行の対象はショウタロウということになるけど、それもまた妙な話だ。


 家族が知らない女子とデートをする――関心を引かれるのは分かるけど、尾行する程か?


 俺たちの視線が受け止めると、美取はケーキを食べながらも器用に項垂れた。


「それが……きっと、私のせいなんです」


「美取さんのせいって、何が?」


「ショウタロウ君が、こんなデートをしていることが……」


 どういうことだ?――と首を傾げる俺をよそに甲塚は一層美取の話に興味を抱いたようだった。


「あんたが、臼井と宮島がデートしている原因になったというの? それは、どういう……」


「あ、えと。そうじゃなくてですね……実は私」美取は右に、左に視線を泳がせてから、パチパチと瞬いて言った。「ショウタロウ君に相談されていたんです」


「相談?」


「はい。日曜日に女の子とデートとするんだけど、一体どういうプランにすれば良いのかって……」


 甲塚は薄暗い笑顔を見せながら、モンブランを一口食べた。機嫌が良いのか悪いのか分からないが、少なくとも美取への敵意は晴れていないらしい。

 

「じゃあ、何よ。臼井が回転寿司なんて馬鹿なチョイスしたのもあんたの差し金だったわけ?」


「はい。……あの、ショウタロウ君、お寿司が好きらしくって。色んなメニューあるし、安いし、好き嫌いある女の子でも楽しめるから、良いと思って……」


 キツい態度の甲塚を前に、美取は一層シュンとして弁解し始める。


 そうか。だったら、さっきから減点、減点と散々な評価を下した甲塚に身が退けるのも理解できる。


 ……なんか、可哀想になってきたな。


 甲塚はすっかり敵視しているが、美取だって友達が少ないぼっちなんだ。気質は俺や甲塚と何にも違わない。


 そんな彼女が、普段は会話が無い弟からの相談に一生懸命答えたのだ。


 その結果が、回転寿司。


 ……そう考えたら、あまり馬鹿にしたもんじゃないんじゃないか? 寿司が美味いのは真理だし。


「私、デートの経験とか無くって……。でもショウタロウ君からの相談だから無碍にするのも悪いなって。色々ネットで調べたりして考えたんですけど――あまりにも不安で、南口見張っていたんです」


「佐竹、もう尾行するのも無意味そうだし帰らない? 時間の無駄よ。こいつも付いてきちゃってるしさ」


 甲塚は嘲笑的な表情でそんなことを言い出した。美取の方は、悲しそうな顔でチーズケーキをパクり、パクリと食べている。……美取も、ちょっと肝が太いのは何なんだ……?


 というか、普通に帰るとか言っちゃってるけど人間観察部的には良いのかよ。今日の目的って、ショウタロウがボロを出す瞬間に立ち会うためだよな? 俺としては、郁のショウタロウに対する心証を観察したかったんだけど。


 ……そういえば、尾行を始めるときに目的を示し合わせたわけじゃないのか。


 あまりにもフワッと始まった尾行であった。


「あっ、あの、それは困ります! 私一人じゃ絶対に見つかっちゃう……」


「私は飯島が困ったって困らないわよ」


 そう言いながらフォークを運ぶ甲塚に慌てて突っ込む。


「いやいや、困る困る。美取の尾行があいつらにバレたらデートどころじゃなくなるだろ」


「あ、そっか。……仕方ないわね。それじゃあ」テーブルに置かれていた美取サングラスを摘まんで、俺の顔に差してきた。こうなると美取のうさんくささがマシになり、俺の印象がぼやける。「私の言うことは聞くこと。それができなきゃ帰って貰う」


 俺たちは無言のまま頷いた。


 この尾行の目的か――


 ……いや。もしかすれば、尾行が目的だった?


 こんな甲塚も、たまの休みに誰かと街を歩きたかったとか……。


「……」


 無いな。無い無い。うん。

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