第126話 暴露のテロリズムに必要なものは

 マルゲリータは美味かった。


 とうことは、この店のあらゆる味のピザは信頼に足る出来ということである。


 とはいえ、ハーフアンドハーフを二人で分けるとなると……ハーフのハーフアンドハーフのハーフアンドハーフのハーフアンドハーフの――


「あ。ごめん! 蓮の分まで食べちゃった!」


 ……こうなるよな。


「良いよ、好きな分食べて。こっちの食い扶持はこっちで好きに確保するからさ」


「ふふふ。悪いねえ」


 郁はペロリと指を舐めると、ちっとも遠慮せず俺の皿から一切れ攫っていく。


「はあ……」


 口からチーズを伸ばしていた郁が、俺の溜息に反応して慌てる。


「ちょ、ふぉ、嫌なら嫌って言って!――私の食べかけ、食べる?」


「いらんわ。……甲塚が抜けたんじゃせっかくの打ち上げ気分も台無しだよな、と思ってさ。郁と飯食いに来たって、新鮮味が無いというか」


 まあ、元々これも甲塚の奇策。打ち上げを提案しておきながら、自分は離脱して俺と郁が一対一になる状況を作ったのだから……。


 とはいえ、一応建前は学祭の打ち上げ、ということでピザを食ってるわけである。


 だから、甲塚は嘘を吐いていない。自分が抜け出すことを言わなかっただけ、なんだよな。


「あ。これ打ち上げなんだっけ?」


「打ち上げだよ。……いや、最早二人で飯食ってるだけだけど、一応打ち上げなんだよ」


「んー……」

 

 ――さてと。


 俺は一旦水を口に付けて、頭を回転させた。


 問題は、どうやって郁をショウタロウとのデートに乗り気にさせるか。取り敢えず、この雰囲気だと断りの連絡までは入れていないだろうが……今夜中にでもキャンセルしてしまう可能性は十分ある。


 郁は、面と向かって俺に好意を抱いている、ということを告白した。そんな女子を、俺は一体どうすればショウタロウのデートに向かわせることが出来る?


 いっそ、甲塚の計画を打ち明けて協力を頼むか。


 ……ダメだ。そもそも郁はショウタロウの秘密を探る人間観察部の方針に反対姿勢を貫いている。甲塚の手がショウタロウの喉元に掛かっていることを知ると、全面的に協力を拒むに違いない。


 となると、彼女に気付かれるのは具合が悪いということになる。


「ま、気分を切り替えてさ!」


 ペーパータオルで指先を拭う郁が、スッキリした声を出した。


 テーブルを見ると、ピザが跡形も無くなってる。結局俺全然食ってない気がするんだけど……まあいいか。


「甲塚さんが来られなかったのは残念だけど、少なくとも打ち上げを提案してくれる間柄にはなったということだよ。テストの時なんて、全くそんなテンションにならなかったしね! この調子なら、甲塚さんの喉からゴロゴロ聞こえてくるのも秒読みだよ」


「猫じゃないんだぞ。というか、お前の企みは一体どこ行っちゃったのかな」


「私の企み?」


「甲塚の悪の野望を止めるんだって、息巻いてただろ。ショウタロウを守って、甲塚をやっつけるんだろ? それでスタッフロールが流れるんだっけ?」


「簡単に言うなあ」郁は、唇を拭ったナプキンを丁寧に畳んで呻いた。「話がそんなに単純じゃないから困ってるんだって。私にはよく分からないけど、蓮は甲塚さんの計画に乗ることが良いことだと思ってるみたいだし。……それに、甲塚さんが臼井君の秘密を掴んだところで、彼女が考えているようなことになるのかなって、今は思うんだよね」


「……そうなんだよな」


 他人の秘密なんて、実はどうでも良いものなのかも知れない。俺の秘密が知った上で郁がこんな感じなんだから。


 それって結局、自分の秘密の毒性は自分にしか有効ではないってことだろ。


 ……いや、そうとも限らないのか。


 それは、元々俺に失うものが無いということだけで――郁にしても、実際に周りに知れてしまえば大きく評判を落とす結果にはなるだろう。オタク趣味ってのは最近じゃカジュアルになってはいるけど、エロゲーや乙女ゲーってのはちょっとな。


 つまり、暴露によるテロリズムは地位の高さが必要不可欠なのだ。衝撃は、保持している位置エネルギーによって大きさが変わる。


 *


「ま、甲塚の計画が成功するかどうかは置いといて。……ショウタロウと仲良くしておくの、俺は良いと思うけどな」


 ピザ屋の階段を降りながら、俺はさっきの話を蒸し返した。前を歩く郁が不機嫌そうに振り向く。


「またその話ぃ? ヤケに絡むなあ」


「それは……だって、ショウタロウと仲良くなれば、甲塚よりも先に秘密を知ることができるかも知れないだろ。そうすると、甲塚の妨害も簡単になる。逆転の発想だ」


「確かに、そういう秘密の知り方なら穏便には済むかも知れないね……」


「そうさ。勝手に調べを付けるのと、正直に告白されることは全然違うんだよ、きっと」


「そうかもしれないけど、蓮がそういうことを言うのが気に入らない」


 階段を降りきった郁は、不機嫌そうに道の真ん中で腕を組んだ。

 

「はあ!?」


 こう、感情を武器にされては太刀打ちが出来ない。いくら論理で説き伏せても、女子の機嫌一つでこっちは右往左往させられる。


「だいたい、この間私と臼井君がいるところに居合わせて、鼻血出したくせにさ」


 その時の俺の顔を思い出したのか、にたにた笑い始める。


「そ、それ関係無いだろ……」


「私にとっては関係あるんだよね。多分、蓮が鼻血を出すときの感情は、私が蓮と飯島ちゃんの仲を知ったときの感情と同一である――という研究結果が出ているんだよね」


「いや、知らないけど。何研究所?」


「ふっふふふ。……」


 上手い返しが思いつかなかったんだろう。笑った顔のまま静止してしまった。


 呆れて歩き出すと、ワンテンポ遅れて付いてくる。


「あ。ねえ、ねえ。飯島ちゃんで思い出したけど、蓮の描いたストリートアート良かったよ! 私何枚も写真撮っちゃった。ちょっと半信半疑だったけど、やっぱり絵上手いんだね」


「お、おお。そりゃどうも……。でも、あれは俺が描いたというか、コーコたちとの共作だからな。ストリートアートなんて、描いたの初めてだったし」


「でも、SNSを騒がせたんだから凄いよ!」そこまで興奮した口調で言ってくれると、ふと辺りの建物をぐるりと見回して言った。「というか、今どこ向かってる?……あ、さっき私が見つけたお店?」


「え? 家だけど」


「……なんで!?」


 郁は信じられないというような顔をしているが、俺の方こそ郁の考えが分からない。


 どうやら、郁がショウタロウの誘いに乗るかどうかは半々ってところらしい。何故か俺に反発する感情はあるが、先んじてショウタロウの秘密を掴むことに興味を持っている気配もある。


 ……となると、俺がやるべきことは、これ以上郁の感情を揺さぶらず、事態が上手くいくように祈って眠るだけだ。

 

「なんでって、打ち上げ終わったじゃん」

 

「終わってないよ! 打ち上げに来てるんだよ!? 打ち上げだよ!?」


「え? だから今飯を……」


 すると、何故か郁が哀れみの視線で俺を見つめる。


「……蓮。あのね、打ち上げっていうのはお食事会とは違うんだよ。美味しいご飯を食べて終わり、って味気なさ過ぎるでしょ」


「ん?」


 あれ? そういえば、打ち上げって……初めてかもしれない。参加するの。

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