第124話 甲塚の奇策?

 郁と甲塚が部室に戻ってきた。


 まず、郁に掴まれたまま足を引きずらせる甲塚を見て俺は絶句してしまう。まるで大型犬に玩具にされたぬいぐるみではないか。


「甲塚さんと色々回ってきたよ! 三組のメイド喫茶、クオリティが凄くて感動した! こう、クラスの半分をキッチンみたいにしてて、接客もすっごい本格的でさ」郁は楽しそうに腕で正体不明のジェスチャーをしながら説明する。「教室って狭いと思ってたけど、工夫次第でどうにでもなるもんだね。あと、体育館も凄い賑わいようで! 蓮も見てくればいいよ!」


「お、おお。……甲塚、大丈夫か。郁に振り回されて怪我でもしたのか」


「失礼なことを言うなあ。甲塚さんはちょっと疲れてるだけ! 逆に私が手を貸してあげてたんだよ」


 甲塚はヘロヘロと席に座り込むと、早速息を整えながら恨み言を唱え始めた。


「端から端の、展示を、爆速で、回って、ちょっと、疲れるだけで、済むはずが、無いでしょう。……佐竹! 水!」


「はいはい」


 受付裏にストックしていたお茶を、甲塚の方にゆっくり放ってやった。すると、甲塚は何故かあらぬ方向に腕を突き出してキャッチに失敗する。


「うぎゃ」


「あっ。すまん」


 運動神経が劣悪な甲塚にはこの程度のことも出来ないのか。……ここは、俺がもっと想像力を働かせるところだったかもな。


 拾ったお茶を郁が差し出すと、甲塚は引っ手繰るように受け取る。


「……もう、最悪! さいっあく! 何よ、こんな学祭なんて馬鹿馬鹿しい! おままごとみたいなもんじゃない!!」


「あーあ。蓮、怒らせちゃった」


「だから、ごめんって。というかお前も散々甲塚を引き摺ってたんだから」


 郁は悪びれる様子も無く肩を竦めた。


「まあね。でも、せっかくの学祭で一日中仕事してるなんて寂しいでしょ。私も甲塚さんと遊びに行ったことなんて無いし、思い出一つ作るくらい良いでしょ?」


「……そう言われれば、そうだな」


 これから俺たちはどうなるか分からない。だったら今は今、ということで楽しもうとする郁の気持ちは分かる。


 いつか、甲塚と夜の部室で花火を――花火を見上げる生徒達を眺めた光景を、懐かしいと思える日が俺に来るのだろうか?


 全然考えも付かないな。将来のことは分からないもんだ。


 勢いよくお茶を飲み込んだ甲塚が、俺たちの間に入ってきた。鋭い視線で俺と郁を睨み付ける。


「涙が出るようなありがたい配慮だけど、普通に迷惑だから。私にとってこの学校の出来事なんて大人になるまでの待ち時間でしかないの。祭だ何だと一々はしゃいでらんないわよ」


 そんな、俺たちの熱量から一歩引いた言い方をされてたじろいでしまう。


 学校生活が、大人になるまでの待ち時間とは……。だったら、甲塚にとっての俺たちは、所詮待合室に居合わせた隣人、ってところなのか。


 今目の前に立っている少女が、さっき学祭の打ち上げを提案したのと同じ人物だというのは、どうにもちぐはぐだ。


「そんなこと言うと、東海道先生が悲しむぞ。あの人、結構お前のこと気に掛けてんだからさ」


 苦し紛れに東海道先生の名前を出すと、甲塚の顔に一層の険が増す。


「東海道が何? 所詮教師っていうのはね、子供のことなんて一々気に掛けちゃいない生き物なのよ。あの女にしたっておちゃらけてる裏で一体何を考えているのか分かったもんじゃない。……どうせ、私のことなんて厄介モンくらいにしか思ってない筈よ」


「――本当にお前は、人の好意を素直に受け取らないな」


 俺の言葉に、甲塚が「え」の口で言葉にならなかった息を吐いた。 


 あまりの言いように、思わず芯の部分から失望の声を出してしまったのだ。


「ちょっとちょっと。蓮までネガティブにならないでよ! 雰囲気暗いな~、もう……!」


「あ。おお……」


 けど――ダメだ、こいつは。甲塚という奴は。


 本当に学校生活とは、徹底的に折り合わない奴なんだ。幾ら周りが甲塚に一目置いたところで、こいつ自身が周りを絶対的に拒絶してしまう。人の好意というものを根っこの部分から信じないし、……そもそも、こいつは多分祖母が理事長をやっているという理由でこの学校に入学させられた。


 だから、そこからなんだろう。こいつの憎悪の根源は。

 

「でも、……なんでそんなに教師を悪し様にいうかね。自分の親だって教師だろ」


「えっ? そうなの?」


 郁が意外そうに甲塚の顔を見た。


「そうよ。悪い?」


「悪く無いけど、意外かも。……意外じゃないかな? 甲塚さんって凄く頭良いし。実は教育ママだったりして」

 

 甲塚の母親が別の高校の教師――というのは、彼女自身の口から聞いた事実だ。別に隠しているわけではないだろうけど、まあこの見てくれの女子の親が教師と聞いたら驚くよな。

 

「自分の親が教師だからこそ、あんた達には見えない事情も知ってるってこと。あまりヨソ様の家庭事情に首を突っ込まないことね」


「あ――わ、悪かったよ」


「別に良いけど」甲塚が、ふっと教室の時計を見上げた。「……そろそろ、予約の時間が迫ってる。早いとこ、こんなお祭り騒ぎから抜け出すわよ」


「予約だって? どこの」


 俺の質問には答えず、甲塚はすっかり回復した足取りで部室を出て行ってしまった。俺たちは慌てて付いていくことしかできない。


 *

 

 郁と困惑した表情を見合わせながら甲塚に付いていくと、彼女が向かったのは渋谷、スペイン坂――少なくとも、普段俺が行くような雑貨・本屋を取り扱ったショッピングモールではなく、洒落たカフェや飲食店が立ち並ぶエリアだった。


 自慢じゃないが、俺はこういう洒落た道並みを歩くと非常に緊張してしまう。


「お、おい。ちょっとちょっと」


「なによ」


「予約入れたのって、まさかこの辺の店か? お洒落すぎてちょっと気が引けるんだけど……」


「心配しなくたって、そんなに高いとこじゃないわよ。石窯焼きのピザ専門店でね」急に顔を近づけて小声に切り替えてくる。「カップルで立ち寄るには落ち着いていて、悪く無いと思うのよね。……あんた、お金はあるでしょうね?」


 何やら不穏なことを言い出している。


「金は、まあ……って、おい。カップルってどういうことだ」


「佐竹が言ったんでしょ。宮島と臼井の仲を邪魔するって」


「ねえー! あそこの雑貨屋可愛い! 後で行こ!」


 俺と甲塚の密談をヨソに、郁はすっかりスペイン坂の南欧チックな町並みを楽しんでいるらしい。


 今は置いといて……。


「そりゃ、邪魔をするとは言ったけど――ごめん、マジで状況が分からないんだけど」


「他人の恋路を邪魔する、最も効率的で簡単な方法よ」甲塚は人差し指を突き立てて、自慢げに説明を始めた。「第二の恋愛対象を用意する。男女の仲っていうのは、魅力的な第三者の介入であっという間にガタガタになるんだからね。幸い、宮島には佐竹っていう打って付けの対抗馬がいるわけだし、コレを利用しない手はないわけよ」


「……」


 開いた口が塞がらないとは、このことだ。


「そういうわけで、私は適当な理由で離脱するから。今日はアンタが宮島を引き連れて、どうにかして気を惹くのよ」


 こいつのことだから、どんな悪どい手段を持ち出すのかと思ったが――


「まさか、相談も無しにこんな無茶振りをしてくるとは……」


「くくく。聞けば宮島の奴、明日に臼井とのデートを控えてるって言うじゃない。先にあんたがスポットを回ってしてしまえば、明日のデートは早々に飽きてしまうはずよ。我ながら、たった一晩で上手いこと思いついたわ!」


 何だ……その、繊細な料理の前に濃い料理を食べさせてしまおう! みたいな発想は。


 俺は頭を抱えてしまった。


「ちょっと、待て。そもそも、郁とショウタロウは現時点で大分上手くいっていないの、お前知ってるのか?」


「……ん?」


 甲塚のにやけ顔がピタリと動きを止める。


「郁の奴、ショウタロウの誘いを断るつもりらしいんだぞ。付き合う付き合わない以前に、このままじゃ自然消滅だよ」


「な、何それ……私、聞いてない……!」


「……お前、ちょっと下調べ足りなかったんじゃないの。こんな状態で俺と宮島が渋谷を歩いてどうするってんだよ」


「自然消滅なんて、流石に予想してないわよ! ……まずいわね。せっかく臼井がボロを出す機会がやってきたのに、宮島がその気にならないなんて――いっそ、宮島にスパイをさせる? いや、そんな演技力あいつには無いし……」


 ちょっとの間、甲塚は無言でよたよたと考えごとをしながら歩いたようだった。


 きっと俺はとんでもないことを聞かされるんだろうなあ、と思っていたら案の定とんでもないことを言い出した。


「こうなったら仕方ないわね。もうここまで来ちゃったし、佐竹は予定通り宮島とデートすること」


「俺の予定表には書いていないんだが」


「ついでに、あんたが臼井を褒めちぎって株を上げてやりなさい。で、明日の誘いを受けさせるの。これで解決!」


「あ~あ……ダメだこりゃ」


 なにが「これで解決!」だっつの。結局俺の有りもしないアドリブ力に丸投げじゃねえか。

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