第123話 上品なお婆さん
甲塚の突然の提案は、俺たちを大いに驚かせた。
人間観察部なんてものは、思い返せば消極的に参加せざるを得なかったイベントと、積極的に画策する悪事と、それらにまつわる厄介な事件を糧に交流を深めてきたようなものである。
……それが、ここに来て学祭の打ち上げなどと!
この奇妙な部活に強制的に入部させられてからぼちぼち半年――流石に甲塚との仲も深まってきたような気がしていたが、まさかここで一週回ったイベントを彼女が提案するとは思いもしないことだ。
そして、ショックの後に打ち寄せてきたのが、暖かい喜びだった。写真を一緒に撮ることも嫌がられ、顔を合わせればあらゆる角度から罵倒を飛ばしてくる甲塚が、とうとう彼女の方から歩み寄ってきた……。
ただし郁の方は感情の反射神経が良いらしい。甲塚の提案を聞くなり「いやっほう!」とぴょんと跳ねては甲塚の細い腕を引っつかんで、午後までの僅かな時間を散策に行ってしまった。話を聞く限り、昨日のショウタロウとの散策じゃ消化不良だったんだろうな。
……甲塚の体力、持つと良いけど。
――で、俺は今、一人で部室の受付業務を行っているわけだ。若干の物寂しさはあるけど、「いやっほう!」なテンションの郁とは流石に付き合いきれないし、最近は色々あったんでこういう静かな時間も悪くよな。
……と思ったけど、意外と客が入ってくる。
しかも、昨日は来なかった桜庭の生徒が。
しかも、カップルで……。
受付席からぼけっと様子を眺めていると、さっきから妙に初々しい様子の男女が、壁に貼られている俺の写真群を眺めちゃクスクスと笑って去って行くのだ。
同じような現象が二、三続いたかと思えば、次に入ってきたカップルが俺へ真っ直ぐ歩いて来て、一緒に写真を撮らないかとせがんできたりする。
幾ら俺の顔が有名になったとは言っても、観光スポットか何かと勘違いされては困るんだが……。それにしても、なんで今日はこうもカップルが迷い込んでくるんだろう。
ぼおっと部室の窓を眺めて、思い出した。
そういえば、昨日は花火大会があったじゃないか。
ショウタロウから聞いた話なんて出所が氷室会長なんだから半信半疑だったけど、花火大会で誕生したカップルが翌日の学祭を闊歩する、というのが定番なのは確からしい。
それにしたって、孤独に過ごす俺に自分の連れを見せつけに来て一体何が楽しいんだか。……しかも、その後にやってきた女連れが、俺も知っているクラスの男子なんだからやるせない。
長い髪を左右に分けた男は、カーストで言えば中層――彼女を作るには、結構努力がいるくらいのポジションかな。そいつが、俺と眼を合わせて「でへっ!」と分かりやすくはにかんで来るので助走無しに呆れてしまった。
こいつと話したことは無いけど、流石の俺も一言文句を付けたくなる。
「……こんなとこの展示に来たって、カップルで楽しめるようなコンテンツは一切ないんだけど」
やんわり追い返そうとすると、長髪男は不貞腐れた態度で言い返してきた。
「あっ。なんだよなんだよ。佐竹だって、クラスじゃ喋らないくせに裏では色んな女子にもててるんだろ。俺たちと写真撮ってくれるくらい良いじゃん」
「俺が女子にもててるって……何だ、それ? 誰が言ってたんだよ」
「皆言ってるし、実際そうなんだろ。クラスじゃ甲塚希子とひそひそ楽しそうに話してるしさ、毎朝宮島と登校してるの色んな女子が見てんだぞ。……ヤマガクの美少女と一緒にコスプレしたりしてるし!」
「ええ……」
熱くなっている長髪男を、横に立っている眼鏡女子がクスクス笑いながら見守っている。
俺と眼を合わせると、笑いながら噂を補足してきた。
「彼なんか僻んでるみたいだけど、言ってること本当なんだよ。私の周りでもね、あの写真見て結構佐竹君のこと良いじゃん? って気に掛けてる女の子多いんだから」
「ははは。まさか、そんな。……俺を担いで、写真撮ろうたってそうはいかんぞ」
「本当だって! なんか佐竹君って、どのグループにも肩入れしていないけど付き合いあるのはイケてる子ばかりだって評判だし。宮島さんとか、甲塚さんとかさ」
俺はギョッとしてしまった。
「……甲塚が!? イケてる!?」
眼鏡女子が、ゆらりと笑って頷く。
「イケてるよお。甲塚さん。一見怖そうな見た目してるけど、不良グループと連んでるわけでもない孤高のギャルでしょ。……それで学年一位を取る程頭脳が明晰って言うんだからね!」
「お、おお」
……言われて見れば、甲塚って意外と凄い――のか? 絶望的な人間不信という欠点があるとは言え、傍から見ている限りじゃそんなものは評価の対象にはならないのか。
郁が元々注目を集める女子の筆頭だったとは言え、知らず知らずの内にダンゴムシ同然であった俺や甲塚の地位まで上り調子だったとは全く予想外だった。
それまで、眼鏡女子の話に頷いていた長髪男子が再び口を開いた。
「というかさ。佐竹って甲塚と付き合ってるんじゃなかったのかよ」
「俺と甲塚が? 笑わせんな」
「いや、笑わせるも何も、クラスの様子を見てる限りそうとしか思えないんだけど……でも、そうかあ。はははは!」急に得意気に笑い出して、俺の肩をぽんと叩く。「頑張れよ。あははは!」
「あ?」
不意に、長髪男が振り向いてピースサインをした。その瞬間、眼鏡女子がスマホのシャッターを切る。
「あっ! お前……」
呼び止める間も無く、カップルはそそくさと部室を出て行ってしまう。何というコンビネーションだ。こいつらほんとに付き合って一日目のカップルかよ……!
「人間観察部、思ったより楽しかったな! よーし、次はメイド喫茶だ」
「佐竹君って面白いねえ。うふふふ」
そんなムカつく会話を廊下に響かせながら、駆け足で去って行く。畜生、あいつら……!
せめてSNSに上げないようにと追いかけようとしたが、その時入ってきた老婦人に出入り口を塞がれてしまった。俺の勢いに少し驚いた様子で、「廊下を走ると危ないわよ」と逆に忠言されてしまう。
俺は、そんな老婦人の言葉にすっかり気勢を削がれてしまった。
「あっ。すいません……」
「人間観察部の展示は、こちら?」
「ああ、はい。どうぞどうぞ。ご自由にご覧になってください」
言われるがまま老婦人を招き入れてから、あれっ、と不思議に思った。
今、この人は人間観察部の展示はこちら? と聞いた。ということは、ここのつまらない展示を目的にこんなところまでやってきたということだ。
年頃は、さっきのボランティアサークルの爺さん達と同じくらいだろうか。総白髪を後ろで引っ詰めていて、着ているのは細身のセーターにスラックス。どこにでもいるようなお婆さん……だが、どことなく気品を感じるのは、年の割に背筋がスッと伸びているからだろうか。
あ、そうか。この人もさっきのボランティアサークルのメンバーなんだな。
何故さっきの団体から外れているのかは知らないけど、態々甲塚の取材レポートを見に来てくれたのだろう。
「あの、すいません。今、甲塚出払ってるんですよ」
「ああ。そーお」
老婦人はさして気にした風でもなく笑顔で頷くと、レポートではなく合宿の写真をにこにこ眺め始める。
何となく居住まいを正して彼女の様子を眺めていると、やはり写真と俺を見比べてふふっと頬を綻ばせた。
「あなたが、キコちゃんが話していた佐竹君」
「……え? ああ、はい。俺が佐竹蓮ですが」
ん? 甲塚が取材先で俺の話を?
一体どんな話をしたんだろう。悪口しか想像できないんだが。
「キコちゃん、部活ではどう?」
「甲塚ですか。まあ、傍若無人ですかね」
……ほぼ反射で甲塚の悪口が出てしまった。まあ、向こうもこっちの悪口は言い散らかしているだろうからお互い様だろう。多分。
だが、意外にも俺の飾りの無い悪口がお婆さんのツボに刺さったらしい。分かりにくいが、一層笑顔になっている。
「傍若無人とは酷い言いようねえ。ふふふ。あの子、そんなに我が儘を言っているのかしら」
「我が儘くらいなら始末は良いですよ。あいつの場合、行動の激しさと人の好き嫌いが極端なんです。俺たちにとんでもない命令をしてくるかと思えば、知らない人にはひたすら及び腰になるっていうか……」
と、そこまで言って何だかこれじゃ甲塚が滅茶苦茶厄介な奴に聞こえてしまうのではないかと心配になってしまった。お婆さんもちょっと心配しているような顔をしているし。
「……まあ、良い奴なんですけど。俺は好きですよ」
慌ててヨイショすると、お婆さんはホッと満足したような表情になる。そのまま、甲塚の取材レポートにも眼を通さず部室を出て行こうとする彼女が、
「今度希子ちゃんと遊びにおいでね。またお話を聞かせて欲しいわ」と、社交辞令を残していった。
俺と甲塚で、爺さん婆さんのボランティアサークルに遊びに行ってどうしろと言うんだ?
……まあ、社交辞令、だよな。
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