第113話 予想外の影響

 ショウタロウが俺のことを探している……という話だったのだが、いくら待っても奴は来なかった。理由なんて想像は付く。大方人気者のあいつのことだから、両手で余るくらいの友人に引っ張りだこにでもなっているんだろう。


 氷室会長たちが退けてからは流石に客も打ち止めだろうと思ったのに、バズった美取の、隣に立っていた俺がここにいる、――ということを聞きつけたスクールカースト上位の連中が三、四組と立て続けに来て、その対応に追われた。


「明日の打ち上げ、ゲストで飯島ちゃん呼んできてよ。奢るからさ」


「飯島ちゃんのライン知ってるんでしょ。ウチらに教えてよ。グループに入れてあげるから」


「こいつ飯島ちゃんのことが好きらしいんだけど、繋げてくれない? 君知り合いなんでしょ」


 ……と、奴らの言い分は、大体こんなものである。


 要は俺という存在を介して美取と接触しようと画策しているわけだ。


 全員そんな女は知らないと突っぱねて帰らせたけど――何でこんな男が? という別れ際の視線が、決まり切ったように全員から発せられていたのは驚いた。


 正午を迎える直前に訪れた女子の一行を追い返して机に腰を降ろすと、席に座っている甲塚が鼻で笑いだした。


「勿体ないことするわ。飯島美取を奴らに売りさえすれば、一気にカースト中位には昇れるだろうに」

 

「他人を売って、ようやく中くらいかよ。侘しいもんだな……」


「それにしても、妙ね。どうして奴らは佐竹なんかをアテにするんだろ」


「不思議じゃないだろ。奴らは俺みたいな底辺は何でも言うことを聞く存在だと思ってるんだ。……あれ、なんか俺甲塚に毒されてる?」


「確かに、そう考えてるフシはあるけどね。私が言いたいのは、普通カースト上位の連中は、カースト上位の連中の間でアテを探すんじゃないかってこと」


「……ショウタロウか」


 ――確かに、甲塚の疑問は尤もかも。普通なら、まずより親しい仲である筈のショウタロウを当たる筈だ。あいつのことだ。聞かれたら結構気軽に美取を誘うくらいのことは引き受けるんじゃないか。


 それを飛び越えて俺に来ているということは……。


「もしかして、ショウタロウと美取が家族だってことは俺たちしか知らないのか? この学園で、人間観察部の俺たちだけが?」


 甲塚は腕を組んで、黒目を上に回した。


「じゃないの。大体、さっきの連中『飯島』って呼んでたし。大方SNSの投稿でモデルの飯島美取の存在を知ったって口でしょ。それで、学内の伝手を探ってここに来た……」


「……」


「……」


「……ショウタロウは、美取のことを秘密にしている?」


「調べる価値は、あるかもね」


 *


 正午を迎えると、俺は部室を出て正門へ向かった。


 部室を出てみると、校内の賑わいようは肌身で感じられた。勿論、殺人的な混み合いようであったヤマガクとは人入も全体的なクオリティも下回っているとはいえ、それでも学校全体で祭をしようという気分ではいるわけだ。若者が真面目に祭をしようと思いさえすれば、取り敢えず雰囲気はそれっぽくなるもんだ。


 それに、人の出入りやなんかはあくまでヤマガクと比べたらの話。むしろ向こうが異常で、こっちが正常なんだよ。


 ……それにしても、一人で歩くのはちょっと浮いてしまうが。


 玄関口を出ると、騒々しい周囲をキョロキョロと見回す仲間千里――小学五年生。絵の天才。絵画教室の仲間――がぽつんと立っている。俺が手を上げると、駆け足で寄ってきた。


「ねえーっ、蓮の学校はストリートアートないのー?」


「無いんだよ、うちの学校には。その代わりに写真見せてやるから……というか、一人? 親はいないのか?」


「私一人で来たんだよ」


「よく迷わなかったな。電車間違わなかったか?」


「私小五だも~ん! 電車くらい乗れます~!」


 そう胸を張る千里は、小学五年生ながらお洒落をしてきたようである。茶色いブーツに黒いタイツ、チェック柄のスカートと、上はややサイズの大きいセーター。どの服も絵画教室では見たことがないものだ。


 ……今日はこのクソガキを案内する約束をしてしまったんだよな。


 というのも、美取の件だとかであっぷあっぷになっている内に、ヤマガクの学祭に千里を連れて行くのを、すっかり忘れてしまったのである。


 それに気が付いたのがつい先日のことで、絵画教室の帰りに「そういえばストリートアートできた?」と、こいつに尋ねられた時は大いに狼狽えたものだ。……俺とコーコが徹夜で仕上げたストリートアートはとっくのとうに磨き落とされてしまっていたのだから。


 ……というわけで、渋谷の路上で泣き出してしまった千里を落ち着かせるために、俺は今日の約束を取り付けてやったのだ。謂わばこれはヤマガク文化祭の、俺なりのあとしまつ。


 願わくば、コーコと千里を連れ回してやりたいものだけど。


「ねえ。コーコは来てないの?」


「来てないよ。俺だけで我慢しろ」


 早速千里を出店が密集している校舎裏手に連れていく。


 桜庭の学祭では広々と外の空気を吸えるし、テントの中のテーブルで飲食もできる。小学生の千里にとっては高校の敷地にあるオブジェクトの一々が珍しいらしいし、まずはここで一息入れてから学校を適当に案内すれば気も済むだろう。


「そんなにコーコに会いたいのか? お前、あいつのこと苦手だっただろ」


「別に会いたくないし!……でも、最近絵画教室でコーコと会わないんだよなぁ」


 のんびり出店フードを食べながら話をしていると、またこっちが困るような話題になってしまった。まあ半ば俺が言い出したことだけど。


――コーコね。

 

「あいつは、今絶賛体調不良だからな。そのうち顔出すよ」


「体調不良って入院してるの?」


「えー……と。そう――いや。自宅療養って感じ? 俺もよく知らないけどな」


 実際、俺もコーコの消息についてはよく知らないでいる。連絡は何度か飛ばしたが帰ってこないし、学祭以来、絵画教室にも顔を出さない。……これは確認したわけじゃないが、学校にも通っていないのでは無いかと、俺は思う。


 俺が彼女に関して憶えている最後の記憶は、アートを描き上げて、未成年のくせに酒を飲んで酔っ払って、送り届けた家の玄関に消えてゆく彼女の背中だけ。というわけで一応家は知っているんだけど、あいつの家のチャイムを押すほどの間柄かと言われると……そうでもないし。


 結局、コーコの企んだ自爆的な学祭破壊計画は、その実行者だけを消滅させてしまったということになる。アートはむしろ野次馬の誘因に一役買ってしまったようだし、無名の絵師に名前を付ける人間はいない。


 学祭も学校生活も、俺たちのアートでは破壊されなかったのだ。


 ……これが、甲塚の計画が実行された場合だと、一体どうなる。


「……?」


 その時向かいのテーブルからこちらを見ている視線に気が付いた。


 またSNSで俺の顔を見た連中かとにらみ返すと、フランクフルトを頬張っている郁がいるじゃないか。


 それぐらいのことならただの偶然と気にしないところなのだが、郁の向かいの席に座っている男子を見て俺は結構驚くことになる。


 ショウタロウだ。


 しかも、他に連れ添っている奴もいないらしい……ということは郁とショウタロウの一対一!? これは。


 郁がショウタロウと、学祭デートをしている……のか!?

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