第106話 @3takeの正体

「……!! こっ、こんなところに人が……」


 校舎の角を曲がって現れた二人の女子に、美取が動転している。


 それ以上に動転しているのが甲塚で、


「なっ。こ、これはういうことなの……!? 何で佐竹が飯島と!?」と、説明を求める視線を俺に送っている。


 で、それ以上に動転しているの俺で、


「えっ!? 3takeさ……えっ!? 好きって――えっ!? えっ!?」と、突然告白された3takeさんの正体。それに「好きです」という言葉。その二つがぐるぐると頭の中で回ってまともな思考ができない。


 ……で、それ以上に動転しているのが郁で、


「蓮に飯島ちゃ……えっ!? 今『好きです』って……えっ!? えっ!? 好き……えっ!? 飯島ちゃんが、蓮を……えっ!?」と、膝がガタガタ震わせて肺の中の空気が無くなるくらい「えっ!?」を連呼している。

 

 要するに、この場にいる四人、全員が動転しているのである。


 何という状況だ。……それにしても、美取が3takeで、3takeが好きって……えっ!?


 郁の肺の空気が無くなると、一旦場に静けさと困惑だけが残った。


 ……えっ!?


 膝をガタガタ震わせている郁が、再び口を開く。


「あ。あ~~。蓮と飯島ちゃんが……そう!」何故か目に溢れ無い程度の涙を浮かべていて、息が震えている。「うん。あ、相手が、ヤマガク一の美少女なら、な、納得だよ……! うん。お、おっ、応援……応援するっ。そ、そっか~。これが蓮のトゥルーエンド……かあ」


「いやいやいや」郁の隣に立っている甲塚が、呆れたように郁の脇腹を突いた。流石甲塚だ。こんなに異常なシチュエーションで動揺したって、冷静になるのは一足早いらしい。「流石におかしいって、この状況。何まともに負けヒロインムーブかましてんのよ」


「うっ……! でも、今飯島ちゃんが、蓮のこと……おっ、おぉぉ」


「佐竹。説明しなさい」


「あっ。えっ!?……えっ!?」


 説明? どう説明しろと? 俺たちはショウタロウの秘密を追っていて、美取はショウタロウの彼女で、その美取が実は3takeさんで、郁と甲塚は俺の知り合いで、二人は3takeさんと俺のやり取りを知らなくて、美取が俺を好きと言って、でも美取はショウタロウの彼女で、郁は俺がすけべ絵師として活動していることも知らなくて……。


 どう説明せいと!?


「えっ!?」


「あーあ。ダメだこりゃ」


「一番冷静な奴が匙を投げるな!」


「はあ。……そう言われても、こっちだって意味が分からないんだけど」


「あっ。あの。ちょっと待って下さい」美取がここで手を挙げた。「蓮さんはこのお二人とお知り合いなんですか? 制服、桜庭ですよね?」

 

「あ。同じ部活で……そっちの冷静なのが部長。こっちの慟哭してるのが部員」それぞれ、呆れた様子の甲塚と、蹲って泣いている郁を指差す。「……てか、何でお前マジで泣いてんだ!?」


「だ、どぅあって、今、い、い、飯島ちゃんが、れ、蓮のことっ好きだって」


「……?」


 美取が大きく首を捻る。そんな様子を見てか、凄い顔をしている郁が俺と美取、交互に指差した。


「もう、お似合いじゃあん!」


 郁は泣きながらもシンバルを持ったサルの玩具みたいにパンパン手を打ち鳴らし始めた。拍手のつもりらしい。


「おめっと! おめっと! おめ……おぉぉ」


「あっ。飯島って私のこと……?」

 

「いや。何でそこで引っ掛かってるんですか」


「あまり芸名の方で呼ばれること無いので――っていうか、違います違います!」


「あえ?」


 美取の気になる言葉に、郁のエアシンバルがピタリと止む。


「私が好きと言ったのは、蓮さん本人のことじゃなくって。……いや、そう言ったら語弊があるんですけど、とにかく違うんですっ」


 なんだとっ!?


 俺の頭が、急にすっきり澄み渡ってきた。なるほど。美取は別に愛の告白をしたわけじゃない、と。……しかし、冷静になってみれば何なんだ? この状況。


 深呼吸をして、美取に向き直る。


「よし。一旦冷静になって、問題を一つ一つ片付けましょう」


「……なによ。急に冷静になっちゃって。現金なヤツ……」


 甲塚がつまらなそうに失礼なことを呻いた。


「おい、うるさいぞ。で、美取さん。さっきの言葉の真意はなんだったんですか?」

 

「私は、蓮さんの描く絵が、好きなんです! いつもアップロードされるのを楽しみにしていたんですよ。それに、一枚一枚の絵に毎回異なるチャレンジ精神が感じられていて」


「アップロード?」


「いやっ。ちょ、ちょ」


 俺は美取の発言で一気に冷静さを失ってしまった。


 何も知らない郁を前に、何を言い出すんだこの人は。もう早速訝しがるような目に切り替わっているし。


「アップロードってなに?」


 なんか、話がまずい方向に流れだしている気がする……! しかし、慌てて口を止めようとしても、美取の情熱は留まるところを知らない。


「とにかく、私が蓮さんの絵を見間違う筈はありません。あのオブジェに描かれた絵、蓮さんが描いたものなんですよね!? 答えて下さい!」


 美取は俺に人差し指を突きつけ、ずいと詰め寄ってきた。質問をしたのはこっちの筈なのに、何故こんなことになっているんだろう。


 言い訳を――どう言い訳すればいい?


 コーコとの秘密は、守らなければならないのだ。


「いやっ。えーと。取り敢えず、落ち着いて……」


「さ、佐竹の描く絵って、まさか、この女はSNSの件を言っているの? どういうこと?」


 いつの間にか俺の横に立っていた甲塚が、心配そうにぼそっと呟く。


 その言葉が、さらに美取のすけべスピリッツに火が付いたらしい。美取はそっと立っている甲塚にずかずかと近づくと、いきなり手を取ってとんでもないことを言いだした。


「ご存じなんですか!? そうです! 蓮さんの描くえっちな絵はまさしく耽美ですよっ。見ていると、思わず触れたくなるような、吸い込まれてしまいそうな体のラインで、……一人じゃ無いような、存在感みたいなものを感じられるんです。きっと、蓮さんの想像力を超えた人の温かさを求める精神が現れているんですね。そう思いませんか?」


「ひっ」


 怯える甲塚の横で俺は、ああ。やっぱり3takeさんなんだ――と再認識した。


 認めてしまったのだ。美取があの3takeさんであることを。


 俺の描くすけべな絵をすけべな絵としての枠組みを超えた愛し方をする生粋のすけべ。夏場はタンクトップで過ごし、体毛が濃く、もっぱら一日中すけべなコンテンツ漁りに熱を上げる俺の中の3takeさん像は音を立てて完全に崩れてしまった。


 本当の3takeさんは、美少女で、モデルをやっていて、夜はジムに通うちょっと変わった女の子なのだ。


 今思えば、コスプレ撮影の時点でこいつちょっと変だなとは思っていたけれど。コスプレ衣装が好き、というよりは明らかに女性の体に対しての食いつきが凄いというか……。こんな美少女の好物が女体というのだから世間というのは分からない。


 ただ一つ。問題は――


「あの……ごめん。何か突然話がわかんなくなってきたんだけど、どういうことなの? アップロードって何? SNS? えっちな絵って……?」


 郁、なんだよな……。

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