第104話 ぼっちな美取と歩くには
話は別の場所で、という美取に連れられて場所を移動した。
校内に入ると、噂に聞いていた通りの賑やかさだった。特に人通りの多い中庭通用口付近の広場には、ここぞとばかりに様々な部活やクラスの呼び込みが声を挙げている。
中にはメイド服を着た明らかに素人では無い美人、日本人とは思えない背丈のハンサムまで闊歩している。……まあ、美取やショウタロウには負けるけどな、と心の中で何故か誇らしく思っている間にも、目の前を巨大な熊の着ぐるみが通過する。
「なんか、こっちはこっちで凄いな……」
まともにこの光景を直視していたら目がチカチカしてきた。溢れんばかりの青春パワー、ビビッドカラー以外存在を許されないという感じだ。何と言っても、客引きのどいつもこいつもが非常に顔が整っているもんだからうんざりしてくる。
「どうも、ヤマガクの学祭はネットの界隈では名物だそうですね。SNSなんかでも、毎年何かしらの展示がバズったりしているみたいで。そんなんだから、皆やる気あるんです」
「風物詩ってやつですか。そういえば、毎年入試会場の看板が話題の大学とかもあったっけ。そんな感じ?」
「……ああ! あははっ」美取は楽しそうに顔の前で手を振った。「あれほどグローバルな知名度は無いと思いますけど――知る人ぞ知る、というあくまでローカルな人気ですよ。たとえば、アイドルのプラベートを見たいファンのコミュニティだとか、有名人と連絡先を交換しようとする近くの大学生だとか、展示の中にはコスプレ撮影会なんてものをやっている所もあるくらいですからね」
「……」
「蓮さん?」
「あ」
笑った美取が可愛すぎて意識飛んでた。……えーと、コスプレ撮影会がどうとか言ってたっけ?
……コスプレ撮影会?? 何かの聞き違いか?
これって一応高校の文化祭だよな。
「今コスプレ撮影会って言いました?」
「コスプレ撮影会です。たしか服飾部が主催している企画で、彼女達が制作した衣装の他にも持ち込みのコスプレ衣装での撮影も許可されているとか」
へえ。コスプレというと、何かと際どいイメージがある。けどまあ、高校の文化祭の企画だしそこら辺のルールも織り込み積みで、学校から許可を勝ち取ったということだろう。話に聞いただけでも青春の跡が感じられるな。
……いやいや。コスプレ撮影会なんてどうでもいいわ。美取の話って結局何なんだ。まさかこんなことじゃないだろうに。
というか――コーコは!? さっきから姿が全然見えないが、少なくとも中庭周辺にはいないということだろうか。
どうやら美取は、以前俺が郁とヤマガクに侵入したときに使った通用口の方面へ歩いているようだ。しかし、あちこちで人だかりができているものだから迂回に次ぐ迂回をさっきから繰り返している気がする。
「あの、それより……」
「今年の目玉は、一昨年発売されたRPGのヒロイン衣装だそうですよ。何でも制作に二年半、卒業した先輩から後輩へ制作を受け継がれた珠玉の一作なんです。一度見回りの時に制作現場を見学させて貰ったのですが、スカートにワイヤーの骨格を仕込んでいて、すっごく……」
美取の話は止まらない。何故か。
「いや、あの……あの!」
「はい?」
「……行きたいんですか? コスプレ撮影会」
「あ。いや。あの……はい」
美取が小さく頷くと、その顔がカッと赤くなった。
マジかよ。
コスプレだの、一昨年発売のRPGだの、まさか美取にそんな趣味があったとは。考えてみればこの女子も中々おかしな子かも知れないな。
さっきの誘導作業だって誰かに言われてやったものでは無いだろうし、風紀委員という仕事に何か使命の様なのを持っているようだ。かと思えば深夜に制服を着て出歩いていたり、更に言えば平日の真っ昼間に学校を抜け出して喫茶店に赴いたり。
「その……実は、前々から気になっていて。一人で行くのは気恥ずかしいんですけど、一目見学するくらいはしたいと思ってたんです。そこに、中庭のあの騒ぎで……」
「あ」
そうか。俺たちのアートが騒ぎを起こしたために、美取が学校を回れる時間を奪ってしまったとも言えるんだ。
……そう考えると、ちょっと悪いことしたと思ってしまうな。
美取は額から伝った汗を袖でハンカチで拭った。
「ああ、気にしないで下さい。蓮さんとの用事を済ませたあとで行ってみようと思います」
「え。一人で? そういえば、一緒に回る約束してる人とかいないんですか? 話聞いてると朝からすったもんだに巻き込まれているような気がするんですけど」
「ああ。……はは、私、友達いないんですよね……」
ちょっと幸薄そうな顔で、信じられないようなことを美取が言い出した。
「そんな、まさか」
以前、郁と忍び込んだときに聞きつけた噂じゃエラい評判だったのだが。いわく皆に好かれていて、皆に憧れていて、男女問わず愛の告白を受けていて、暗い噂なんて発生しようがないということだったはず。
「聞いた話じゃ、学校中に好かれている美人風紀委員って評判だと思うんですけど」
俺が言うと、はっと驚いたように自分の頬を撫でる。
「美人、ですか? 私が? 私からすれば、他の皆のほうがよっぽど綺麗だと思うんですけど……」
どうやら、こいつは本心でこんなことを抜かしているらしい。
――なるほど。美取に友達がいないというのは本当かもな。
女心というものを俺は知らないが、この女の近くにいれば太陽光みたいな純粋さで魂が焼かれてしまうに違いない。嫉妬なんて感じる暇もないだろう。
思い返せば、風紀委員の仕事でも誰かと一緒に行動していたりしているところは見たことがない気がする。……マジなのか。
仕方ない。
「あー。それじゃ、俺と行きます? コスプレ撮影会。一人じゃ行きにくいってんなら、俺を添え物にでも使ってくださいよ」
「――良いんですか!?」
「良いですよ。別に、時間はたっぷりありますから。ついでに、そこら辺の展示回りますか」
そもそも、俺はコーコを探さなければならないのだ。美取は裏手通用口を出るつもりのようだし、人気の無い方面へ行くよりはあれこれ覗いて回った方が見つかるだろう。
言っておくが、柄では無い。
女子をエスコート(?)するなんて当然経験は無いし、こんな美少女に連れ添うなんて、普段の俺ではもっての外だ。
それでも俺をそうさせるのは――美取もまた、コーコの計画に巻き込まれてしまった一人、だからかな。
忘れてはならないこと。
――美取は、ショウタロウの彼女である可能性が非常に高い。
間違っても、この美少女に深入りしすぎないようにしすぎなければ。
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