第72話 後付けの覚悟
3take>休養→急用です
3take>今日は本当にすいませんでした。せっかく学校抜けて貰ったのに
その日の晩、家に帰って落ち着いた所で3takeさんからのメッセージが飛んできた。そういえば彼のドタキャンの連絡に対して何の返答もしていない。
rens>気にしないで下さい 一日くらいサボっても大して影響無いんで そちらこそ、急用の方は落ち着きましたか?
3take>はい、なんとか
そこから返事のしようもなく、少しの間が空いた。このまま面会の件は流れるのかな……と思っていたら、
3take>すいませんが、次はrensさんの方から日程決めて貰えないでしょうか? 平日でも休日でも、必ず行きます
と、俺の方に面会スケジュールの主導権を寄越してきた。俺の都合に合わせるということのは彼なりの誠意なんだろう。
しかし、なあ。
rens>了解です。それじゃあ近々に……と言いたい所なんですけど、実は明日からしばらく忙しくなりそうなんです。少なくとも、次予定空けられるのは十一月中旬になるんじゃないかと……
俺としては今日のように授業をサボるのは構わないんだけど、むしろ問題なのは放課後の勉強会に顔を出せないことである。もう九月も二十日……十月の定期試験の気配は、肌に感じられるほど迫っている。
それに、コーコの手伝いが十一月上旬。撤去予定らしいオブジェに描くデザインを詰める作業と、主催者の傍若無人なスケジュール調整を考慮したら定期試験がある十月中旬から上旬まではまるまる空白期間としたいところ。……そうそう、あとはヤマガク文化祭当日の飯島への接触か。
やれやれ。そう考えると結局予定が地続きに埋まってしまうな。今日3takeさんとの面会を逃してしまったのがつくづく惜しいことのように思えてきた。
*
明けて翌日、今日はいつも通りのルーチンで朝仕度をこなすと、早速不機嫌になっている郁と外で顔を合わせてしまった。
「……ねえ、蓮。私、昨日一人で勉強することになったんだけど。まさか、甲塚さんとどっか遊びに行ったりしてたんじゃないよね」
「……」
登校路を歩き出すなり、いきなり核心を突いてくる。
……まあ、郁が不貞腐れるのも当然だよな。サボったのが俺だけかと思いきや、まさかの甲塚まで学校に行っていないというのだから。
何と言い訳しようか、俺が考えあぐねていたら何かを察した様子の郁がますます興奮してきた。
「……やっぱりそうなんだ! 酷い! 酷いよ! 私一人だけに内緒で! 私だって人間観察部の一員なのに……!」
「お、落ち着け。別に郁をハブろうとしたわけじゃないんだって」
まさか、海の時のようにいきなり泣き出すんじゃないかと焦って宥める。
「確かに、昨日は何だかんだで甲塚と顔を合わせることになっちゃったけどさ……示し合わせてサボったわけじゃない。むしろ、甲塚が俺に合わせてサボったんだよ」
「は?……ん? どういうこと?」
「あいつが俺を尾けてきたの。……で、何だかんだあって、飯島がヤマガクの生徒であることが分かった」
「……どういうこと!? ヤマガク!?……ていうか、なんで飯島ちゃんがココで登場するわけ!?」
郁は理解を放棄したように堂々とお手上げポーズを取った。
気持ちは分かるけど、ありのままの事実を多少ぼかして話すとしたらこう言うしかないんだよな……。
それから俺は、出来るだけ懇切丁寧に、3takeさんと会う目的だったことは的確にぼかして、昨日の出来事を語り直した。
「――つまり、蓮は真城先輩と会うために学校をサボった。蓮を尾行していた甲塚さんは、蓮を観察するためにサボった。そしたら、出先で飯島ちゃんと出会ってびっくり……ってこと?」
「うん、まあ、簡単に言えばそういう風になるかな……」
俺は平静な態度を努めて言った。
俺がコーコと会うためにサボった、という嘘をここでも再利用してしまったが……。全く、こうして一度吐いた嘘ってのは雪だるま式に大きくなっていくから嫌いなんだ。
「でも、すっごい偶然。たまたま蓮がサボった日に、飯島ちゃんもサボったってことでしょう? それって本当に偶然なわけ?」
「……言われて見れば、そうだな」
そういえば飯島があの日学校をサボった理由なんて全く気にとめていなかった。
頻繁にサボっているコーコとばったり会うのは、まあ有るにしても。……しかも、聞けば飯島はヤマガクの風紀委員を務めていると言うし。
あの場では否定していたが、もしかしてコーコを尾行していたのか?……いや、尾行していたと言うのなら喫茶店でコーコと顔を合わせたのは不自然だ。地上からじゃ店内の様子が分かりにくい地下店とはいえ、いくら何でもコーコが階段を降りてから飯島が入店するまでの時間は短いような気がする。
……あ。そうか。
「もしかしたら、あの店はサボり先として人気なのかも知れないな。ここらの高校からなら大体アクセスが良いし、なんと言っても地下の店だから、教師が表を巡回していたとしても安心できるんじゃないか?」
思い返せば、店内には明らかに俺と同年代の若者が結構屯していた。彼らだって年代からすれば高校生である可能性は高いわけだ。
「あっ。なるほど。文字通り隠れ家的な店ってやつ?」
「そうだな」
我ながら納得の行く推理ができた。
……待てよ? とすると、面会場所にあそこを選んだ3takeさんもそこんところを承知で指定したということか。直前のメッセージからして、彼が店先までは立ち寄った可能性は高い。ということは、本来コーコ、飯島、3takeさんの順に店内へ入るところを慌ててドタキャンしたってことになる。
それでは、むしろ風紀委員である飯島の姿を店先に見たから、3takeさんは予定をキャンセルしたという可能性が高いんじゃないか。
つまり、3takeさんはヤマガクの生徒――
俺は思わず興奮で早足になろうとしたところを平静に留めた。
飯島も3takeさんもヤマガクの生徒だとすれば……目下の謎はヤマガクに集まっていることになる。
3takeさんは何者なのか?
飯島はショウタロウと一体どういう関係なのか?
飯島の方はともかく、3takeさんについては何とか探りを入れられないものか……。
ともかく、もう一つコーコの手伝いをする理由ができてしまったことは確か、か。
*
何とか登校中に郁の怒りを鎮めた俺だったが、いざ登校してみればもう一人分の怒りと直面することになってしまった。
「――それではみなさん。今日も一日頑張りましょう。それと、佐竹君と甲塚さんは後で職員室」
東海道先生である。
呼び出しされたこともなければ怒られ慣れてもいない俺は、教卓の上で提出物の端を揃える東海道先生を唖然と眺めた。半目に閉じた先生の瞳は全くこちらを向かない……。
俺と甲塚が学校をサボったということは、東海道先生が受け持つクラスから一挙に二人ものサボり学生が出てしまったことになるではないか。
……完全に失念していた……。
このクラスじゃ俺と甲塚は相変わらず孤立しているわけで、それで無くとも最近は話す機会が増えてあれやこれやと不躾な視線を彼女諸とも浴びている。そこに東海道先生の呼び出しである。
つんとした態度で問題児を呼びつけた東海道先生が教室を去ると、クラス中でひそひそ話や意味ありげな視線がビシバシ飛び交い始めた。それでなくとも今朝のクラスおかしな気配だったのは、どうも連中も郁のような勘違いをしているらしいのだ。
――つまり、俺と甲塚が授業をサボって遊びに行くような仲である、というような。
体感、突き刺さる視線の半分は「あの甲塚を!」という畏敬のような矢印で、もう半分は「あの甲塚を……?」という疑問の矢印といったところだ。それらが合わさって、「佐竹って、何なんだ?」という力場が働いている。
俺の方に磁気を飛ばす磁場みたいなクラスを抜けて、俺は溜息を吐いた。
……なるほどなるほど。
甲塚と付き合いを続けるということは、こういうところで日常に影響を与えるのか。
いや。そもそも、こういう事態は予測できていたことじゃないか。だからこそ、俺は何とか甲塚の魔の手から……というか人間観察部から逃げだそうとしていたんだっけ。
「……ま、今更か……」
クラスの視線がなんだ。もうとっくに俺の中では人間観察部は日常の一部になっているんだ。
確かに覚悟なんて俺は持ち合わせちゃいなかったけど、そんなもん後付けでどうにでもなるだろう。
それに、夏休み前ほど甲塚を突き放す気になれないのは――彼女の弱さと、秘密を知ってしまったからだろうか。
「佐竹。何してるの? とっとと行くわよ」
廊下の先では甲塚がポケットに手を突っ込んで俺を待ち構えていた。
「……それが先生から呼び出し受けた人間の態度か?」
軽口を返しながら甲塚の横に立つと、慣れた歩行速度で俺たちは歩き出した。
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