第71話 恐怖のストーカー

「くくく。その様子じゃ、今回は全く気が付かなかったようね」


 ストリートファッションに身を包んだ甲塚は、如何にも愉快げに俺のテーブルに座った。


 前に見た町歩きの私服は中々ガーリーだったもんでギャップに驚かされた覚えがあるが、今日は結構甲塚の雰囲気とマッチしているストリート系だ。……こいつは一体何着、どれだけの系統の衣服を持っているんだろうか? とにかく、全体的にオーバーシルエットで黒を主体としたファッションはよく似合ってはいる。


 前回のキャスケット帽とは違うが、それでも帽子を被っているのは彼女なりに計算があるのだろう。たしかに、最も印象的なすすき色の髪を隠してしまえば一気に印象がぼやける気がする。


「俺を尾けていたのか!?……それにしたって、今日俺がサボってここに来ることなんて分からないはずだよな……」

 

「ばっかね。そんなの簡単よ。ここんところ早起きしてあんたが登校するところから家に帰るとこまで観察していたの」甲塚は得意そうに前髪を息で吹いて笑う。「くっくく。で、まんまと珍しくサボるあんたの後を尾けて、こっそりカウンターに座ってたわけ。ま、この間はバレたけど、この私が本気を出せばこんなものよ! くくく……」


 俺は開いた口が塞がらなかった。


 ――そんなパワープレイで。


 ――甲塚が俺を。


 ――朝から晩まで。


 監視していただと。


「こっ、……」


「ん?」

 

「こわい……」


 思わず心情を吐露すると、甲塚が慌てたように帽子を脱いだ。


「な、なによ。そんなこと言われたら私がやばいストーカーみたいじゃない……!」


「やばいストーカーだろ馬鹿! こえーんだよ!! なんでいきなり、俺の後を尾けるようなことをする!? もう俺の秘密なんて知ってるだろお前!! しかも朝から晩なんて……どんな熱意!?」


「それは――だって!……なんか、最近佐竹が浮ついていたから」そこまで言うと、甲塚の顔がバッと赤くなった。額に汗を浮かべて、ニット帽を手の中で揉み始める。「……き、気になったんじゃないっ」


 どうも甲塚は、今になって自分の行動の異様さに気が付いたらしい。明らかに慌てふためいて、視線を漂わせてはぶつぶつと言い訳をし始めた。


「だって、だって、最近人間観察部じゃ勉強ばかりで勘が鈍りそうだったし、あんた相手じゃ見つかっても変なことにはならないと思ったんだし。……大体ね、私くらい行動力がある人間は思考の前に行動が先走ることなんて往々にあるんだから」


 行動が先走るにも程があるだろ。


 朝から晩までだぞ。朝から晩まで。

 

 というか前に言ってた『別件』ってもしかして俺の尾行のことかよ。


「それに……そうよ!」甲塚はあたふたと手を振り回した先に丁度いい武器を見つけたような顔をした。「佐竹こそ何よ。学校どころか部活までサボって、あの真城とかいう女と会おうとしてたんじゃない! こっちは貴重な時間を使ってあんた達に勉強を教えているっていうのに、自分は平日に女とデート? あ~あ。良いご身分ねえ!」


「……はあ……?」


 俺が、学校サボってコーコと会いに来たって……さっきの一幕のどこをどう見ればそう解釈が出来るんだ。俺がコーコから隠れていたことくらい冷静に考えたら分かるだろうに。――って、今の甲塚はどうみても冷静じゃないか。


 しかし、そう勘違いしてくれるならむしろありがたい。


 まさか、DMのやり取りをしていた3takeさんとオフ会しに来たなんて、流石の甲塚だって想像すら付かないことだろうし、偶々居合わせたコーコの姿を見ればそう思うのは自然なのかもしれない。


 ここは流れに身を任せるか……。嘘はあまり得意じゃないけど。


「えーと……コーコとは、別にデートとかそういうんじゃないって。前に言ったけど、俺は女子に対してそういう感情を持ったこと無いんだから」


「じゃあ何。わざわざ学校サボって平日に、なんでこんな喫茶店で待ち合わせしてたわけ?」


「それは……あ~……ほら、例の、……文化祭の件で。言ってたろ。文化祭を手伝って欲しいとか。それの詳細を詰めようとして、なんかよく分からないことになっちゃったんだよ」


 甲塚は疑わしげに目を合わせながら、テーブルの上に腕枕を敷いて顎を乗せた。


「サボった理由の説明になってないけど?」


「そりゃ、向こうの都合に合わせただけだよ。一応向こうのが先輩ではあるわけだし、俺がコーコに合わせるのは自然なことだろ」


 自分で言いながら俺は笑い出しそうになった。


 俺がコーコの都合に合わせるだと?


 ……んな馬鹿なことがあるかい!


 あいつなんて年柄年中、東で西でとマイペースに問題や事件を起こしているような女なんだぞ。都合が合わせられる人間がいるというのならここに連れてきて欲しいもんだ。


 だが、そんな事情を知らない甲塚は異物感を憶えながらも俺の言い分を呑み込んだようだった。


「それにしたって、色々おかしな所はあるけど……まあ、いいわ。取り敢えずこの話はそういうことにしといてあげる。――それよりも!」甲塚は顎の下に敷いた手でコンと机を叩いた。「飯島美取のことよ。全く想定外だったわ。こんなところであいつに迫る手段が分かるとはねえ」


「ああ、……俺も驚いたよ。まさかヤマガクとはな」


「そう? 私はそこまで意外でも無かったわよ。あの雑誌に写った背景が結構近場だってことは言ったでしょう。だとすれば、飯島の活動範囲が渋谷近辺であることは想像に容易いじゃない。それに、ここらで気取ったモデルの通う高校となるとヤマコウか――」


「それこそヤマガク、か」


 有名私立へのエスカレーションがあるヤマコウも有名人が多いけど、ヤマガクも一般私立ながら著名人有名人の輩出が多いのだ。そこは、洒落た立地だからということが大いに関係しているんだろう。


「そういうこと。まあ、当たりは付けたと言っても確認する手段が無いから困ってたんだけど……僥倖よね。まさしく奇跡よ。私達にはヤマガクに潜入するには打って付けの人材がいるんだからね。くくく……」


 ……ん?


「郁のことを言ってるのか? いくら郁でも、他校の知り合いの伝手なんてそう多くはないと思うけど……」


「馬鹿。違うわよ。佐竹のことを言ってるんじゃない。ほんっと鈍いわね」


「……はい?」


「――あの真城とかいう女の頼みを受けなさい。そして、文化祭に参加して飯島から臼井との関係を聞き出すのよ」


 うおっ。


 こいつ滅茶苦茶言いやがる。


「おいおいおい。コーコの頼みを聞くまでは分かるけど、俺が知らない高校の文化祭に参加して? 知らない高校のスターだろう飯島と気軽に挨拶を交わして? 『それで、ショウタロウとはどうなんですかあ?』なんて聞き出せるわけないだろ……!」


「そこはどうにでも言い様はあるでしょ。そんなあからさまじゃなくたって、『恋人はいるんですかあ?』から始めたって良いじゃない。ちょっとは頭使ってよね」


 甲塚があっけからんと言うので、一瞬それもそうかと納得しかけた。


「……いや、それもおかしいだろうが! ほぼナンパじゃねえか!!」


「ナンパだろがなんだろうが、どうせ他の高校の知り合いでもない人間相手だから良いじゃない。要は臼井との関係値が分かれば良いんだから。……心配しなくても佐竹と飯島が仲良くなることなんて逆立ちしたって無理なのよ。おかしな夢は見ないことね」


「そ、それくらい分かってるって……」


 さっきの飯島のルックスを見てはっきりと分かった。


 ……俺と飯島は、明らかに住む世界が違うということを。それは俺が郁に対して感じているような遠慮のある、むしろ俺が線引きしたような格差とは違って、明確に存在する謂わば人間としてのレベルの違いだ。ルックスも礼儀正しさも思慮深さも、俺とは完全に上に位置していることを感じる。――感じてしまったのだった。


 まあ、飯島に対してナンパするのは論外としても……コーコの頼みを聞けば観察する機会くらいはあるかもしれないな。

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